第3話 正立桂馬と東風谷との出会い 

文字数 4,173文字

 あいつと初めて話したのは、中学時代の日直の時。ちょうどお互い被る感じで、美少女で不思議ちゃんで有名だった東風谷と共にした。
 しかし、あいつは朝が本当に弱くて、ふらふらと出席簿をとっていたの覚えている。だから、僕がそのあたりも東風谷の代わりにやっていた。

「なんかごめんね、正立君」

 終わりの会でプリントを回収していた時に話しかけられた。
 ぼんやりさんの東風谷は興味のないことに関してはあまり動けないたちで、日直の仕事は僕がほぼやっていたからだ。黒板消しくらいは手伝ってくれたけど。
 
「別にいいよ。なんか、いっつもぼんやりしてるね」

 嫌味のつもりで言ったわけじゃないが、言葉を間違えた。
 けれど、東風谷は自信満々に胸を張って見せた。中学生のわりにはいい感じに膨らんでて、エロい。思春期の僕には刺激が強すぎた。
 
「ふっふーん! ぼんやりしてるほうが色々楽なのさ」
「なんかよくわかんないけど、東風谷がそれでいいなら……いいんじゃない?」

 改めて考えると、東風谷はその容姿から目立つ方だ。成績も上位だし、だれもが羨む美少女なのは明白だ。
 そうなると、同性からの嫉妬とかあるのかも。でも、あのふわふわした感じじゃ、攻めようもないのかもしれない。
 女子のグループに入っていて、順調にやっているみたいだ。
 
「いつもボケーってしててさ、なにか考え事とかしてるの?」
「ん? なに?」
「いや、なんか上の空じゃん。なんというか、あんまり人の話を聞いてないような」

 今も昔も、東風谷は聞き返す癖が付いていた。特に、大人の言葉は聞き取りづらいらしく、先生を苛つかせている。でも、周りは諦めてるから気にすることもしなくなった。
 
「私、人の話を聞くの苦手なんだよね。なんというか、馬耳東風?」
「馬の耳に念仏とか?」
「それは違うよ。別に頭が良いってわけじゃないけど、ちゃんと理解しようとしてるし。あれは馬に念仏を唱えても、その意味を理解し得ないだろうってこと。豚に真珠と一緒」

 自分の無知を晒してしまい、僕はちょっと歯噛みする。
 
「ごめん、別に馬鹿にするつもりはなかったんだけど」
「いいよいいよ、気にしてない。でも、初めて喋ったけど、悪くないね」
「悪くないって……どういうこと?」
「んー? なんだろ? フィーリング?」

 感覚的な、曖昧な事を言われて。僕はちょっと悩んだけど、嬉しさのほうが勝ったようだ。
 自分はあまり女の子に話しかける方ではないので、気に入ってもらえるのはちょっとした優越感を感じてしまう。

「多分、私達気が合いそうな気がする」
「ちょっと、そこまでは分かんないけど。東風谷がそう言うなら、そうなのか?」
「時間があるなら、もうちょっと喋ってみる?」

 一応、僕は陸上部に入っていて、放課後は大体スケジュールが詰まっている。
 けれど、今日はテスト週間に差し掛かっているので、部活は無しだ。だからといって、おとなしく勉強をする生徒は少ないだろうけど。
 普段から勉強はやっている方なので、時間的には余裕があった。切羽詰まりながら頭に詰め込む方が精神的に気分悪いので、程よくマイペースに勉強はやったほうが良い。

「さっき、ちょっと考えてたことを教えたい」
「考えてたことって、なに?」
「私ね、妄想をふくらませるのが好きなんだ」

 妄想ってなんなんだろう。女の子だからBLとか? 男の自分にそんな赤裸々に伝えられても反応に困る。しかも、同じクラスだから、今後どうやって付き合えばいいか悩んじゃう。
 僕の気構えも知らないまま、東風谷はA4の赤いノートを取り出した。黒のマジックでシンプルに「アイデアノート」と書かれている。かなり使い込んでるのか、少しページが膨らんでいた。

「思いついたことをざくっと書いてるの。そうやって、メモをしていけばなにか新しいお話が生まれないかなって」
「小説でも書いてるのか?」
「趣味程度だけどね。あと、雑記みたいな感じで、読み返すと楽しい。自分がどんなこと考えてたとか、ね」

 ページをペラペラと捲りながら、東風谷は話題をチョイスする。
 BL・夢小説なのかって聞かなくてよかった。
 
「そうだね、今日は死んだらどうなるのか考えてた」
「どぎついやつだな……」
「前に図書館で死生学の本を読んでて、それで気になったの」

 哲学的というか、中学生らしくないことを考える東風谷がちょっと知的に見えた。まあ、BLの掛け算じゃなくて良かった。
 死んだらどうなるかって、どうなるんだろう? いざ考えてみると、なかなか答えが出ない。
 僕が悩んでいる姿が面白いのか、東風谷はくすくすと笑っていた。
 
「例えばさ、宗教だと地獄や天国、涅槃に行くとか。善行を行ったかどうか、宗教に貢献したとかで決まるじゃん」
「うーん、でも今どき天国とか信じる人いるのかな」
「人間は自分が行ったことが報われないといけないって思い込む生き物なんだよ」

