黒い魔導士とトリクシー➁

文字数 7,955文字

 ミリアムにとって、明りを背に窓から激しく手を振っていた人影はここにいるとは考えられない人物だった。村人の誰かを見間違えたのならば自分自身を許せない。本当の姿を見極めようと目を細めてみた。
 もう人影は部屋に引っ込んでいたが、すぐに玄関から走ってきた。すらりとした肢体に革のチュニック、レースの縁取りのあるターバン、整った色白の顔立ち──どう目を凝らしてもミリアムがよく知っているトリクシーだ。ブラスナックルがないだけの。
「久しぶりだね。元気だった?」
 トリクシーはエルテペで会った時と変わらない屈託のない笑顔だった。
「トリクシー。どうしてここに……」
 開けっ放しのミリアムの口からはあやふやな言葉しか出てこなかった。
「どうしてって?」トリクシーは当惑気味のミリアムの顔を面白そうに眺めた。「イセルダ様に言われて来たのよ。『あなた、ここにお友達がいるんでしょう? 会っておいで』って。ミリィ、魂入ってる?」
「じゃあ、魔導士様と一緒に来る人って……」
「私だよ。なんと『第一側近魔導士ブランボと同等の権限を与える』とも言われて来た。今の私はえらいのだぁ!」
 腰に手を当てワハハハと豪快に笑うトリクシーに、ミリアムもだんだん実感がこみあげてきた。一緒にわきあがったトリクシーとの温かい記憶が、ミリアムのほほを染め再び笑顔を作った。
 クスクス笑いあう二人のもとに、織りたての晴れ着といくつものアクセサリーで装った少女たちが三人走ってきた。きらめく美貌で一番目立っているのはシエラだ。シエラは自分と同じくらいの背丈のトリクシーと並ぶと、ミリアムをねめつけてからトリクシーに甘い声で訊ねた。
「いきなり出て行ってどうなさったんですか。トリクシー様?」
「ああ、ごめんごめん。探していた知り合いを見つけたもんだからつい……」
 シエラは自分と距離をおこうとしたトリクシーの手を取った。
「さあ、お部屋に戻りましょう。もっとお話を聞かせてください」
「ミ、ミリィもおいでよ。面白い遊びをやっているんだ」
「その子はダメです」シエラは間髪入れず言い放った。
「なんで?」
「ロスアクアス家の人間ではないからです。私はカウロ様の婚約者ですから」
「トリクシー、私も行かない」ミリアムはシエラに何か言いそうになったトリクシーを慌てて遮った。「魔導士様に用事があって来ただけだから。良ければ伝えてくれる?」
「ブランボに? なんて言えばいいの?」
「ブランボさんの魔法生物(ゴルディロックス)がご機嫌悪いみたいで、私の作ったご飯を食べてくれないの。うまく作ったつもりなんだけど、見向きもしてくれない。どうしたらいいでしょうかって」
 ああ、とトリクシーはなにか頭の中の記憶を探りながら頷いた。
「あの子たち、飼い主に似て神経質なところがあるんだよね。ブランボも今は忙しそうだから、私が行くよ。エサあげたことあるもの。あなたたちも来る?」
 シエラはすぐにそっぽを向いた。
「私は行きません! 魔法生物(ゴルディロックス)がいるところなんて。恐ろしい!」
 他の二人は困った顔でトリクシーとシエラを見比べるだけだった。三人の意思を確認するとトリクシーはすぐに屋敷の方へ歩き出した。
「じゃあ、私たちだけで行こう。ミリィ、場所はどこなの?」
 ミリアムはこちらを恨めしそうに睨む三人が気になったが、トリクシーに促されて一緒に歩き出した。三人は黙って立ちつくしていた。
 二人の歩調はだんだん速くなっていった。三人に聞こえない距離になってからトリクシーは話し始めた。
「小さな村だからすぐに見つけられると思っていたよ。今までどこにいたの」
「お屋敷の地下よ。そこに『司祭の部屋』があって、その中に私の部屋もあるの。山奥の田舎でびっくりしたでしょう」
「そんなことないよ。もっと人のいない場所に行ったことあるから。その何とかっていう部屋が歴代の魔導士が使っていたっていう部屋ね。ブランボが案内されたんだから、私も見る権利があるわ」
