第4話

文字数 1,403文字

ポン!(にわとりのお尻から卵がでてきた音)
はい。昔の力士はとても大きかったのです。いまでは考えられないぐらいとんでもなく大きかったのです。その昔、僕はおばあちゃんに教えてもらいました。

畳。色の褪せた座布団。古い木材のにおい。おばあちゃんの家の匂い。

「昔の力士いうたらな、まあそうやな。控えめにに言うてもそこら走っとるあのバスぐらい大きいかったでな、あのバスよりひとまわりもでっかいのもおったぐらいでな。あん人らのぶつかり稽古いうたら、土俵の真ん中でぶつかるたんびに裏山が崩れたみたいな音がしとったもんよ。」

「まじか!すげえな!そんなことあるんかばあちゃん。そんなでっかい人おるんか。あのバスよりでかいて、それ土俵よりでかいで。そんな力士さんおっても相撲取れんで。」

「そこよ。不思議なことよなあ。土俵よりでっかい力士がふたりでな。どんがらがっしゃん。相撲を取りよってな。まあぶつかるたんびに地震か思うぐらい揺れて揺れて。あっちのほれ、田辺たなべの駅の方まで揺れとった言うぐらいでな。田辺の駅がそのせいで屋根の瓦が全部落ちてしもた言うぐらいでな。」

「そんなことあるんかばあちゃん。田辺の駅の瓦が落ちるんやったらこの辺の家の瓦、いっこも残らんと全部落ちてしまうで。そらもう屋根ごと落ちてまうで。えらいことなるで。」

「ほんまに不思議なことよな。この辺の瓦はそれがいっこも落ちやせんでな。田辺の駅の瓦だけ落ちよるんよ。どーんとぶるかるたんびにぽろーん言うて一個ずつ落ちるんよ。」

「まじかばあちゃん。田辺の駅言うたら、とうちゃんも毎朝使いよる駅やで。いつもようけ人が出たり入ったりしよるで。ぶつかるたびにたちまち瓦落ちとったら危のうて仕方ないで。人にほら、頭に瓦が当たって怪我しよるで。」

「それよな。ぶつかってたちまちやのうてな。ここで力士がぶつかってな、その振動いうんか、どーんいうてあの地面のぶんぶんがな、田辺の駅にたどり着くまでちょっと時間がかかるんやな。力士がな、どーんとこう、ぶつかるやろ?どーん。わさびめし、かえるのはらをなでませば、いくどもでませ、かえるよもあれ。そんでから瓦がぼろーん。こんな感じや。」

「なんじゃそれ?わさびめしがどうしたんや?」

「どーんとぶつかるやろ?それから、わさびめし。かえるのはらをなでませば。いくどもでませかえるよもあれ。そんでからぼろーん。こうや。」

「だからなんなんやそのわさびめしは。」

「ばあちゃんが自分で作った短歌や。『わさびめし、蛙かえるの腹はらを撫なでませば。幾度いくどもでませ、替かえる夜よもあれ』。力士がどーんとぶつかってから田辺駅の瓦が落ちるまでにこの歌を詠むぐらいの時間がかかる言うことや。」

「なんやそれ。わさびめしがどうしたんや。」

「ばあちゃんはわさびめしが昔から一等好きでな。おかわりいっぱいしたかったんやけど、ばあちゃん育った家が貧乏やったもんやからな。そらもう今から考えたらえげつない貧乏でな。」

「なんで急に蛙が出てくるんや?」

「ばあちゃん、蛙も好き好きでな。」

わさびめし。わさびめし。
かえるの腹を、なでませ、ば。
ああそうか、そうかそうか。えーと、そうか?んー。ばあちゃん。ばあちゃん?

はっ!どれぐらい意識が飛んでしまっていたのか、小さい人はまだ変わらずじっと僕の広げた両手を見つめて考えている。
もしかするとそれほど時間は経っていないのかもしれない。
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