第3話 謎解きは御利益次第?

文字数 4,688文字

「階段を駆け上るぞ」
アディオスが階段を見上げた。頂上付近のスチール段は完成しているようだ。太陽の光を受け、ところどころ輝きが見える。
「すごい。カラフルな鉄板が踏み板に使用されてるぞ」
「これらはたぶん、廃車になった自動車の鉄板でしょうね。塗料まできれいに残っています」
前川は唸った。薄い鉄板を踏むときの音を楽しみながら駆け上がっていく。
「ところどころ錆びてるところがあるね」
不二美が指摘する。見ると、凹凸ができた部分は赤褐色になっている。
「鉄だと錆びるからねぇ。階段ができても錆びだらけになっちゃ景観が維持できないよね。アルミとかステンレスとか使えばよかったのに」
「アルミだと強度が落ちるから厚みを三倍くらいにしないといけないし、ステンレスは高価ですからね。鉄は廃品として手に入りやすいしスチールの階段という名の響きも悪くないからじゃないですか」
「踏面だけ鉄っていうのがスチール階段って言っていいのかも謎よね」
不二美は微妙な顔でつぶやいた。
 五十段ほどあがったところで階段の様相が変わってきた。
「あら、ちょっと鉄のようすがかわってきたわよ」
40段をこえたところで不二美の息づかいが荒くなってきている。
「なんか露骨に鉄くずが敷き詰められてるって感じですね……」
六十段を超えると平らな段が極端に減った。寄せ集めの鉄くずを階段にそのまま埋めているという感じだ。
「空き缶とかプルタブとかそのまま埋めてある感じね」
安っぽいコンクリートで塗り固められた空き缶にはスチールマークが見えている。アルミ缶ではないというアピールか。
「あっ、これとか道路標識ですよ」
前川が指した場所には黄色い地に跳ねる黒い鹿の絵、つまり『動物が飛び出すおそれあり』の標識が埋められていた。
「こっちは落石注意、このびっくりマークは『その他の危険』っちゅうやつだな」
アディオスは表示が残されたまま埋められた標識を次々に指した。道路標識に地域性が表れている。 
「こっちはフライパンと鉄鍋がひっくり返して埋められてるわ。ひしゃげたおたまもある」
不二美が素っ頓狂な声をあげた。
「もはや鉄であれば何でもいいという感じだな」
アディオスは不要な凹凸に足をとられないよう踏面をしっかり見ながら歩いた。
「あっ、なんかめっちゃ輝いている階段が見えてきましたよ!」
前川が上方をさした。光が差しこむ頂上には十段ほど銀色に輝く階段が見える。
「うおおっ、最後だけ立派だ」
最後の十段は踏み板はもちろん、蹴込み板、手すりまでが銀色に輝く新品の鉄が使われていた。劣化はみじんも感じられぬところから察するに防さび加工も万全なものに違いない。
「終わりよければなんとやらですかね」
前川がつぶやく。頂上に目をやると大きな門があった。インスタなどでの撮影スポットには絶好の場所だ。撮影の際は階段も一緒に映り込むことは考えられる。
「インスタ映えを狙っているのよ」不二美が息を切らしながら門をバックに自撮りをしている。
「あざといな……」
アディオスは独りごちた。
門をくぐると境内が広がっていた。目の前に仏殿、そのとなりには経蔵、さらにその右に本堂がでんと構えている。鐘楼は入ってすぐの左側にあった。
「鐘がありますよ。さっそく調べましょうか」
「よし、まずは鐘につけられたヒントのメモをゲットだ。その上で住職にヒントをたずねよう」
アディオスは指示を出した。前川から鐘の裏側に貼ってあるメモを剥がし持ってきた。
『のぷ商に宝ひに店うはんほのめ学とるする校あ場こ玉跡り所っ田地』と書いてある。
「文のあとに絵が描いてありますね」
前川の指摘を受けアディオスは文の下へ目を向けた。中世の兵士が使うような防具と花嫁衣装を着た女性が描かれている。
「なんだこれ」
「よく見て、花嫁衣装の女性がブーケみたいなの放り投げてるわよ」
