第5話 東風谷奏美は低血圧 

文字数 1,880文字

 登校時間は私にとって苦痛だ。何度も言っているが、朝が弱いから。
 電車の中とかとてもきつくて、基本的に座ることはないので立たされっぱなし。
 その間、私はうつらうつらとしながら、つり革を握る。時たま、二の腕を枕にして目をつぶることも。

「眠い……」

 考え事をすることで意識を保つ。これは、電車登校の私が編み出した早起きの秘訣だ。
 今回は正立君のことについて考えてみることにした。
 
 彼との出会いは中学校の時で、話してみたらすっごく相性が良くて驚いてしまった。
 私がマイペースな分、正立君はけっこうハキハキとしていて。ちょっと強く当たられてしまうこともあるが、なんだかんだ仲直りが出来るのはお互いの距離感が適切なんだからだろう。
 男友達との付き合いが正立君しかおらず。他の女の子はもっと社交的に話しかけてたりするけど、私にはどうやっても真似できそうにもなかった。
 でも、彼だけで私は満足だ。無理に人間関係を広げすぎると、ストレスが増すだけだし。

「デートか……」

 私は小さくつぶやいた。
 男の子と2人で遊びに行ったら、デートになるのだろうか。多分、世間一般ではそうなのかもしれない。
 デートと言う言葉は日本語で言えば逢引。要するに、気のある男女が一緒に遊びに行くってことで良いはず。
 私は正立君に対して恋愛感情を抱いているのかどうか。その答えは多分、イエスなのかもしれない。
 中学校とは違い、私だって男子を異性として意識してしまうことがある。思春期なら普通のことだし。
 
「多分、まだ、そんな関係じゃない」

 少なくとも、今は彼とは友達でいたいとおもってる。この距離感が崩れてしまうことが一番怖いから。
 私はただ、逃げ腰なだけかもしれない。自分に正直になれないだけかもしれない。
 しかし、正直になったところで、彼が好きだと断言してしまえるのだろうか。無理な気がする。
 正立君も私のことは異性として認識してくれているのだろうか。けれど、彼にとって、女の子は私だけじゃないのだから。
 
 □   □   □
 
 カァカァ、チチチと鳥の声がアーケードに響いていく。
 朝を告げる鳥たちが、生ゴミを狙ってお互いのテリトリー争いをしているのだろうか。
 
『三千世界の カラスを殺し そなたと添い寝が していたい』

 高杉晋作が残したと言われている都々逸。都々逸は短歌の一種で、基本的に恋の歌が多い。
 カラスは朝を告げる鳥のことで、世界中のカラスを殺して、朝が来ないようにって意味だ。そのまま、君とずっと添い寝がしていたいって。ロマンチックだと思うけど、過激。
 
「なんで、鳥って朝に鳴くんだろう」

 朝を告げるためだけっていうのは違うのかもしれない。それこそ、人間が考えたエゴのようなものだと思う。
 鳥が鳴くのは求愛行動だって話は有名だけど、それならなぜ朝に鳴くのかな。低血圧の私には理解できないことだ。
 
「虚勢かな」

 鳥はテリトリー争いが多く、血みどろの抗争に発展することも多い。
 平和な象徴の鳩は特に自分のテリトリーにうるさく、平気で殺し合いを始めるそうだ。
 多分、鳥は自分の存在を証明したいだけなのかもしれない。自分は元気だぞって、そうやって虚勢を張ることで身を守ってるのかも。
 なにかの番組で日中戦争で騎兵として現地に駐屯していたおじいちゃんの話があった。毎朝大きな声で朝礼をしないと、自分たちが弱っていると思われて襲われてしまうからだそうだ。
 
「世知辛いな~」

 弱いからこそ勇気を持って声を出すってとっても大事なことだと思う。私にその勇気があるかは甚だ疑問だけど。
 
 しかし、声を出さないと気持ちが伝わらないことを、私はよく理解しているつもりだった。
 
「あれは正立君かな……」

 校門からちょっと離れたグラウンドの近く。その部室棟の軒下で正立君を見た。


「おーい、正立君―――」

 正立くんの方に近寄ってみたら、その横に人影がいた。
 体操着姿のボーイッシュな女の子が偉い剣幕で正立君を見つめ、そして叫んだ。
 

「先輩のこと、ずっと前から好きだったんです!!」


 その言葉が耳から離れない。私よりも先に、正立君に告白をしていたから。
 私は、私はこの時、自分も好きだと威勢よく声を張れば良かったのだろだろうか。
 聞こえなかったことにして、私は黙ってその場を離れるしか出来なかった。
 馬耳東風、私は無意識に、都合の良いようにその言葉を選んでしまった。
 
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