第2話 謎解き前にすったもんだ

文字数 10,164文字

「皆様、町おこし菊井町戦国宝探しにようこそおいで下さいました。これからルールの説明を行います」
司会者が戦国宝探しと書かれたたすきをかけた役員にマイクを渡す。
「えぇ、このたびのイベントはそれぞれのチェックポイントに記されたヒントを頼りに、宝のありかを探していただくというゲームです。制限時間は本日の夕刻六時までとなっております。ちなみに宝は菊井町内の合計五カ所に隠されています。どの宝でもいいので、探し当てて最も番早くこちらの本部へ持ってきたチームが優勝となります。ちなみに宝には宝石、小判、埋蔵金など合計五種類ございます。ちなみに掘り出した宝も参加者の皆様に条件付きで進呈いたしますので楽しみにされてください」
「すごい出血大サービスだな。百万円のうえに宝もいただけるのか。埋蔵金だったら億単位かもしれんぞ」
アディオスは鼻息荒く前川に言った。 
「宝を持った方がこちらのゴールラインを超えたらゴールです。ほかのメンバーは公園にいさえすればゴールは認められます。もちろん最初にゴールしたグループが優勝です。その時点で合図の爆竹が鳴ります。ただし、宝を探すときに参加者は必ず集団で行動していただきます。別々の地域を手分けして探すという活動は認められておりません。なお、集団行動のルール違反を監視するためにGPS発信機を手首に巻いていただきます」
司会者のアナウンスとともに五名のアシスタントがシリコン製のリストバンドを参加者の手首に取り付けて回る。
「ああ、これってよく遊園地のフリーパスで使われるやつだね。一度取り外すと二度と取り付けられないやつだ」
アディオスが左の手首にとりつけられたリストバンドを見てつぶやいた。
「なお、菊井町戦国宝探しに制限時間はございません。日没とともに隠された宝は撤去されますが、犯罪行為をしなければ財産なげうって宝を探し続けていただいて構いません。皆様がタクシー、食事、宿泊などでお金を落としてくださることで町が潤いますから!」
司会者は熱く呼びかけた。
「いや、日没時点、いや、爆竹が鳴ったら俺たちは終了だな」アディオスが無表情でつぶやく。
「当然です。撤去された宝は探せませんから」前川が応じた。
「町長のラッパの合図とともにスタートです。はじめに公園の土俵内にばらまかれた指令書をお取り下さい。そちらに五つの宝のいずれかの隠し場所ヒントが記入されています。では、町長、合図をお願いしますっ」
司会者の呼びかけとともに町長が「ぷおおぉん」という間の抜けたラッパの音を響かせた。同時にお尻のラッパからも臭い付きの音が響いたが、司会者の機転を利かせた「ぷいぃん、ブオッ、ババアン!」という口から発する擬音により発覚を免れた。
 アディオスたちは合図とともに土俵へと駆け出した。ほかの参加者も我先にと土俵へと向かう。土俵は三角に折りたたまれた指令書らしき紙で覆われていた。千枚ちかくあるに違いない。
「よし、それぞれ一枚ずつ拾ってみるぞ」
アディオスの号令で前川と不二美も一枚ずつを拾いあげた。
「一番見つけやすそうなものでいくぞ。不二美のはどうだ?」
「やった!」
「おっ? 超簡単なヒントなのか?」
「大吉!」
「それはダミーだ。ヒントじゃない。前川のはどうだ」
「僕のは『この手紙を30人に送らないとあなたは不幸になります』と書かれています」
「それは不幸の手紙、同じくダミーだ。よし、俺のを開けるぞ」
アディオスは不幸の手紙かもしれないと目を閉じながら震える手で紙をひらく。紙を開き終えるとだんだん薄目を開けながら書かれている文字に焦点を合わせた。  
「んっ、『村田商店で、ある銘柄のタバコを購入せよ』と書いてあるぞ。そこに宝箱のヒントがあるそうだ」
アディオスは中央にでかでかと書かれた文を読み上げ知らせた。
「たばこ? 誰も吸わないのになんかもったいないですね。どうせなら買ったら誰でも使えるものにすればいいのに」
前川が不満顔を浮かべた。
「たばこは高くなって売れなくなってきているからな。売れ残って困ってるんだろう。でも買ってもらえれば地方も潤う」
「どういうことですか?」