 屋敷は静かなままだったが、暗い地下に降りていく途中、壁や足元から断続的に重々しい鳴動が伝わってくる。
 入口の魔石燈だけが光源の薄暗い司祭の部屋にも脈動に似た切れ切れの振動が響いていた。特に奥のドアの蝶番やノブのビリビリいう金音が耳障りだった。そこが魔法生物のいる部屋で、まだその辺の壁を叩いたりしているようだ。ミリアムとトリクシーはドアの前で顔を見合わせた。
「よし」意を決したトリクシーがレバー型のノブを押さえた。
「あ、鍵がかかってる」
「私はかけてない。内側からかけたのかしら」
 ミリアムが代わってノブに手をかけたがびくともしない。
『杖をみろ』
 ククルトからの助言で、ミリアムは腰に差していた魔法の杖の異変に気づいた。杖の先の石が淡く光っている。ミリアムはベルトから杖を引き抜くと、ドアノブに石を当ててみた。バネが跳ねる微かな音がした。
 ミリアムとトリクシーはまた頷き合い、「せーの」で一緒にドアノブを引いた。
 今度は一筋の光がこぼれた。ブオブオと大きく荒い息遣いも漏れてくる。これもドアを共鳴させていたようだ。二人はもう少しドアを開けて中を覗いてみた。
 光は中の魔石燈のものだった。人間用のテーブルやベッドがきちんと置かれてあったはずだが、全部ひっくり返ってミリアムの団子と一緒に隅に追いやられていた。
 代わりにあの白い魔法生物の一頭が部屋の真ん中でうなっていた。もう一頭は奥の暗がりで膝の間に顔を埋めている。中央の怪物は開いた入口をちらりと見ただけで、筋肉の盛り上がった肩を揺らしながら落ち着きなく部屋中を見回していた。ミリアム達には気づいたようだが、それ以上に気になることがあるようだ。
 ミリアムもあの一頭がそわそわと視線を走らせる先を追ってみた。四方の壁にはあちこちにヒビが入っている。今までそんなものはなかったから、あの魔法生物(ゴルディロックス)がつけたものに違いない。しかし、こんなに壁を傷つける理由がミリアムにはわからなかった。
 トリクシーが小さく呟いた。
「どうしたんだろう、あいつ。ゴルムかな。それともベルムのほうかな」
「それ、名前?」ミリアムも小さな声できいた。
「うん。私がつけたんだけど、見分けがつかないんだよね。でも、つけてないと寂しいじゃない」
「私が名前を呼ばなかったからかしら」
「そんなことないよ。おなかはすいているはずだけどなぁ」
 トリクシーは小さく息をつくと、さっと部屋に歩み入った。
「どうしたどうした、ゴルム、ベルム。ご飯食べないの? おいしそうにできてるよ」
 トリクシーは明るく名前を呼びながら拾った二個の団子を差し出した。奥の魔法生物は無反応だったが、中央でうろつく方は癇にさわったようだ。しわだらけの鼻にさらにしわを寄せトリクシーに歯をむき出した。そして太い腕を軽く振って目の前の団子を振り払った。
 団子が吹っ飛んだ時、ミリアムは目をつぶったが、トリクシーは微動だにしなかった。
「お行儀悪いなぁ、もう」トリクシーはぼやきながら冷静に別の団子を拾った。
 目の前の白い怪物は、団子をはじいたあともしきりに狭い室内で視線をさまよわせていたが、急に壁の一点に視線を定めるとそこに拳を叩きこんだ。
「こら! やめなさい!」
 トリクシーは壁にめり込んだ手にしがみついた。魔法生物はもう一度壁を打つためにしがみつかれた腕を引こうとしたが、できなかった。踏ん張ったトリクシーがひじを固めていた。
「大人しくしなさい。部屋を壊しちゃうでしょう?」
 白い怪物の目がつりあがり、肩の筋肉が盛り上がった。怪物はトリクシーごと腕を振り回した。
「トリクシー!」
 ミリアムが悲鳴を上げたとたん急にドアが閉まった。ミリアムは挟まれそうになるのをかろうじてかわすと司祭の部屋に取り残されてしまった。閉ざされたドア向こうからズズーンと壁に何かが強くぶつけられる音がした。
