第5話

文字数 820文字

「え」
「君の名は?」
 大ヒット映画のタイトルが浮かんだが、ノセは真剣に僕を見据えている。その眼差しは強く、ブレのない意思が宿っている。
 射すくめられた僕は、上手く答えられなかった。自分の名前なのにはっきりと言えない。
「ぼ、僕は」
「ヤマダタロウ」
 クレが言った。なんで、という声も出ない。クレは手元に置いていた分厚い書物をぺらぺらとめくって、僕の情報を読みあげていく。
「平均的且つ平々凡々な人生を歩んでいくが、本人はそんな状況に嫌気が差し、大学卒業後に定職に就かず、自分探しと称して海外を転々とする。もちろん転々としてもそこに自分がいるわけでもなく青臭いポエムまがいの自伝を書いてみたりもするが、出版社に持ちこむ勇気もなく、当時付きあっていた彼女に見せるとドン引きされ逃げられる」
「テンプレ感のすごい黒歴史だね!」
「いや、ええ……なんっ、なんで……」
 次々と僕の遍歴を紐解かれていく驚きと、恥部を典型的だと一蹴される屈辱と。僕の胸の内はますます複雑な模様を描き、「うわああああ、ぐええええ」と謎の呻き声が出た。
「そんなとき、自分の手を他者の手に変えられるという唯一無二の能力に気づく。探していた自分とはこれだと思い、個性を生かした生き方を模索した結果、現在のシェイクハンドプレイヤーにたどり着く」
「その発想は非凡だね!」
「ぬうううう……あ、ありがとうございます……」
 ようやく評価されたのだろうか。感情が渦巻いて、どう反応すればいいのかわからない。あの書物はなんなのだ。書物が摩訶不思議なのか。クレが摩訶不思議なのか。それともただのストーカーだったりするのか?
「シェイクハンドプレイヤーは軌道に乗るが、そのうちヤマダタロウはある疑問を抱いてしまう。誰かに求められるほど、その疑問は深まっていく。考えないようにしても、ずっとまとわりついていく」
「それが一番大事だろう、君? ヤマダタロウくん」
 ノセの目が光り、僕の目からは涙がこぼれ落ちていた。
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