第2話 神輿の隙間②

文字数 2,183文字

 坂田に仕事を依頼してから数日後、「だいたい明らかになった」という連絡を受けたので逢いに行くと、松葉づえ姿で現れた。
「危険な目に遭ったんだな。もうお前は手帳も拳銃も持っていないんだから無理はするな。どうしても危ないところに飛び込む必要があるならいつでも呼んでくれればいい」
 俺が心配してそう云うと坂田は義一からも話は聞いたが乱暴されるようなことは全くなく、足の怪我は娘の運動会で捻挫をしたのだと苦々しい顔をした。
「だが安心してもらいたい。調査は完了している。あとは警察が逮捕しにいくだけだ」
「やはり義一だったというのか? しかし彼には神輿を担いでいたというアリバイがあるぞ」
「証言者は神輿を一緒に担いでいた者たちだな?」
「そうだ。町内会の連中で、複数人から義一が神輿を担いでいたと証言している」
「ずっとか?」
「そりゃそうだろう。担ぎ手が手を離せば神輿は倒れる」
「すべての祭りがそうかは知らないが、A町の祭りは頻繁に交代するらしい。これは体力的なこともあるが、A町ではずっと町内の人間だけで担ぎ手を集めてきたのが、去年から観光客にも開放するようになったんだ。それで一人でも多くの人間に神輿を触らせようと、町内の人間はもちろん担ぎの中心であるのだが、次々に周囲の参加客と入れ替わるんだ」
「だとして……長時間不在にするとさすがに気づかれるだろう」
「その可能性は高まるだろうな。なのでおそらく……5分以内。便所に行って戻ってくるくらいなら誰の記憶にも残らない」
「五分で自宅に行って、美和を殺害して戻ってくるなんて無理だ。人をひとり殺すんだぞ」
 俺が尋ねると坂田はメモ用紙を取り出し、A町の概略図を描いた。そして複雑に町内を回線を描く。
「極めて計画的なんだろう。その時間帯、子どもをあやす為に二階にいることまで分かっていたはずだ」
「そうなのだとしたら……例えば、神輿が一番自宅に近づくタイミングを測ったということか」
 俺の言葉に坂田は頷くことはなく、表情を変えずに続ける。
「義一の家の前を通るのは中盤。往復五分かかる距離だとおおよそこのあたりまでだな」
「待ってくれ。義一の家の前は大通りだ。今、お前が地図に印をつけたあたりはだいたい撮影に適したスポットになっていて、警察は祭りの写真をいくつか確認したが、義一がしっかりと神輿をかついでいる姿が写っていた」
「殺害したのは時間的にそれより前だと俺は考えている。おそらく神輿のルートで云えば開始直後だろう」
「しかし自宅から離れたところでは、5分で往復できなくなる」
「そこなんだが、神輿が町内を練り歩く際、出来るだけ多くの家の前を通れるようコース設定をしているようで、この図で云うと神輿は神社から出てまっすぐ、義一宅の裏手近くにまでやってくる」
坂田の仮説に則れば、確かに義一が妻美和を殺害することは可能に思えた。しかしながら実際に神輿を担いでいた人間がするりと抜け出し妻を殺害なんてできるものだろうか、しかも平然と神輿に戻り、威勢よく担ぐことができるのだろうか。
俺の迷いを悟ったのか、坂田は証拠になるだろうとスマホの動画を見せた。それは観光客が撮ったらしいもので、動画共有サイトに載っていたとのことだったがブレがひどく鮮明でないものの、件の祭りが神社を出たところから録画されており、どうやら撮影者の友人が飛び込みで神輿を担ぐことになったらしく、慣れない様子で雑踏をかき分け神輿に近づき、熟練者に手ほどきを受けつつ棒を肩に乗せる様子だった。
「鑑識に解析してもらうのもいいが、途中で義一らしい男が静かに神輿から離れていく姿が端っこに映っている。義一は押し寄せる観光客を利用して密かに消えようとしたのだろうが、仇になったようだ、さ、後は警察の仕事だ。煮るなり焼くなり任せるよ」
「待ってくれ。儀一のアリバイが弱まったとのは認めよう。だが、果たして幼い子の親を殺害するだろうか。お前にはひとり親の苦労が一番身に染みているはずだ。俺には、義一が好き好んでシングルファーザーになろうとするとは思えない。そうであるから元々疑う積もりもなかった」
俺の反論に坂田は静かに首を振った。分かっていないな、そう云う声が聞こえてきそうだった。
「調べてみると良いが、夫婦仲はうまくいってなかった筈だ。事件の話を最初に聞いて時点で違和感があったのは、殺された美和が祭りの最中に家にいたというところだ。夫が、子どもの父親が神輿を担ぐのなら間近で見たい、見せたいと思うのが普通じゃないか? しかも二階からなんて、神輿を上から見下ろすのを良しとしない地域もあるそうだが、神輿を担ぐ夫の頭を見るのは少々面白味に欠けはしないか。町内の人間なのだから、家の前に陣取ることもできたろうし、幼い子どもがいることを考えても、近所の人間の助けがあれば、神輿に一番近いところから見れた筈だ」
坂田はいくらか哀しそうな表情でそう云い、妻を殺害したあと幼い子を抱っこ紐に放置できるところから、間違いなく義一は子どものことを大切に思っていないだろうと付け加えた。
俺はその後数日かけ裏取りをした。坂田の調査と推察はほぼ正しく、子どもを実家に追いやり、愛人のところで生活を始めていた義一を逮捕することとなった。
儀一の浮気を発端として離婚の話が出、慰謝料を請求されるなど揉めていたということだった。
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