「トリクシー!」
 ミリアムは叫びながらドアノブにしがみつき開けようとしたができなかった。さっきのように杖の魔石を当ててみた。「開けて! 開けて!」ドアは開かなかった。ズズンズズンと重々しい音が続いている。
「トリクシー!」
 ミリアムは夢中でドアを連打した。自然と左腕が黒く変化し、その腕でドアを突き破った。
 ミリアムが穴をくぐって部屋に踏み込むと、トリクシーは床にしりもちをついて尻と頭をさすっているところだった。隅の一頭は動いていないが、暴れていた一頭が殺気ある眼を爛々に光らせてトリクシーを見下ろしていた。毛を逆立て牙をむき出す様は飼いならされた使い魔ではなく、野に這う危険な妖物と変わらない。
 白毛の腕が再びトリクシーへ伸びた。
 体を反転させたトリクシーはドアの穴に飛び込み、ミリアムもそれに続いた。
「もう! 宴会に呼ばれなかったからへそを曲げたのかなぁ!」
 背後でドアが壁ごと粉砕された。粉塵と共に巨体の気配が迫ってくる。トリクシーが振り向くと風を巻きこんだ手が頬をかすめた。直撃は免れたが受け身が取れないまま床に転倒し、痛みが体躯の動きを鈍らせた。
 なんとか立とうとするトリクシーに追撃の拳が突き下ろされる。トリクシーは目をつぶった。頭か背骨が砕かれる激痛が全身を巡ることを覚悟した。
 しかし、それ以上の痛覚の刺激はなかった。折れて神経がマヒしてしまったのだろうか。どうなったの?──トリクシーは瞼に込めていた力を抜いて目を開けた。
 ミリアムの背中だ。ミリアムが魔法生物との間に入っていた。トリクシーを狙っていた拳は、掲げられたミリアムの黒い左手に受け止められていた。怪物の顔が驚愕でゆがんだ。どんなに頑張っても眼前の少女の顔より大きい拳を上げることも引くこともできないのだ。
「トリクシーに近寄らないで!」
 今度はミリアムが左腕を振るった。ミリアムの何倍もある重量体がくるりと一回転しながら壊れた壁の方へ投げられた。ミリアムはくるりと身をひるがえしてトリクシーの傍に座った。魔法生物(ゴルディロックス)ががれきに落下するよりも早かった。
「トリクシー大丈夫?」
 今度はトリクシーが夢を見ているような顔をしていた。
「ええ大丈夫。私は大丈夫みたいだけど……そっちのほうは大丈夫なの?」
 ミリアムはさっと左腕を後ろに隠した。
「だ、大丈夫よ。見た目は変だけど私は平気なの。ククルトが勝手にね……」
『勝手にとは心外な。ミリィが望んで……』
「うるさい黙ってて」
「え? なんて言った?」
 ミリアムは急いで首を振った。
「なんでもないの。なんでもない……こうなるって話してなかったっけ?」
 トリクシーは唸りながら頭をかいた。
「いや、話してくれてはいたけれど……こんな予想はしていなかったっていうか……」
「ごめんなさい!」
「あ、謝らないで。こっちは助かったんだから。顔をあげてよ」
 慌ててトリクシーはミリアムの右手と黒い左手を自分の両手で握った。
「ありがとう、ミリィ。強いんだねぇ」
 ミリアムは顔が赤くなってまたうつむいた。この手のことでお礼を言われるのは初めてだった。
 がれきの山が動き、埃まみれの白い毛皮が立ち上がった。魔法生物は頑丈で傷一つついていない。トリクシーとミリアムは手を放し、一緒に身構えた。
「いつものブラスナックルがあれば、もっとガンガン行くんだけどさ」
「私も行く。これ以上好きな人がいなくなるのは嫌なの」
 二人と白い怪物は互いに動かず間合いを図った。ただ怪物の態度は少々変わっていた。戦う姿勢は解いていなかったが、顔つきはさっきまでの狂った野獣ではなく、こちらを見定めるような慎重さを取り戻していた。
 それに気づいたトリクシーは構えながら話しかけた。
「ねえ。何が気にいらないのかわからないけれど、とりあえず部屋に戻らない? 言葉わかるよね。私たちはご飯をあげにきただけ。暴れないなら何もしないよ。無理に食べたくないなら食べなくていい。欲しいものがあるなら探してくるからさ……」