「ブーケというより一本だけの花ですね」
前川が冷静に分析する。
「これだけではよくわからん。よし、本堂へ行くぞ」
本堂へ駆けていくと、そこに住職らしき人物が庭を竹箒ではわいていた。
「こんにちわ」アディオスは先頭切って住職へ駆け寄ると「ここに戦国宝探しのヒントを手に入れたのですが使い方を教えていただけますか」と丁寧に話し頭を下げた。
 住職はこくりとうなずくと、黙って本堂の方に目をやる。視線の延長をたどると賽銭箱があった。その横には簡易机がありなにやら箱が置いてある。
「まずはお参りよ」
不二美が機転を利かせてささやいた。
「あ、先にお参りをしてきます」
アディオスは前川と不二美とともに本堂へと走った。賽銭箱の前で立ち止まる。
「見て、賽銭箱の投入口からお札がはみ出てるわ。五枚もあるわね。まるでお札を入れないと御利益にはあずかれないとでも言ってるようね」
「寄付する人の心理を突いているよな……。たとえば初詣に行ってお賽銭を払おうとしたとき、もしお賽銭が全部百円だったらどうする?」
「そりゃ百円を投げ入れるでしょ」
「そう。金額が劣れば御利益も薄まるんじゃないかと思う。そういう参拝者心理を突いているようにも思える」
そう言いつつ、アディオスは素直に千円札を投入した。長めにお参りをする。
「ちょっと、隣の机を見て。階段造設の寄付金をお願いしますってあるわよ」
簡易机に置かれた箱は募金箱のようだった。プラスチック製の透明のものだ。
「半透明で中身丸見えですね」
「かなりのお金が投入されてるわね。というか、全部お札だわ……」
これみよがしに箱の中には千円札や一万円札まで投入されていた。コインは一つもない。折りたたまずに入れてあるところを見ると、数を多く見せているようにも思える。
「このボックスの中身、全部お札なんだけど、どうします?」
「寄付する人の心理を突いているよな……これも計略くさいな。暗にお札しか受け付けませんよと言ってるようなものだな」
アディオスはちらと住職を振り返ってみる。住職は竹箒を動かしているが目線は完全に募金箱を向いている。投入金額をチェックしているに違いない。少額を投入したらヒントのレベルが落ちるに違いない。あるいはもらえないことも考えられる。
「あっ、一万円札が落ちた」
アディオスはわざと一万円札を落とすと、住職に見えるようにひろいあげ、こっそり千円札とすりかえて募金箱へ投入した。
「これでよしと」
アディオスが笑みを浮かべ振り返ると住職が目の前に来ていた。
「うわっ」
アディオスが思わずたじろぐ。
「あっ、投入するのこっちだった」
アディオスは震える手で一万円札も入れるはめになった。これみよがしに募金箱へなけなしの一万冊を投入すると、アディオスは頭を低くしてお願いをした。
「住職様、宝探しのヒントを与えてくださいませ」
アディオスの頼みに住職はようやく「うむ」とうなずいた。
「『あてわづつ』じゃ」
住職は穏やかに言うと、軽く会釈して立ち去った。
「は?」
「へ?」
アディオスと前川はきょとんとして住職の後ろ姿を見守った。
「どういうことだ、あてわずつって」
アディオスが前川と不二美に知恵を求める視線を送る。二人とも首をかしげた。
「アテワ筒っていう筒の中に宝が隠されてるということじゃないでしょうか」
不二美はアテワ筒を検索した。
「アテワ筒とか載ってないわ。少なくとも地域の名産とかじゃないみたい。ってことは、アテワ筒ってあったとしてもどんなものかわからないってことよね」
「有名なものでここにあるってことが分からなければ無意味なヒントになるな。宝が入れてある容器なんて探すのに何の役にも立たない。肝心なのはどこにあるかなんだから。場所さえ確定すれば宝が袋に入れてあってもダンボール箱に入れてあっても見つかるものは見つかるんだから」
アディオスは腕組みをして唸った。
