5. 旅路
文字数 2,149文字
「エスロンさん、無理言ってすみません。うちの娘たちを、よろしくお願いします。」
翌朝早く、旅支度を済ませたマリヤとタマルは父と一緒に挨拶した。まだ20代の青年商人エスロンは目を細めて挨拶した。
そりゃ、村のみんなで年3回のエルサレムのお祭りに上って行ったことは、もちろんあるよ。だけど、同じ距離でも知らない人たちと一緒では、話が別だ。
キャラバンは全部で20名ほど。何匹もの荷ロバが荷を背負っている。地方の特産品とか保存食をエルサレムで売るのだろう。
そして、タマルに話すことに決めたんだ。あの日起こったこと全てを……。
タマルは大きな目をキラキラ輝かせながら聞いてくれていた。
荷馬車の車輪がゴトゴトゆれる音
晴れ渡る空を飛ぶ、野鳥の鳴き声
道端にそよぐ野草のにおい
足の裏に伝わってくる、地面の感触
なんでだろう、タマルに話しているはずなのに
いろんな感覚が研ぎ澄まされて、周りのいろんなものが見えて、聞こえてくる。
一通り話し終えて、ふーーーーーっと深いため息をあたしはついた。
だって、アドナイ様が一緒にいてくれるってお告げがあったんでしょ?!
じゃあ、これから何があっても、絶対に大丈夫だよ! アドナイ様のお墨付きだよ! すごいすごい!!
これって、あれだよ!
昔から預言者たちを通して語り継がれてきた、メシア預言!!
約束の救い主!!!
ダビデの家から王が出るっていう、あの!!
そりゃそうだ、だってあたしが急に泣き崩れてしゃがみ込んじゃったんだもの。
あたし、「きっと誰も信じてくれない」って、なぜかそう思い込んじゃってたから
だから、タマルが全部を受け止めてくれたのは
どれだけ心強かっただろう……。
いろんな感情がごちゃ混ぜになって、溜まっていたあれこれを涙と泣き声がぜーーんぶ解毒してくれたみたい。
そして、あたしたちが泣き止むのを、キャラバンのみんなは何も言わずに待っていてくれたの。
みなさん、本当にありがとう。
(でも、ちょっと恥ずかしい…)