「その必要はない」
 ミリアム達の後ろから低い声が聞こえ、怪物がはっと目を見開いた──その頭がその表情のまま、二人の真正面で血しぶきをあげて飛んだ。ミリアムの視界は一瞬にしてすべて赤くなった。ミリアムは構えたまま動けなかった。何が起きたのかすぐにはわからなかった。トリクシーが舌打ちした。
 魔法生物(ゴルディロックス)の着ていた赤いベストが急激に絞られ、首が体からねじ切られたのだった。空中高く上がった首はがれきに沈み、四肢と巨躯はつぶれた肉と血を滴らせてずたずたになった白い毛皮を紅に染めながら血の海の中へ崩れ落ちた。ミリアムの顔にもオルト婆がくれた上着にも赤い飛沫がはねていた。黒い左手と普通の右手にもついている。ミリアムはそろえた手のひらを見つめた──「行く」と確かに言った。戦おうと身構えていた。そして終わった、まだ何もしていないはずなのに。暴れていた生き物は動かなくなり、危険は去った。でも、これが望んだ結果なの?──ミリアムの頭はその問いでいっぱいだった。トリクシーは声のほうに振り返って後ろの人物に強く言った。
「ここまですることないんじゃないの。まさかあなたが暴れろって命令した?」
「命令はしていない。子供に手こずる使い魔など必要ないのだ」
 入口で印を結んでいる黒い魔導士ブランボは、いつもの無感情な口調で答えた。その後ろにカンテラを掲げたディエノとカウロがおびえた表情で様子をうかがっていた。
 ブランボは印を解くと、つかつかと歩いてきてミリアムの左手をつかんだ。ミリアムは足がすくんだままで抵抗できなかった。
「ちょっとなにすんの! ミリィは言われた通りご飯をあげようとしただけだよ」
 ミリアムの代わりにトリクシーが声をあげた。ブランボはミリアムの左手を興味深く観察しながら囁いた。
「血を吸ったかね? この左腕は。贄を欲したかね?」
 ミリアムは必死に首を左右に振った。ブランボが微かに笑った──ようにミリアムには思えた。
 ディエノが唾をごくりと飲み込んでから口を開いた。
「一体、なにが、あったのですかな」
「使い魔の調整不足のようだ」言いながらブランボはミリアムの手を放し、今度は自分の使い魔の成れの果てに注目した。「ここは私と助手が始末しよう。騒がせて申し訳なかった。宴は抜けさせてもらう」
「わかりました。もう遅いですから、酒宴はお開きにしましょう。差し支えなければ、後片付けは明日にしてはいかがですかな。魔導士様たちもお疲れだったのかもしれません」
「そうしよう」
 ミリアムはブランボが崩れた壁の奥に視線を移したことに気づいた。部屋の隅でずっと座っていたもう一頭の白い魔法生物も顔をあげてこちらを見ている。とっさにミリアムは叫んだ。
「あの子は何もしていません!」
「わかっているとも!」ミリアムにかぶせるようにブランボは大声をあげた。「そしてあれは私の使い魔なのだ。黙っていろ」
 ブランボは再び印を結ぼうとした時だった。
「まままて。まどうし」
 誰かがブランボに呼び掛けた。小さなかすれ声でどもっている。
「かかべは、もどせます。のに、これ以上汚して、ももらっては」
「そこか!」ブランボがビリリとする雷を投げた。
 また壁の一部が壊れ、ミリアムの部屋が丸見えになり、あの球根のような謎の物体があらわになった。
 ブランボはその物体めがけて次々に雷撃をうちこんだ。同時にミリアムが直した道具たちが動いて物体の前にバリケードを築いたが、瞬時に粉々になった。飛散する光、耳をつんざく雷鳴にブランボ以外の人物すべてが悲鳴をあげた。
 幾秒たったか、なん十発か放ってようやくブランボは手を止めた。轟音が治まってから、ミリアムは顔を覆っていた腕をそっとおろした。