「ちょっと待って。最初のことばのアテってなんか聞き覚えあるのよね」
「あっ、タバコに入っていたヒントじゃないですか?」前川はヒントの紙を取り出した。「ほら、横五文字宛と書かれたヒント。最後の漢字は『あて』って読んだじゃないですか」
「ということは、『宛わづつ』ってことか」
「わかった! 宛って漢字はづつって読めってことじゃない?」
不二美はスマホで漢字の検索をした。
「ほら、宛って『ずつ」っても読むみたいよ」
「ということは『横五文字ずつ』というヒントだったわけか」
「これはきっと鐘に張られた言葉を横五文字ずつ並べろってことですね」
前川が言った。さっそくメモ紙を取り出し横に五文字ずつ並べて書いていく。
「で、このあとどうする?」
アディオスが意見を求めた。
「最後の絵が気になるわ。この兵士がもつ防具って盾のことでしょ」
「花嫁衣装を着ている女性は花を投げている」
「つまり花嫁から花を捨てろってことじゃないか?」
アディオスが目を見開いた。
「ということは嫁。盾と嫁?」
「縦に読めってことじゃないですか」
「なるほど、縦に読んでみよう」
「宝は学校跡地にうめる玉田商店のすこっぷにほる場所のひんとあり」
「学校跡地のどこかに宝は埋められてるのよ。玉田商店で売ってあるスコップにヒントが記されてるのよ、きっと」
不二美が声をあげる。
「よし、不二美、玉田商店をネット検索だ」
「わかった。──あったわ! えっと……ふもとにおりて10㎞先。地元のホームセンターみたいね」
「遠い!」アディオスはずるけた。
「で、学校跡地はどこのことかわかりますか?」前川が続いてたずねる。
「えぇとね。過疎化でいくつかの学校が統合されてるわね。その中でまだ学校が残っているのは……迎田小学校というところみたいね。近くにチェーン店のホームセンターがあるわ」
「で、玉田商店からの距離は?」アディオスが警察に罰則金を訊くかのごとくおどおどとたずねるようにおどおどとたずねた。
「10㎞」
アディオスは「遠っ」と発せられる声とともに腰砕けとなった。またしてもタクシー高額請求確定である。
「学校のそばにホームセンターがあるならスコップはそこで手に入れますけどね」
前川がため息まじりにぼやく。
「だが、そうすればヒントはもらえない」アディオスは首を横に振った。
「ああ、もう。ヒントはホームセンターで与えてくれればいいのに」
不二美が地団駄踏んだ。
「まあ、地元に根付いた商店を大事にするためなんだろうな。地元の商店は大手の全国チェーン店にやりこめられるのが常だから」
アディオスは前川に哀れみの目を向けた。
「先輩、どうします? うかうかしてると遅れて先越されますよ」
前川は腕時計の針を指した。
「わかっとる。見ろ、この山のふもとと玉田商店、それと迎田小を線で結ぶと正三角形に近い。玉田商店でスコップ買って迎田小へ駆けつけていたら時間が遅れる。ここはとりあえず二手に分かれよう。俺と不二美で玉田商店へ行って宝が隠された具体的な場所を訊く。前川は先に迎田小へ行って近くのホームセンターでスコップを買っておけ。俺が連絡を入れたら先に掘り始めるんだ。そうすればうまくすれば俺たちが合流したときに宝はゲットできている」
「ちょっと待って下さい。この発信機の存在を忘れてませんか?」
前川が手首にまきつけられたバンドを見せた。発信機が着いたものだ。
「発信機がある限り別行動はバレます。これを外して渡したとしても、もうとりつけられませんから失格になります」
「しまった。そうだった」
アディオスは唇を噛んだ。 
「みんなで行くしかないわね」
「まずは階段を駆け下りましょう」
アディオスは後方へ向き直り声をあげた。 
「よし、一気に駆け下るぞ」
「おう!」
三人は階段を駆け下りだした。
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