第2話

文字数 1,077文字

しばらくするとココンと小さくドアがノックされてとても小さな人が入ってきた。
小さな人はドアを閉めて丁寧にお辞儀をした後、てくてくと小さく歩いて、よじ登るみたいにしてイスに座ってからもう一度小さくお辞儀をした。

小さい人はとても不思議な音をたてて歩く。一歩歩くごとにまるで小さなカエルが小さなゲップをしているみたいな切ない音がする。
け、ぷ。け、ぷ。右、左、右。
小さな蛙が靴の中で、リズミカルにゲップをしている。

不思議なものだ、と思ってじっと見ていると小さい人は小さい手を机の上に乗せてつぶらな瞳でじっとぼくを見上げる。そしてやがてどんぐりぐらいの小さな咳ばらいをひとつして(「こほん」)「はい。わたしがおおかみを見た、です。」と小さい小さい。耳をすまさないと聞き取れないくらい小さな声でそう言う。

小さい人の声の音は、小さい人の口の動きから少しだけ遅れて聞こえてくるような気がする。近くにいるのにとても遠くにいるみたいに。まるで遠くの町にいる人とたくさんの衛星を中継して話をしているみたいに。

不思議に思って、小さい人の口をじっと見ているとなにか吸い込まれていきそうな気がしてくる。
口が動いて、音が聞こえてくるまで。わずかなそのすき間をじっと耳をすまして小さい人の口元を見つめていると、時間が拡大していくようで息をするのも忘れてしまう。

気を取り直して立ち上がり、コンロの火を消してフライパンに蓋をして。大きくひとつ息をついてから日誌の前に座り、鉛筆を握って話を聞く。

「おおかみ。こんなに大きく、て。」と小さな人は小さな両手を広げて言う。
「おおかみ。こんなに、大きくて。おおかみ。こんなに。大きなおおかみ。」

そして自分の広げた手をみて、それから僕の目を見て、急になにかに気付いたみたいに笑顔になる。ムクムクと元気に目をかがやかせる。
ああ!そうだ。そうそうそう。そうだそうだ。
そうそうそうそう!

とっても大きいオオカミを見たんだった。最初見た時は山かと思ったんだった。山が歩いてるのかと思ったんだった。山にふさふさのしっぽが付いているのかと思ったんだった。そうだったそうだった。それですごいびっくりしたんだった。そうそうそう。すごいすごいびっくりしたんだった。
「おおかみ、でした!とてもとても大きなおおかみ、デシタ!」

小さい人はもう小さい声でなくなっている。とてもしっかりとした声がどんどん大きくなって。「こんなに、こんなに!もっともっと、こんぐらいに大きく。」

小さな人はぐっと胸を張って腕を広げようとしている。
「こんなに。こーんなに!こーんなに。こーんなになぐらい!」
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