第1話

文字数 906文字

【世の中のすべてをハッピーエンドに! どんなことでも終わらせてみせます!
                                      大団円団】

 そんな胡散臭い文言が僕の目に飛びこんできたのは、師も走るほど忙しい年末だった。
 町内会の掲示板は【健康麻雀教室】【登山の会メンバー募集】【ヨガin寺】という、ご高齢向け中心のなんとも平和なチラシで埋めつくされている。
 その顔ぶれに混じる、黒い紙に白抜きの文字。終わらせてみせるという異質な文言に釘づけになったのは、やはり僕は相当に疲れていたのだろう。
 今年はひどい年だった。誰もにとって、などと大げさなことを宣うつもりもないが、それでも例年よりはひどい年だったと感じる人が多かったのではないだろうか。
 僕にとってもひどい年だった。仕事が激減したのだ。激減というか、もはや0だ。あらゆる形に変化したせいで、不気味な様相をかもしだしている自分の両の手を見つめる。
 僕の仕事は、シェイクハンドプレイヤーだ。俳優からスポーツ選手、政治家、誰かの祖父母まで、写真を見ればその手に変形できる。そして依頼者の手を握ってやるのだ。彼らが望んだ感触、温度、大きさで。
 誰かの手に包まれると、人は感動したり安心したりする。触れているだけで、その人の存在を確かに感じられる。目の前の相手が満たされた表情を浮かべてくれたとき、この仕事は成就する。
 数奇な仕事ではあるが、僕は自分にしかできない使命だと誇りに思っていた。
 だが、未知のウイルスが蔓延するようになった今年。会話どころか接触なんてとんでもない。人との触れあいが御法度になってしまった。
 僕は途方に暮れた。バイトで食いつなごうにも、手を酷使することはできない。シェイクハンドプレイヤーとしての道をあきらめないのであれば、手はきちんとケアして守っていかねばならない。
 自分の天職を信じて進むか。それとも転職をするか。僕はどちらにも決めきれずに、貯金残高だけを着実に減らし、一年を終えようとしている。
 このままでは年を越したところで変わらない。
『終わらせてみせます!』
 その文言が、今の僕にはこのうえなく甘美に響いたのだ。
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