第5話

文字数 1,250文字

小さい人はあごに手をやり考えている。まだおおかみのことを考えている。
今朝のオオカミはあれぐらいだっただろうか。いやいやきっともっともうすこし大きかったようだぞ。うんうんうんうん。
そしてまた少しずつ目が輝き出して、いまにもまたその天使のウキウキヴォイスでしゃべりだそうとしている。

まずい。またくる。まだ頭がぼんやりするのに。まだ夢の続きを見てるみたいなのに。またあれがくるとやばい。夢から覚めずに夢を見る。
夢の中で夢をみて、その夢の中でまた夢を見る。どこまで覚めれば朝がくるのか。わからない。くらくらする。先生。少し、眩暈がします。

(朝の駅の雑踏。心臓の鼓動。遠ざかる。電車のアナウンス。遠ざかる。そして聞こえてくるにわとりの声。)

コ、コ、コ、コ、(たくさんのにわとりがなにか言いながら歩いている)

えーと。はい。そうですね。あちらをご覧ください。あちらが人気のにわとり様の大行進でございます。
さあ、ご覧あれ。にわとり様の行進だ。お殿様が道を、踏み。小さな足袋で石を踏み。ほい。にわとり様だ、殿様だ。小さな足袋で道を。えーと。石を。え?なに?

(宇宙の映像を背景に、壮大なピンクの脳みそが木星のように浮かびぐるぐるとまわりだす。ナレーションが聞こえてくる。)

人類の進化。その優位性の鍵はあらゆる環境に適応する柔軟性にあります。
人間は、未来に想定されるあらゆる環境に適応するための柔軟性を保つために、その誕生の時点にはあえて脳を不完全にシャバタバな液体として搭載し、その成長のなかでじっくりコトコト時間をかけて、環境の鋳型に流しこんで固めるという戦略をとるようになりました。
豆乳ににがりを入れて豆腐を作るみたいにです。

(宇宙のBGMが流れ出す)

なによりも柔軟さを求めた神様は、生まれた時の人間の脳みそを液体にしました。
まわりの環境に合わせてどんな形にでもなれるように。白い液体にしました。それが豆乳です。
じっくりと時間をかけて周りの環境に合わせて脳みそを固めていくことができるように。どんな環境であって、きっと適応できるように。液体から固体へ。それが私たちの頭に収まっている。そう。お豆腐なのです。

(BGMが高まり、盛り上がりを見せる)

ですが、そんな大切なお豆腐を、もう一度液体に戻してしまう。小さい人はそんな不思議な力を持っているのです。小さい人の不思議な力で豆腐が豆乳に。大人がこどもに。
そうなのです。小さい人の能力は、「忘れてしまったあの頃に、きっと戻れる魔法の力」
もう一度、豆乳からやり直しましょう。輝かしい未来を取り戻しましょう。後悔の多い人生を、溶けて忘れてやり直す。そう。これは、あなたへの。ラスト・チャンス!(チャンス!・・チャンス!・・・ディレイ、ディレイ)

待って!待って待って。ちょっと待って。
溶けて忘れてやり直したくない。面倒くさい面倒くさい。

小さい人はさっきと同じ姿勢で、きらきらと僕のことを見つめている。すっかりできあがっている。目が光ってる。きれい。それに、いまにも口を開きそう。
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