「たばこは60%以上と飛びぬけて重い税負担率なんだ。もちろん税の中には国たばこ税ばかりでなく地方たばこ税というものも含まれている。そういう意味では地方も潤う賞品というわけだ」
「なるほどですね」
「で、村田商店って場所はどこ?」
不二美がせかすようにたずねた。
「この地図で行くと近いな。この先300メートルくらい西だ」
アディオスは横に添えられた手書きの地図を見ながら店の方角を指した。
「タクシーいらずで財布に優しいですね」
前川の声にアディオスはにたりと笑うと「行くぞ」と呼びかけ、ヒントの紙を不二美に手渡してから西へと駆け出した。
 途中、警備服を着たじいさんが募金箱のようなものを持って立っているのが見えた。挨拶をして通り過ぎようとした際に「ちょっと待ちなされ」と呼び止められる。
「は? なんでしょうか」
「ここから100メートルは有料道路」
「えっ? 歩道ですけど……」
「歩道は一人500円です」
「ええっ! 車はフリーで通ってますよ」
アディオスは道行く車を指さした。
「本日限定の有料区間ですから」警備服を着たじいさんは譲らない。
「町にお金を落とすことも必要だわ。優勝したら百万円じゃない。なんてことない金額よ」
不二美がアディオスの腰を小突いた。
「そ、そうだな。わかりました。はい、1500円」
アディオスは警備服のじいさんにお金を支払った。
「では、お気をつけて、村田商店はあそこに見えてますから」
「はい、わかってます」
アディオスは面倒くさそうに会釈すると先を急いだ。並走する前川が「絶対イベント企画者の回し者ですよね。待ち構えてましたよ」と耳元で告げる。
「たった300メートルで1500円か。タクシー使った方がましだったな」
アディオスは走りながら頭を垂れた。 
村田商店にたどりついた。道路に突き出たオレンジ色の軒先テントは日焼けによって色あせしており、年代を感じさせる。入口にあるガラス扉は昔ながらの手動式で、すぐ横には守衛のように自動販売機が二つどっかと並んで立っていた。
 先頭で中へ入ろうとする不二美の目がドアにある掲示物に留まった。
「入口に張り紙があるわ。『釣りがありすぎて困っています。支払いは五千円以上のお札でお願いします』珍しいお願いね。普通は釣り銭がないから釣り銭がないよう細かいお金でっていうのは聞いたことあるけど」不二美は小首をかしげた。
「まあいいよ。どうせこのあとタクシーとかで千円札とか使うだろうから。くずしておこうよ」
アディオスは不二美の迷いを封じると腕時計をのぞき見た。時間との勝負だ。 
「ごめんください」
アディオスが入れかわるようにして先頭にたち扉を横へスライドさせ中へと入る。奥でチャイムの音が聞こえた。客が入ると奥にいる店主に知らせるシステムのようだ。
「買うのはタバコだったな。とりあえずたずねよう」
アディオスは不二美と前川にここでの行動を確認しレジスターがある奥へと歩きだした。家の奥から店主らしきおばあちゃんが姿を現した。オールバックにした髪は栗色で生え際のところが白くなっている。目は糸のように細く額には年輪のごとき深い皺が刻まれ、カーキ色の長袖にグレーのエプロンをかけている。
「おばちゃん、タバコを買いたいんだけど」
アディオスが声をかけた。
「もしかして戦国宝探しで来たお客さんかの」
「まあ、そうですけど」
「どの銘柄にするかい」
「宝のありかのヒントがついているやつください」
「それは自分たちで推理せんとのう」
おばあちゃんは身を引いてこちらを見た。
「じゃあちょっと待って下さいね」
アディオスはおばあちゃんに頭を下げると三人で輪になり作戦会議を開いた。
「ヒントが隠されたタバコって何だと思う?」アディオスが前川と不二美に目をやった。
「吸ったことないからわからないわ」不二美は首を振る。
「マールボロとかラッキーストライクとか」前川が知っている銘柄を挙げた。
「海外の銘柄か。うぅん、俺は日本の銘柄だと思うがな」
「どうしてですか?」
「町興しのイベントであれば町民みんなの意見を取り入れねばならない。JT工場が近くにあることを考えれば、この辺りにはJTに勤める人もいるはずだ。日本の銘柄に違いない。指令書に銘柄のヒントとか書いてないか?」
