第6話 専務室の通気口から②

文字数 1,243文字

「副社長の片桐じゃないか。天井裏からダクトを通って柴崎の部屋まで行ったのだとすれば上着が邪魔になる。彼が上着を脱いでいたのはつまり、柴崎の部屋まで行ったからだ」
 俺が映像を見ながら自信満々に云うと、坂田は「暑かったからだろう」と云った。犯人がダクトを通るため役員フロアの空調の電源を切り、それで部屋の温度があがったのではないかというのが坂田の推察だった。
「では部長の野上だ。しかも片桐と共犯」
「部屋に入っていったからだな」
「そのとおりだ」
「これも推測だが、おそらく野上は先に出て行った片桐に忘れ物を届けようとしていたのではないか。片桐がネクタイを締め直していたのは、外出のため。そして直後に部下である野上がスマホ片手に片桐の部屋にノックもせずに入るのだとすれば、最も自然なのは用事を云いつけられたからだと考えられないだろうか。もちろん、本人たちに聞いてみればいいことだが」
「その二人は白だというのか? となれば残るは秘書の真鍋だが……。天井裏に上がってダクトを這いずるようなタイプにはとても見えないな」
「取調室に呼ぶ価値くらいはあるだろう。ストッキングを気にしていたのはダクトを這った際に破れたからかもしれない。あとは……毒を盛るためにポトスのつるを使ったのだろうと思う」
「つる?」
「通気口からコップに毒を落とすのは、想像以上に難しい仕事だ。おそらく迅速かつ確実に毒をコップへ入れるために、ポトスのつるを先にコップの上に垂らし、そこに毒を伝わせたのだろう」
「しかしあまりに目立ちはしないか。柴崎が運悪く部屋に戻ってきたらアウトだ」
「真鍋は秘書なのだからスケジュールは細かく把握できているだろう。他の秘書に聞いたが、秘書というのは直前の会議が早めに終わりそうな類か、時間ギリギリまで開催される類かまで考慮してスケジュールを立てるとのことだ。となれば真鍋は柴崎が戻ってくる時間をかなり正確に予測できる」
 坂田は最後にすべて推測に過ぎないことを付け足し、あとは警察がその権限を持って裏取りをすべきだろうと云った。俺は正直秘書の真鍋のきっちりとした印象から、まさか殺人に手を染める人間であるとは想像していなかったが、坂田の説には無視できないところがあり、後日彼の説に従って追加の捜査を行った。
 すると云った通り、会議室に飾ってあったポトフのつるの一部が取り除かれたあとが発見され、ダクトからはストッキングのものと思われる繊維片も見つかった。警察はそれらの証拠を元に真鍋を聴取し、彼女が妻子持ちの片桐と密かな不倫関係にあったこと、片桐が先の見えない関係に不安を持つ真鍋に対して妻との離婚を仄めかしつつ、社長レースに悪影響が出るため今は動けないがもし社長になれれば大手を振って離婚し再婚できるだろうという考えを日々云っていたことが明らかになった。
「真相を暴く必要なんてなかった。警察組織を出た身分だと、素直にそう思うよ」
 俺が真鍋の逮捕で事件が終結したことを坂田に伝えたとき、彼はそのように呟いた。
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