第14話 無敗の騎士アーテルメラン

文字数 1,193文字

…………。
眠れないっすか?
……ピピルか。どうした、君も眠れないのか?
あのでかいイビキを今すぐ止めてほしいっす。
ンゴゴゴゴゴ……スピュゥー
ズルルルアアアア…………
半端じゃないっすよ、隣で寝てたら床揺れるんすよ。
部屋は分けた方がよさそうだな。
ならば明日は離れの掃除をしよう。
そっすね。それか、かみさまだけ外で寝てもらうかっすね。
君は彼女のことを神と慕う割に、敬意の欠片もないな。
肩書きだけ敬うのは人間の悪い癖っすねえ。
肩書きだけか……。耳に痛い言葉だ。
故郷に戻るなりセンチメンタルっすか?
私は仮にも領主だぞ? 感傷にも浸るさ。
……このテラスからはオワリアの街並が一望できたんだ。
今日みたいな夜は、街の明かりがよく映えた。
真っ暗闇っす。
街にも人っ子ひとりいなかったっすね。
まったく情けない話だよ。
武をもって盾となり民草を守る。
それが騎士として、領主としての私の役目だったのに。
負けちゃったんすねえ。
ああ、惨敗だ。

これでも私はかつて、無敗の騎士と呼ばれていたのだぞ?
それが見るも無残にボロ負けだ、情けないよ。

その時までは、私こそが国を守る盾であると自負していた。
ゆえに直轄の庇護下にあったオワリアの街は、
国境の最前線にありながらもよく栄えていたのだ。

しかしその盾が破られれば、民はオワリアの地を去る他ない。
私に力があれば、彼らが故郷を追われることもなかったのだ。
それでみんな逃げちゃったんすねえ。
あーたん領主のくせに人徳なさすぎ。
そうハッキリ言ってくれるなよ。
頭ではわかっているんだ、だけど認めたくないじゃないか。
結局彼らは、私が愛したオワリアの民は、
無敗の騎士アーテルメランの肩書きに敬意を示していただけだ。

負けてしまっては、ただの弱い領主。
一人の女であるこのアーテルメランに付き従う価値などないのだ。
…………。
……すまない。子供に聞かせるような話ではなかったな。
少し話し疲れた、私はもう休むとしよう。
ピピルも早く寝るといい、オワリアの夜は冷える。
……。
…………。
………………そろそろ出てこいやっす。
なんだバレていたのか。
途中からイビキ聞こえてなかったっすからね。
けど盗み聞きは趣味悪いっす。
聞かれて困るような話でもあるまい。
むしろ女という生き物は悩みを聞いてほしいものなのだよ。
かみさまはデリカシーないっすね。
神にデリカシーを求める聖典などお目にかかったことはないがね。
優しい君のことだ、ひょっとして同情でもしたかね?
冗談じゃないっすよ。
差し伸べた手を払いのけ、天に唾を吐くのが人間っす。
そんな連中の身から出た錆をいちいち哀れんでたら
天使なんかやってらんないっす。
それでこそ怠惰の神に仕える天使だ。
だが君は本心を隠すとき、
必要以上に雄弁になる癖を直すべきだな。
……むぅ。
かみさまはいじわるっす。
神はいつだってイジワルで気紛れなのだ。
君もいずれ神になるつもりがあるなら、
よく覚えておきたまえ。
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登場人物紹介

怠惰の神ネヴェス
その肩書きがしめすとおり筋金入りのなまけもの。
好きな言葉は「他力本願」

天使ピピル
ネヴェスの身の回りの世話をする天使。
テキトーな性格だがちゃっかりしている。

騎士アーテルメラン
没落した貴族だが、かつては高名な騎士だった。
真面目すぎる性格のせいで貧乏くじを引きがち。
バイト中に傘下へと加わったため常にメイド服を着用している。

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