 努力をすれば報われるって、よく先生や親がよく口にする。
 けれど、本当にそうなのかと疑問に思わざるを得ない。それは才能とか、努力の仕方とか。
 勉強をしなくても良い成績をとれるやつとかいるから、世の中理不尽だと思う。
 100m走をやっていると、タイムが伸び悩むたびに悔しい気持ちであふれた。周りの子が、後輩が僕を抜いていく姿に屈辱すら覚える。その分、努力はして、頑張っても届かない。
 努力が報われたい、自分の行ったことが正しかったことを信じたいって気持ちは捨てきれないな。

「手話でコミュニケーションができるゴリラに『死んだらどうなる?』って尋ねた研究者がいてね。そのゴリラはなんて答えたと思う?」
「……『分からない』、かな」
「『苦しみのない穴にさようなら』だってさ。生きていることは辛いことが多いのは共通してるのかもしれない。それが、死んでしまえば苦痛も、なにもかもが消えてしまうんだと。ゴリラはそう言いたいんだと思う」
「動物でも死生観を持ってるんだな」

 死んだらどうなるかって、古今東西で千差万別だ。みんな、各々何かしらの考えは持ち合わせてる。
 自分が死んだら、周りの人が悲しむとか。僕にはそういうことしか思いつかない。
 
「宗教とかさ、死んだらどうなるとか、死について色々定説を唱えてるけど。私はどれも違うと思う」
「東風谷なりの答えってなんなんだ?」

「死ぬってことは、死んでみないと分からないことなんだって。死んだ人は生き返れないし、その経験は死ぬ瞬間に気づくことだと思う」

「それは答えっていうのか?」
「死んだらどうなるかという問い自体が、憶測でしかないってこと。どうあがいても生きている内には分かんない」

 納得はできるけど、ちょっと歯がゆいと言うか。東風谷の言う通りだと思う。
 新興宗教も死後の世界について、「お前は地獄に落ちる!」って脅すように布施や教祖への忠誠を誓わせてコントロールするらしいし。
 結局の所、死後の世界を語るということは、その人の生き方に干渉しようということなのかもしれない。
 
「でもさ、もし私の好きな人が死んだら、『天国に行けるように』って祈っちゃうと思う」
「僕もうさぎを飼ってたことあるけど、確かにそうやって祈ってた気がする」
「人間って勝手すぎるよね。都合よく信じたいことを選べちゃうんだから」

 基本、無宗教の自分でも、都合のいい教えとか言葉とかを選んでるのは否めないと思う。
 自分の都合の良いことを信じようとして、それが間違ってると疑わないことだって。

「そんな感じで色々妄想を膨らませてるってことなのさ」
「複雑なこと考えるんだな」
「……つまらなかった?」

 考えさせられる内容で、よくあるユニークな話とは違うベクトルだ。けれど、面白かった。
 僕のことをじっと見つめる東風谷にちょっとした圧を感じる。多分、鋭い目つきがそうさせるんだろう。
 こほんっと僕は小さく咳をして、正直な気持ちを伝えた。
 
「有意義な時間だった、かな?」

 普段、漫画ばっかり読んでる自分にはちょっと刺激になった気がする。
 東風谷は薄紅色の唇を人差し指で弾き、口角を釣り上げた。
 
「いやー、なかなかね。友達にも話しづらいことだったから。初めて同級生にこの話題振った気がする」
「楽しく周りでおしゃべりするのとは違うしな。でも、普通に面白かったし、マンツーマンで話す分にはいいかも」
「多分、あいつ変なこと話してくるって陰口叩かれそう」

 世知辛いことを聞いてしまった。でも、東風谷の個性的な部分をみれば、それを受け入れてくれる人って少ないのかもしれない。東風谷は普段はのほほんとしてるけど知恵は回る方だ。
 席に戻った東風谷は机の中から教科書を引っ張り出し、リュックへと入れていく。アイデアノートも一緒に。
 僕もそろそろ帰宅せねばと、同じように帰り支度をした。
 
「また、なにかお互い都合がいい時に話そうよ」

 不思議な魅力といってもいいのか、僕は東風谷に惹かれているのは確かだった。
 だからもっと、この東風谷の個性を知ってみたかったし。女の子を堂々と誘うなんて、僕らしくもなかったかも。
 陸上部の後輩と話すくらいで、僕は恥ずかしさがこみ上げてきてしまった。
 
「んー、えっと。わかった。またお話しよう!」

 首を傾げながら承諾する東風谷。
 最後の僕の言葉が聞こえてなかったのだろうか。けれど、ニュアンスで伝わったってことでいいのかな。
 帰りの準備に集中してて聞こえづらかったのかもしれない。東風谷のそういう部分は気をつけなきゃと思った。
 
 それ以来、東風谷と何度か話す機会が増えてきて。周りにばれないようにそれとなく近づいたり。
 今では特に気にすることなく友人関係というものを築き上げてきたと思う。
 けれど、東風谷と話すたびに男女の関係を意識し始めて、東風谷が僕の顔を覗くと頬が熱くなってしまう。
 この気持ちをいつか、どこかで伝えようと何度も考えた。デートの日、僕の度胸が試される時なのだろう。
 
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