アディオスが不二美に目を向ける。不二美は指令書を広げると「あったわ」と右上の隅をさし「銘柄ヒント、白」と読み上げた。同時にアディオスはずるける。棚に並んだほとんどのパッケージに白が含まれているからだ。
「ほかに銘柄ヒントは?」
「ないわ」
「仕方ない。おばあちゃん、白がついてる日本製のタバコを一箱ずつ全部ちょうだい」
「ほいほい」
おばあちゃんはほくほく顔でレジの台にタバコを並べた。十個程度がならぶ。
「5800円」
「うっ」
五千円札を握っていたアディオスは財布をのぞき込み、一万円札に持ち替え支払った。張り紙に釣りが多すぎるからと書いてあるからには小銭は使いたくない。
「合い言葉は?」
「はっ? 合い言葉なんて開会式で誰からも聞いてませんよ」
アディオスが首を横に振って見せる。
「指令書に合い言葉のヒントがのっとるじゃろ」
おばあさんが口をとがらせた。アディオスは不二美に合い言葉についてたずねる。不二美が見つけアディオスの袖を引っ張った。  
「あったわ! 指令書にヒントが隠されたタバコを買う時は、店主に80デジベル以上の声で合い言葉を伝えることとあるわ」
「80って結構大きな声ですよ」前川が目をしばたたく。
「おばあさんの耳が遠いからだろう」アディオスは推測すると合い言葉をたずねた。不二美が目を見開いて隅々を探す。指令書の左下で視点が定まった。
「見つけたわ。隅っこに村田商店での合い言葉ヒントって書いてある」
そう言って不二美が指令書の左下をアディオスと前川に見せた。とても小さな文字だ。アディオスは前川に読むよう肘で小突いた。
「えぇと、次の道具は新体操で使う道具です。この中に必要ないものがまぎれています。その名前を入れて「○○○いらない」と叫べ」前川は声に出して読むと「新体操かぁ。よくわからないなぁ」と首をかしげて見せた。
「とりあえず先を読んでみろ」アディオスが再度肘で小突く。前川は続きを読みあげた。「ロープ、フープ、ボール、こん棒、吊り輪、帯状布」
しばしの沈黙のあとアディオスが言葉を発した。
「なんだフープって」
「フラフープっていうでしょ。輪のことよ。わたし使ってるの見たことあるわ」
不二美が指で円を描いて見せた。
「こん棒って武器っぽくてぶっそうだな。そんなもの体操で使うか?」
アディオスが眉間に皺をよせた。
「こん棒はクラブとも言って確か新体操で使うわよ。二本の棒つかって演技してるの見たことあるわ。ほら、クラブを回して上へ放り投げるとこ見たことない?」
「あります、あります」前川が大きくうなずいた。
「ということはクラブもありか。じゃあ帯状布ってなんだ?」アディオスが不二美にたずねる。
「たしかリボンのことよ。これは引っかけね。リボンて書けばすぐ新体操の道具ってわかるもの」
「新体操のリボンってポビュラーですよね。芸人とかが使ってるのも見たことあります」
前川が追従した。
「じゃあ、ロープって使うか?」アディオスにとってはすべてがとんちんかんだ。
「わたし新体操部の友人がいたの。その子、気に入らないコーチを道具のロープで縛り上げたことがあるって言ってたわ」
「それは競技として使うロープなのか?」アディオスは眉をひそめる。
「きっとそうよ。だって演技練習が終わった直後にもってたロープで首を絞めに走ったって言ってたもの」
「怖いなその人。コーチは無事だったのかな」アディオスはホラー映画の一場面を想像した。
「大丈夫だったそうよ。コーチもいざというときのために枝切りばさみを携えてて、首に巻き付けられたところを間一髪で切って逃れたらしいわ」
「修羅場な練習光景だね……。とにかく、ロープもありか、ということは残るは」
「吊り輪」
「これは新体操じゃなくて、普通の体操で使う道具ね」
不二美は自信ありげにうなずいた。
「これは以外と早く答えが出ましたね。では合い言葉をみんなで言いましょう。大声でいきますよ」
前川が提案し、アディオスと不二美はうなずいた。前川が音頭を取る。
「せぇの」
「ツリワイラナイ!」三人の声が店に響いた。
「お釣りはいらないんだね」
予定調和であるかのごとくおばあさんは飄々と一万円札を自らの腰ポケットにしまいこんだ。
