第6話 正立桂馬と猪突猛進少女 

文字数 1,322文字

 中学校時代は陸上競技に打ち込んでいた。体を鍛えることが楽しくて、必死に頑張ってたと思う。
 小学生の時に足が早かったので、中学でも行けるんじゃないかって高をくくってたのもある。子供の頃って、足が速いやつが人気者だったりしてたし。僕にとっては特技の1つだった。
 100m走をメインに、短距離選手として頑張ってた。ライバルが多くて埋もれてしまったけれど。

「位置について、よーい、ドン!!」

 スターティングブロックを蹴り出して、グラウンドの土を踏みしめる。砂埃と共に駆け上がり、一生懸命腕を振ってストライドを描いていく。風の切り裂く音とともに全力で走り抜けていった。
 しかし、隣で走っている女の子は更に僕の先を行き、ゴールラインを両手を振って通り抜けていく。
 0.7秒という大差で僕はゴールし、ぜえぜえと前屈で息をする僕は横目で女の子を見た。
 
「よっしゃ! またウチの勝ちですね、先輩!」

 無邪気な笑顔で僕を見下ろす1つ下の後輩。僕と違って全く息を切らしていない。
 汗のしずくがつたる赤い髪と小麦色の肌。東欧系ハーフの恵体で、ボーイッシュな美少女の猪之頭ヘレナ。

「これで何度目の負けなんだろう……やっぱ速いわ、お前」
「いやー! 先輩のご指導のたわものっすよ!」

 にこにこと破顔するヘレナに対して、僕は強引に笑みを作る。先輩としてのプライド、要するに虚勢ってやつだ。
 入部したての時はマンツーマンで教えていたけど、今では僕はあいつに勝つことはなくなった。
 他の部活連中のやつらもヘレナに勝てない。男女どちらもヘレナに勝つことは出来なかった。
 しかも、短距離以外でも才能があって、まさしくヘレナは陸上競技の天才。
 
「先輩、また一緒にトレーニングしましょう!」

 無尽蔵のパワフルな体力で僕を振り回す。本当に、構ってほしいと言わんばかりにのしかかる大型犬のようだ。

「おう、絶対に追いついてやるからな」

 心の中ではなにくそと、悔しい気持ちに満ちあふれていた。それをバネに、絶対に追い越してやると。
 部活の時間以外もヘレナと一緒にトレーニングを重ねる。歯を食いしばってメニューをこなすが、僕の限界がヘレナの限界であるわけもなく。あいつは才能にかまけれ手を抜くことは一切なかった。
 才能も違えば、努力の質も違う。あいつには逆立ちしても絶対に勝てないんだ。悔し涙で嗚咽したこともある。
 それでも、先輩風を吹かせていたかった僕は必死に頑張った。たとえ、どれだけ頑張ってもゴールが見えないのに。
 東風谷が言ってたけど、人間にはそもそもゴールなんてものはないって。本当に、そう思うよ。
 けれど、どこかでゴールを決めておかないと、走りっぱなしは辛いだけだ。だから、僕は。高校に入ってからは陸上をしなくなってしまった。
 
 卒業してから、ヘレナは全国大会で100m走1位をとる。インタビューで汗をダラダラとかきながら、勝利の喜びに打ち震える彼女はこう言った。
 
「ウチに陸上の楽しさを教えてくれた先輩のおかげっす! ありがとあした!!」
 
 決定的に、彼女は僕にとって雲の上の存在になってしまった。
 
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