5. 旅路

文字数 2,149文字

「エスロンさん、無理言ってすみません。うちの娘たちを、よろしくお願いします。」

 翌朝早く、旅支度を済ませたマリヤとタマルは父と一緒に挨拶した。まだ20代の青年商人エスロンは目を細めて挨拶した。

「ああ。マリヤちゃんに、タマルちゃんだね。これからしばらく、よろしくね。」

あの、お世話に、なります……。
エスロンさん、私たちもできることは何でもしますから、よろしくお願いします!
ああ、よろしく。……マリアちゃん、なんだか元気なさそうだけれど、大丈夫かな?
はい……大丈夫、です。歩けます。
そうか……もし具合が悪くなったら、早めに知らせるんだよ。大人の足についていくのは大変だろうからね。


タマルちゃんも、お姉ちゃんの異変に気づいたら知らせてね。

承知しました! お気遣いありがとうございます!
 タマルも緊張しているのだろう。そりゃそうだ、大の大人たちに混じって150kmの道のりを旅するのだから。


 そりゃ、村のみんなで年3回のエルサレムのお祭りに上って行ったことは、もちろんあるよ。だけど、同じ距離でも知らない人たちと一緒では、話が別だ。


 キャラバンは全部で20名ほど。何匹もの荷ロバが荷を背負っている。地方の特産品とか保存食をエルサレムで売るのだろう。

タマル、ごめんね。なんか、巻き込んじゃって……。
なに言ってんのさ! 普段落ち着いてるお姉ちゃんがあれだけ取り乱すんだもの。


きっと、何かものすごく大事なことを、お姉ちゃんはしようとしてるんだ


って、なんかそんな気がするんだ!

タマル……
 いつも「元気で頼りない妹」だとばかり思ってたのに、いつの間にこんなに頼もしくなったんだろう。目頭が熱くなる。
(タマルには、全てを話しておこう……どうせエリザベツさんの所に行けば、何もかも話すことになるんだし……)
 それからあたしは、タマルと一緒にキャラバンの一団から、少しだけ距離を置いて2人きりで歩いた。


 そして、タマルに話すことに決めたんだ。あの日起こったこと全てを……。

…あのね、タマル
なあに、お姉ちゃん?
もしかしたら、信じてもらえないかもしれないんだけど…
それからしばらく、あたしは一昨日起こったことをタマルに包み隠さず話した。


タマルは大きな目をキラキラ輝かせながら聞いてくれていた。




荷馬車の車輪がゴトゴトゆれる音


晴れ渡る空を飛ぶ、野鳥の鳴き声


道端にそよぐ野草のにおい


足の裏に伝わってくる、地面の感触




なんでだろう、タマルに話しているはずなのに


いろんな感覚が研ぎ澄まされて、周りのいろんなものが見えて、聞こえてくる。






一通り話し終えて、ふーーーーーっと深いため息をあたしはついた。

…………


……お姉ちゃん……




……あのさ、アタシすっごいバカなこと言うかもしれないけどさ……

……う、うん……?
何を言うんだろう。心臓がバクバク言ってるのが聞こえる。
……やっぱりお姉ちゃんは、世界一のお姉ちゃんだよ!!!!


アタシは嬉しい!!!

……ひゃ?! な、何なに?!?
だーーーーーってさぁ、


天使が現れてぇ、


お姉ちゃんのこと、「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられます」


って言ったんでしょ?!


すごくない???

すごいよ! ワクワクしちゃうよ! これからお姉ちゃん、どうなっちゃうんだろうって!


だって、アドナイ様が一緒にいてくれるってお告げがあったんでしょ?!


じゃあ、これから何があっても、絶対に大丈夫だよ! アドナイ様のお墨付きだよ! すごいすごい!!

あの……タマル……?
しかもさ! ダビデの王位を与えられる男の子がお姉ちゃんから生まれてくるんでしょ!


これって、あれだよ!


昔から預言者たちを通して語り継がれてきた、メシア預言!!


約束の救い主!!!


ダビデの家から王が出るっていう、あの!!

タマル、ちょっ……
それに、普通の妊娠じゃない、神様の聖霊による妊娠! 奇跡だよこれ!!


すごいね、もう! お姉ちゃん!! ワクワクしちゃうね!


そんなお姉ちゃんの妹で、アタシも鼻が高いよ!

(……丸ごと全部、話を信じてくれた……?)


(うそみたい……タマル、ありがとう)

えっ……?! ちょ、お姉ちゃん、どうしたの?! どっか痛いの?
 タマルが慌ててあたしを支えようとした。


 そりゃそうだ、だってあたしが急に泣き崩れてしゃがみ込んじゃったんだもの。


 あたし、「きっと誰も信じてくれない」って、なぜかそう思い込んじゃってたから


 だから、タマルが全部を受け止めてくれたのは


 どれだけ心強かっただろう……。

ヒック……タマルぅ……うぇ〜〜〜ん……
お姉ちゃん、泣かないでよぉ、すっごくしあわせなことじゃない……泣かないでぇ……


……ううぅ、うあぁ〜〜〜〜〜ん

 それからたっぷり5分間、あたしたちは抱き合って泣きじゃくった。


 いろんな感情がごちゃ混ぜになって、溜まっていたあれこれを涙と泣き声がぜーーんぶ解毒してくれたみたい。


 そして、あたしたちが泣き止むのを、キャラバンのみんなは何も言わずに待っていてくれたの。


 みなさん、本当にありがとう。




 (でも、ちょっと恥ずかしい…)

(なんだかわからないけれど、これで少しマリアちゃんも落ち着くかな? 旅のペースも少し上げられそうだな。よかった、よかった)
 たくさん泣いた後、あたしたちは雨上がりの青空みたいな気持ちで旅を続けたんだ。
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登場人物紹介

ナザレ村のマリヤ。13歳で婚約。主人公。


比較的冷静で、感情や想いは内に秘めるタイプ。

人や動物の気持ちがなんとなくわかる、思いやり娘。

一途な想いは誰にも負けない。

タマル。マリヤの妹、12歳。

お姉ちゃん大好きっ子。

はた目にはぼんやりしているように見えるお姉ちゃんが心配でしょうがない。

あわてんぼうで、よくお姉ちゃんにたしなめられる。お姉ちゃんにはかなわないなーと思っている。

羊飼いヨナタン。イスラエル北部のナザレ村付近で、仲間の羊飼いたちと一緒に153匹の羊の群れを飼っている。

商人エスロン。マリヤとタマルの長旅を助けてくれる、計算高いお兄さん。

天使ガブリエル

マリアとタマルの母。

ヨセフ。マリアのいいなづけ。

マリアの親戚、エリザベツです。主の恵みによって不妊・高齢で男の子を産みます。

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