「いえちがうちがう。そっちのツリワイラナイじゃないですぅ」
おばあさんは腰ポケットから一万円札と入れ替わりに小型の録音機を撮りだし再生ボタンを押した。
「ツリワイラナイ!」
大音量が店内に流れる。
「録音されてた……」
「4000円以上とられるのって痛くないですか?」前川が頬を引きつらせる。
「武士に二言はない。優勝して100万円とれればなんてことないさ」アディオスは目をしばたたきながらも強がった。「宝探しの参加料と思えば安いものだ」自らに小声で言い聞かせる。
 アディオスはおばあさんが渡すタバコを受け取った。
「さあ、この中のどれだろうな」
アディオスは置かれたタバコをひっくり返していく。
「ちょっと待って。指令書に書かれた銘柄ヒントの下に北斗七星がえがかれてるわ。これって何か意味あるのかな?」
「それ早く言って!」
アディオスは立ちくらんだかのようによろめいた。
「七つの星でセブンスターだね。100パーセント。白というヒントむしろいらないくらい」
アディオスが買い損となった10のパッケージを恨めしそうに眺めながら、セブンスターを裏返した。果たしてヒントらしき紙が貼ってある。
「千円で済みましたね」
前川がアディオスに正対し、神仏にするように両手を合わせて拝んだ。
「もう過ぎたことだ。よし、一万円相当のヒントだぞ」アディオスの目から涙がちょちょ切れた。アディオスは破れないように紙をはがし、取り出した紙を広げて見る。
「『横五文字宛』とあるぞ」
前川と不二美もメモをのぞき見てくる。
「これだけじゃ何のことかわかりませんね」
前川が天を仰ぐ。
「二つ目のヒントが必要ということか。どこにあるんだヒントは」
アディオスは腕組みしてぼやいた。
「ちょっと待って。次のヒントの場所が記されてるわよ」
不二美は左隅に小さく描かれた地図を指して見せた。地図の上には第二ヒントの場所と書かれている。
「町の北部にある小高い山だな。大菊山って書いてあるぞ」
アディオスが地図の上部を指した。
「距離はどれくらいあります?」前川がたずねた。
「直線距離は3キロほどね」不二美が縮尺をもとに計算した。
「じゃあたいしたことないな。タクシーだと千円ちょっとだろ」アディオスはほっとした表情でつぶやいた。
「でもうねうね曲がりくねった道を通るので、道のりは15キロはありますね」
前川はうねうねと曲がる道をなぞって見せた。
「うがはっ、ということはタクシー料金五千円はかかるな……」
アディオスはチョップを食らったレスラーのごとく頭をくらくらさせて片膝をついた。
「ねえ、おばあちゃん呼ぶってのは? またジープで運んでもらう?」
「いや、おばあちゃんは直線距離に近い道なき道を行こうとするだろう。なんといってもザ・オフローダーだからな」
「そうね。また後ろからジープを押すのは目に見えてるわね。やめましょう」
不二美は腕組みをしてうなずいた。
「店の向かいにタクシーが3台停まってますよ」
前川が袖を引っ張ってくる。見ると地元のタクシーらしき車が3台並んで乗車待ちをしていた。明らかにこのイベントのために停車しているタクシーだ。
「これに乗れということだろう。ヒントも得られるのかも知れない。乗るぞ。タクシー代は俺が出す。そのかわり、百万円が手に入ったら経費として差し引くからな」
しみったれたことを告げるとアディオスはそそくさとタクシーへと駆けていく。前川と不二美も後を追うように続いた。タクシーへたどり着くと、アディオスは運転席の窓ガラスを二度たたいた。運転手の目が向くと同時に窓が下りた。
「大菊山の頂上まで乗せてもらっていいですか?」
アディオスがたずねた。
「ああ、いいよ。乗りな」
後部ドアが開く。
「よし、乗るぞ」
アディオスの声に、前川と不二美は後部座席へ乗りこんだ。アディオスは回り込んで助手席に乗りこむ。
乗りこんだ三人がシートベルトをはめ終えるよりも早くタクシーは加速を始めた。木々に囲まれた暗い林道へと入っていく。道幅が狭く離合が難しそうだ。時々車輪が折れた枝に乗り上げ上下に揺れる。四人乗車のタクシーは唸り音をあげながら坂道を上っていく。アディオスの目の前にある料金メーターの数値が一定距離を走るごとに上がっていく。