 自分の部屋はすっかり変わり果てていた。せっかく直した家具たちは木くずと化し、この部屋と魔法生物の部屋との間にもう一部屋あったのだが、壁が破壊されたためすべての部屋がつながってしまった。その中で自分が玉ねぎと表したあの物体だけが傷一つなく植木鉢の上に平然と居座り、まわりに青白く透き通った光のひものようなものを張り巡らせていた。根だ──ミリアムは直感した──あの玉ねぎが植木鉢の下から密かに伸ばし床下や壁面の中に侵入させていた根。ブランボが放ったのは、今まで見えていなかったそれを可視化する魔法も含んでいたのだ──と。
「わた、しに、きずは、つ、つかない。まどうぅし」
 またさっきのどもる声が聞こえた。ミリアムもブランボも、声が聞こえた者は一斉にそちらに向いた。
 がれきの山によじ登ってきたものがある。絡みついた青い根の何本かを足にして移動し、そして何本かで空気を送り何本かで口を動かして声を出している魔法生物(ゴルディロックス)の飛んでいった首だった。
「貴様か。私の使い魔を挑発していたのは」
「していない。さ、さぐっただけ。守るの、のが、めいれい」
「何を守る。誰の命令だ」
「ここ。司祭はあるじ。ち、血は汚す。部屋は、なおす」
「ブランボ様」ディエノが震えながら呼んだ。「この魔法生物はわが家を守る守り神だと言い伝えられております。歴代の司祭が世話をし、彼らのみ相手をすることを許されてきたのです。ご無体なことはお控えください。先代も『これに何かある時はこの家がつぶれるときだ』と言い残しました」
 周りで浮いていた根が動きだした。破片を器用に持ち上げパズルを完成させるように壁を組み立てていく。砂礫は根から出る分泌物で固められ、ふさぎきれない穴のところにはめられていった。ただ、木の扉は元に戻らず、部屋の内部は見えるがままだった。
 壁が復元されると、状況をじっと見ていたブランボがおもむろに首に問いかけた。
「今、お前が主と定めている者は誰だ。過去の司祭か。ディエノ・ロスアクアスか。それとも私か、この娘か」
 首の口が開いたが、だんだん動きが悪くなっていった。
「もう、これ、だめだ。ねる。まつ、あるじの(マイ プレシャス)……いとしいいしよ……」
 コトリと首の顎が外れ、絡みついていた根がほどけてすっかり片付いた床に吸い込まれていった。
「死んだんですか! これが死んだらわが家は!」
 ディエノが血の気の引いていた顔をさらに青ざめさせてブランボに取りすがった。
 ブランボはディエノを振り払って、遮っていた根がなくなった球根の魔法生物へ歩いていき、その青緑のざらりとした表面に片手を付いた。
「生きている。おそらく休眠状態に入ったのだろう。助手を呼んでくれ」
 ディエノはへなへなと座り込み、カウロがばたばたと走って上から二人の助手を連れてきた。
「首や血肉にこれ以上得体のしれぬものが取りつかぬよう防呪の処理をしなければならない。本格的な掃除は明日以降、準備ができ次第だ」
「かしこまりました。残ったゴルムはいかがしますか?」
「眠らせておく。血で汚すなとさ。ここの守護者の言うことをきいておくよ」
 ぼうっと様子を見ていたミリアムは急に手を引っ張られた。トリクシーだった。
「ここはブランボに任せて、ミリィは私の部屋に行こう。ここじゃ寝る気にならないよね」
 頷いたミリアムは破壊された家具の山から自分のカバンを掘り出し、トリクシーについて外に出た。ブランボは忙しく、ディエノやカウロは二人に何か言う心の余裕はなかった。
 屋敷の玄関にはシエラやロスアクアスの親族の女たちがいて、固まって話をしていたが、二人が出ようとするとシエラが怖い顔で近づいてきた。
「私が魔導士様を呼んだのよ。二人で何とかしようなんて無謀よ」
 トリクシーは立ち止まると急いでお礼を言った。
「呼んでくれてありがとう。今度お返しをさせて。でも今は休ませてちょうだい。疲れたのよ」
 トリクシーとミリアムはまた早足でその場を離れ、ゲストハウスへ向かった。
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