§05-1 7/23 佐藤カッコ由のほうの問題(1)

文字数 1,812文字

 麦茶を取り出した冷蔵庫には、実はスイカがあった。そう言えば今日は生協さんの日で、生協さんの日の午後には冷蔵庫内の空間が埋まる。マンションの管理会社と生協さんとは協定を結んでおり、生協さんの配達する人は管理人さんによって建物内への侵入を許可される。厳密に言うと、侵入を許可するのは管理人さんではない。マンションの所有者は住人(≒区分所有者)なので、生協さんの建物内侵入許可はマンションの総会決議であり、管理会社は総会決議内容を実践することが契約上定められているので、生協さんの配達の人が来たら建物内侵入を許可するよう、管理会社から管理人さんに指示が下っているのだ。――そんな意思決定と実務遂行のプロセスなどはどうでもいい。問題はスイカである。
 我が家に生協さんがやってくるのはお昼頃だ。お昼ご飯の前のときとお昼ご飯の後のときがある。本日はどちらであったか?という話だ。お昼前であればスイカは二時間ほど冷やされているが、お昼後であればまだ一時間しか冷やされていない。冷えていないスイカは(慣用的な表現を借用すれば)炭酸の抜けたコカ・コーラほどに不味い。いや、さすがにあそこまで不味くはないが、冷えていなければ美味しく頂くのが難しくなるのは周知の事実だ。熟していることに冷えていることが上乗せされて、初めてスイカは最上級に美味しい食べ物へと化ける。
 生協さんの配達は木曜日のお昼前後だから、両親が出勤して私が登校していれば、配達直後に商品が冷蔵庫に収まることはない。ところが今日は祝日で(ワルプルギスの前夜だ)両親とも在宅していたものだから、このような問題が持ち上がっている。在宅しているのは母でも父でも私でもいい。誰かが在宅していれば商品は速やかに冷蔵庫へと移される。ふだんの木曜日は出勤も登校もあるわけだから、どんなに早くても、いちばん先に帰宅することの多い私の手によって、夕方に冷蔵庫に移されるわけだ。――なかなか問題の核心に辿り着けないな……。
 冷蔵庫の中にスイカを見つけてしまった私の脳ミソは、無類の…と言うほどではないが果物好きなほうなので、早くそれにむしゃぶりつきたい衝動に駆れている。スイカは皮を残した舟形(という表現が正しいのか知らないけれど)に切ったやつに、人目を憚ることなくむしゃぶりつくのがいい。……いや、切り方は今はどうでもいい。現在の問題の核心は、これが二時間しっかりと冷えているのか、一時間ぽっきりしか冷えていないのか、である。
 ところが生憎なことに、本日これを冷蔵庫に移したであろう父母は今、ともにホームシアタールームに

いる。もしかすると昼日中から営みに勤しんでいる可能性だって十二分にある。なにしろ母はこのところオリンピックのせいでストレスをこじらせており、こじらせ始めたのは昨年のGoToあたりからなのだが、入眠剤の助けを借りないことには寝つけない状態にある。そして私の日々の観察から積み上げてきたデータを、冷徹なデータサイエンティストの目でもって、慎重に矯めつ眇めつ考察するに、ふたりの営みの頻度はここへきて確実に上昇している。このふたつを結びつけて考えるのは、あながち的外れでもなかろう。従って、祝日のお休みの日に、娘が夏期講習で朝から不在の中、お昼ご飯もお友達と食べてくると言って出かけたわけだから、これを好機と捉えたとしても不思議ではない。
 そんなところにうっかり娘が顔を出したら大変なことになる。三者とも非常に気まずい。これ以上ないくらいに気まずい。三すくみの構造ではないのに三者とも身動きが取れなくなる。殊にお二人がまさに当該行為の真っ最中であったりすれば、いよいよ身動きは難しい。これまで積み重ねてきた気まずさ体験の中でも、間違いなくそれは最上級に位置づけられるだろう。
 そうした極めて困難な状況に、私はさきほど立たされていたわけだ。目の前にスイカがある。クソ暑い中を表から帰ってきたので今すぐにでもむしゃぶりつきたい。が、冷え具合がわからない。それを知る者たちへのアプローチは憚られる状況にある。まさに八方塞がりというやつだ。
 こうしたときの私には、リスクがもっとも低いと見込まれる行動選択をとる傾向がある。すなわち、ホームシアタールームのドアをノックすることもせず、思い切ってスイカを割ってみることもせず、忸怩たる思いを胸に自室へと己の身柄を引き取ったのであった。
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