「なんか料金メーターの上がり方が早くありません?」
前川が後ろの座席から料金メーターを指してきた。指摘を聞いたアディオスが料金メーターを凝視した。スピードが遅い割に料金があがるペースが確かに早い。しかも料金の上がり方が小刻みだ。
「そうだな。運転手さん、普通2、300メートルごとに料金上がるんじゃないですか?」
アディオスがドライバーにたずねた。
「都会じゃ時間距離併用制運賃っつうのがあるじゃろ」
「ああ、聞いたことあります。渋滞とかあるから距離が進まなくても一分半くらいでメーターが上がるシステムですよね」
前川が答えた。
「そう。このあたり田舎じゃ渋滞はないから代わりに標高距離併用制運賃を採用しとるのじゃ」
「何ですかそれ?」
「このあたりは山が多い。じゃから標高1メートル上がっても10円ほど上がるのじゃ。だってそうじゃろ、上り坂ではエンジンに負担がかかる。燃料も喰うからな」
ドライバーが言ってるそばからタクシーは急勾配にさしかかった。
「ちょっ、ちょっと秒ごとに上がり出しましたよ」
急な坂になったとたんメーターの料金がせわしく変動しだした。時折80円上がるのは正規の距離運賃の適用によるものだろう。
「運転手さん、でも、上り坂でガソリン使ったとしても下り坂はほとんど使わなくて済むから結局燃料消費量はあまり変わらないのでは?」
「高所作業などには危険手当が出るじゃろ。下り坂も平坦な道に比べて危険だ。だから危険手当として特別料金が加算されるのじゃ」
「街中は人をはねたり事故に遭ったりする危険が高いけど危険手当なんてつきませんよ」
アディオスが正論を返す。
「つべこべ言っとると、ヒントもらえんぞ」
ドライバーは脅すような低い声で告げた。
「あっ、いえいえ、標高距離併用制運賃バンザーイ。危険手当万万歳。大賛成です」
アディオスは前川を促し二人で万歳をして恭順を示した。そうしている間にも運賃メーターはみるみる上昇していく。
「先輩、秒単位で金額が上がってますけど」
前川はきょどりながらアディオスにささやく。 
「だ、大丈夫。万札あるから。百万円が手に入ると思えば十円単位の上がり幅はなんともない」
そう告げるアディオスの目も、見たことない上がり方をする料金メーターに釘付けだ。
 やがてタクシーは山の頂上近くに到着し、林をくりぬいたような駐車場にタクシーは入った。瞬間、メーターが不自然な上がり方を示す。4720円から5480円に変わったのだ。
「えっ、いまメーター上がり過ぎましたよ。というか、バックして4720円のところでとめてください」
アディオスは懇願した。
「だめです」
「一気に700円上がるのはなしでしょ」
「停車料金が発生しますから」
「駐車料金は聞いたことありますけど停車料金?」
「菊井町タクシー連盟ルール」
「菊井町にはそんなにタクシー会社あるんですか」
「うちだけです」
「それ連盟って言いませんよね。独占状態じゃないですか」
「とにかく5470円です」
これでは五千円札でも足りない。
「さっきの店で五千円札を使ったからな。あとは千円札が二枚と一万円札しかない。不二美、前川、いくら持ってる?」
「あたしはカードだけ」
「限界集落にカードだけって危険だぞ。前川は」
「300円です。コンビニないからおろせなくて」
「まさかのコインか。ということは一万円札で払うしかない……」
六千円近い費用を一万円札で払う。先ほどの『五千円で釣りはいらないと言っちゃった事件』の記憶が頭をもたげる。
「また合い言葉で変なこと言わされて釣りを奪われないよな……」
アディオスは警戒の目を密かにドライバーに向けた。前川が生唾を飲む音が聞こえた。否定はできないらしい。
「じゃあ、一万円からじゃね」
ドライバーは財布から奪い取るように一万円札を抜き取った。 
「うおおいおい」
アディオスが逃げた鯉を追うように逃げる札束を手で追う。奪還の右手はドライバーの左手によって制された。
「では、合い言葉をどうぞ。ヒントはフィッシングアンドクロックを日本語で? じゃ」
「え? そんなに簡単なの?」
アディオスがきょとんとした。背後から不二美のささやき声が聞こえてくる。
