最終話

文字数 733文字

 ノセはそっと僕の両の手を包んだ。誰の手にも変形していない、何者でもない僕の両の手を。
「いい手をしているね」
 初めて言われた。初めて僕の両の手をまじまじと見つめられた。
「君がシェイクハンドプレイヤーを本当に誇っているのならば、なんの問題もない。ただ、自分の仕事を誇るということは、自分のこの手を一番に誇るということだ」
 僕の両の手を包むノセの両の手が発光したように見えた。事実、彼の手は熱を帯び、とても温かい。自分の手はずいぶんと冷えていたんだと気づく。
「終わらせよう、君の苦しみを。そして与えよう、ハッピーエンドを」
 光は一気に膨らみ、部屋中を真っ白に染めた。まぶしさは闇以上になにもかもを見失わせる。目の前にいたノセとクレの姿も、自分自身の存在もあやふやになる。
 ただ、一つ。両の手に感じた温度だけは確かだった。



 光から解放されると、僕は暗闇の中にいた。いや、実際は暗闇ではない。よくあるただの夜だ。だんだんと目が慣れてくる。見慣れた街の輪郭がおぼろげながら浮かんでくる。
 夢を見ていたのだろうか。吐く息は白く、凍えるような寒さだが、手袋をしていないのに両の手はじんわりと温もりが残っている。
 壁伝いにとぼとぼと歩いていくと、足元になにかがまとわりついた。「なあ」と呼びかけられた気がしたが、猫が鳴いたようだった。
 屈んでそっと手を差しのべると、猫は額をすりつけて離れようとしない。暖を取っているのかもしれない。僕はもう片方の手で体を撫でてやった。「なあなあ」と猫撫で声が漏れる。
 小さな体を抱きあげたとき、遠くのほうで鈍い鐘の音が響いた。
 ああ、始まるんだ。僕はそう思った。

                                ―了(そして始まる)―
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