第4話  ペットショップの散歩②

文字数 1,770文字

 一週間ほどして坂田に呼び出された場所はペットショップだった。俺より先に到着していた坂田は百合ちゃんを連れていて、彼女がケースに顔をつけて子犬を眺めるのを見守っていた。
「百合ちゃん、お父さんに買ってもらいなよ」
 俺が云うと坂田は眉をひそめ、首を振った。
「命あるものの扱いをそう簡単に云うもんじゃない。かわいいだけじゃないんだ」
 坂田はペットショップを眺め、ケースから子犬を出して大事そうに毛並みを確認する男性店員に視線をやった。俺はその男が店長であると知っていた。加えて坂田の目つきから彼を犯人だと特定したのだと分かった。
「証拠はあるのか?」
 俺が小声で尋ねると坂田は頷き、店の外へと場所を移した。店の外には看板犬のレトリーバーが座っている。
「さっき百合が見ていたのが例のチワワだ」
「柏木由美が散歩に連れて行った犬だな」
「そこのゴールデンレトリバーとあのチワワだ。おかしいと思わないか?」
 坂田の問いに俺は即答できなかった。散歩に連れて行く犬の善し悪しなんて知るものかと思っていると、坂田がレトリバーのリードを手にして俺に渡した。突然、強い力で引っ張られる。レトリバーが嬉しそうに歩き出そうとしていた。
「あのチワワはまだ幼いし、成犬になったとしても大型犬と同じようには歩けないんじゃないだろうか。案の定、柏木由美がチワワを胸に抱いてレトリバーに引っ張られ、おぼつかない足元で転げそうになりながら川の方へと向かう姿を目撃した住民がいる」
 俺は両手でリードを握り、踏ん張っていた。
「女の力だとこれは大変だろうが、事件とどう関係がある?」
「素人のやることだと思わないか? ペットショップのオーナーともあろうものが、犬の散歩に行くのにふらつくなんてありえないだろう。だいたい無茶もいいところで、チワワにしてもまだ小さいのだから抱いているのを落とせば危険でもあろう」
「それはそうかもしれんが……やはり事件との関係性が俺には分からん」
 俺はどうにかリードを元の場所に結び、手の痺れを感じながら店内を見やる。こちらを見ていた店長が視線を反らしたのが分かった。
「犬たちのことをちゃんと考えている人間なら、柏木のようなことはしないということだ」
 坂田はそう云って、ペットショップのアルバイトから聞いた話として、子犬は危険でもあるので路上を散歩させるようなことはなく、店の裏に設けたスペースを自由に歩き回らせるようにしていること、看板犬のレトリバーはスタッフが毎日朝と夕方散歩に連れて行くが、力が強いので男性が担当することが多いということ、そしてオーナーである柏木が子犬にせよ看板犬にせよ、運動や散歩させることに携わる姿を見たことが、その事件の日以外、なかったことを話した。
「警察もつかんでいるかもしれないが、総じてスタッフから柏木への印象はよくない。コスト意識が前面にでる経営者であり、それでいて見栄があるのか、著名人や彼女の知り合いが店に来ると云うとこれ見よがしに制服のエプロン姿で店に立ち、犬たちを危なっかしい手つきで抱き上げるとのことだ」
「ということは……店長と柏木の間に何かトラブルがあったということか」
「アルバイトの一人が教えてくれたよ。店長が柏木の犬たちへの扱いに苦言を呈したが柏木はまったく気にも留めず、嫌ならやめればいいと云い捨てたようだ」
「動機はそのあたりか、しかし少々弱い印象だ」
「死因は、揉み合いの末、川の方へ落ち、岸壁に頭を打ったということだったな。殺す気はなかったんだろうが……おそらく犬を連れて店から出て行った柏木を店長は追いかけ、犬を連れ戻そうとしたんだろう。しかし柏木はそれを嫌がった。一つ、調べてもらいたい。当日柏木と待ち合わせをしていた白川だが、彼がチワワとレトリバーをリクエストしたんじゃないだろうか。柏木は付き合っている男の要望を叶えたかった。これはまだ推察でしかないが……」
 坂田は百合ちゃんを抱き上げ、大事に育てている命が危険に晒されるのを見ているのは辛かっただろうと呟いて、帰っていった。
 俺はすぐに署に戻り、取り調べ中だった白川に坂田の推察をぶつけてみた。随分絞られていた疲れ切っていた白川だったが、俺の言葉に笑みを浮かべ、大きい犬の上に小さい犬を乗せて歩かせてみたかったんだと子どものように答えたのだった。
 
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