「これは罠よ。フィッシングアンドクロックを直訳すると『釣り』と『時計』でしょ」
「それが何だよ。別に何も詐欺的な感じはしないけど」
「釣りと時計を一語一語区切って言ってみて」
「つ、り、と、と、け、い?」
鈍感なアディオスは気づかない。
「わからない? 聞こえ方によっては『釣りとっとけい』になるでしょ。一万円で払ったら釣りを召し上げられるわ」
「なるほど。ではどう答えればいい?」
「アンドを『そして』と直訳するのよ」
不二美の助言にアディオスは声をあげて答えた。
「つり、そして、とけい」
ドライバーの頬が引きつった。その手には小型録音機が握られていた。
「べ、別の言い方では?」
「つり、および、とけい」
「アンドは『と』と訳すんじゃ」
完全な誘導だ。
「漁(りょう)と、時計」
アディオスは想定に沿わぬよう婉曲に答えた。
「それでは合い言葉にはならぬな。フィッシングは釣りと訳するのじゃ」
アディオスの顔が引きつった。
「イントネーションを工夫するのよ」
不二美のアドバイス。
「つぅりとおおおお、とっけぇぇい」
アディオスは演歌歌手のようにビブラートを入れ込んで発声した。
「まあよかろう」
ドライバーは観念したかのようにうなずき、小型録音機に録音した音声を消去してポケットにしまった。これ以上いたずらに時間を使うと次の客、いや鴨を逃すと判断したのだろう。
「釣りはもらえるんですね!」
ドライバーがうなずく。アディオスは後部座席の不二美と前川をハイタッチをかわした。
「よし、じゃあチップ三千円でヒントをやるぞい」
ドライバーがしわがれ声とともに左手を差し伸べてきた。
「どっちにしろ費用は必要だったようね」
不二美がつぶやく。
「あ……じゃあ釣りの三千円使います」
アディオスは自らの一万円を指して伝えた。 
「ヒントはじゃな。そこの階段を上がった寺の釣り鐘にある」
「鐘にヒントが書かれているんですか? 釣り鐘に書かれた言葉といえば、大阪冬の陣の原因にもなった方広寺鐘銘事件が有名ですよね」
「国家安康、君臣豊楽とか書かれた言葉がどうのこうのとかいうあれか。鐘には意味ある言葉が書かれているというのはよく聞くことだな。で、釣り鐘に今回の宝探しに重要なヒントとなる言葉が刻まれているというわけですね?」
「いや、鐘本体に刻まれているのではなく鉛筆で書かれたメモが貼ってあるらしいぞい」
「鉛筆でメモ……経済的手法ですな」
「そこに宝の隠し場所が書かれているのですね?」
不二美が念を押した。
「そうとは限らん。ただ、わしはここまでしか言えん。おそらく言葉の使い道は寺の住職がヒントをあたえてくれることじゃろう」
「なるほど。まあ、帰りにまた乗りますから。百万円をゲットするには謎の解明とともに時間も大事、待っといていただけますよね」
「無理」
「は?」
「次の鴨、いや客が下で待っておるからな」
「ええっ、じゃあ下りは徒歩?」
「階段がある。直線ルートだから意外に早い」
「町おこしのために日本一という3333段の石段に対抗した階段を造っている最中なんじゃ」
「えっ、この山にですか?」
「そう。ただし、段数があと500段ほど足りなくてな」
「残念。日本一か日本で二番目かの違いは大きいですからね……」
「そこでじゃ、方針を変えて石段からスチール段に変えたのじゃよ」
「スチールって鉄の階段ってことですか?」
「そう。この町は資金捻出のため産業廃棄物処理場を誘致しておる。そこで出される鉄くずを階段に利用したのじゃ」
「なるほど。鉄の階段とすれば段数で劣っても日本一と名乗れるわけですね」
「そうじゃ。そのスチール段が途中までできあがっとるのじゃ。できあがってないところも土の段としてあるからふもとまで問題なく降りられる。降りてしまえばレンタサイクル置いてある。それを使って宝の隠し場所へ直行できるじゃろう」
「どうせなら頂上にレンタサイクルが置いてあると楽だったけどですね」
前川がつっこんだ。
「ありがとうございました」
「幸運を祈る」
運転手は扉を閉め去って行った。
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