□ 生の思索 □

文字数 2,199文字

「それで私はどうしてこんな状態でここにいるんですか?服も…着てなかったし…」
 今更恥ずかしくなって最後はゴニョゴニョと言ってしまった。
「そうでーすね。次はその質問に答えていきましょうか。あなたがそ…ような状態で…た理…は……があな……の……で俗にいう……の……と…」
 ちょっと待ってこの展開はまずいのでは。
 ───プツン
 …最悪だ。かなり重要な話を聞き終わる前にピエロとの通信が切れてしまったらしい。
 結局,現状を脱する為の策も見い出せず気落ちしていると,
 ───ガチャン
 扉の鍵が開いたらしく開けれるようになった。他に何も出来ることがないので扉の先に進むしかないだろう。タブレットは相変わらずうんともすんとも言わないが,あの変人が『そのタブレットは今後のあなたを左右するいわば一蓮沢庵というものでーすよ』と言っていたので持っていくことにした。
 部屋を出るときに,念には念を。で部屋に転がっていたほうきを扉にかませてから出た。もしいつかの役に立てば万々歳だ。
 そのままかなり慎重に進んでいったのだが,結局何事もなく広間のような場所に出た。気付いたのは窓が一切無いということだ。絶対に助けは来ないとか啖呵をきっておきながら,結局ここがどこなのかは教えたくないらしい。
 そんなことを考えていた時。せっかくここまでは慎重に事を進めていたのに,こんないかにもなタイミングで油断してしまった。勢いよく降ってきたシャッターに広間の出入り口を塞がれ,閉じ込められてしまったのだ。
 そしてタブレットに再び電気が通り,今度は音声だけが聞こえてきた。
「随分と慎重な性格のようですね。初めまして」
 声は変成器か何かで変えているらしくかなり野太い声だ。
「私に名前など無いので自己紹介に困りますが,ドラ焼きを好んで食べているせいでドラちゃんと呼ばれています。」
「ドラちゃん…よ,よろしく?」
 野太い声に似つかずかわいい名前だ。(某タヌキ型の…やめておこう。やめておくべきだと本能が言っている。何かの力に消されると。)…とにかく反応に困り,のんきに挨拶を返してしまった。
「前任のピーラーから聞いていると思いますが,あなたにはやってもらわなければならないことがあります」
「ちょっと待ってください。ピーラーって?」
 話の流れ的にさっきまで話していたピエロのことだろうがあまりにも変な名前すぎて笑いが止まらない。
「おや?自己紹介などはしてもらっていないのですか?先程までこのタブレットで話していたでしょう。彼も名前はないですがみんなからはそう呼ばれることがあります」
 名前に関して一切触れなかったことを考えれば絶対に本人は納得してないのだろう。でも次に会った時はピーラーって呼んでみよう。
「それで私は何をすればいいんですか?」
 私がやらなければならないこと。何をさせられるのだろうか。死の話ばっかりしてるし殺人でもさせられるのか…。
「あなたには自分の幸せな明日を考えてもらいます」
「幸せな明日?」
 想定外のことを言われて素っ頓狂な声が出てしまった。
「そうです。先程ピーラーから,死について考えたことはあるかという質問を受けたと思います。最終的にはそれをしっかりと考えてほしいのですが,そればかり考えるのが正しいとは思いません。まずは幸せな明日を考えてみてください。明日の正午にあなたの回答を聞きたいと思います」
 明日!?今が何時なのか分からないが,一夜で考えろということなのだろう。
「今は何時なんですか?それに飲み物とかがないとその前に倒れそうですけど…」
「ご安心ください。この先に最低限の衣食住は用意してあります。これはゲームなのです。プレイヤーであるあなたに死なれては困りますからね」
 ドラちゃんがそう言うと,入ってきた方向とは反対側に道ができてることに気が付いた。音もなく出来たその道ははたしてこの世の技術なのだろうか?…って何時なのかは教えてくれないんかい。
 先へ進むと,どらドラちゃんが言っていたようにベッドがある部屋があり,ご丁寧に【阿笠(あがさ)薫花(ゆきか)さんのお部屋】と書かれたルームプレートが掛けられていた。その横には食堂らしきところもあった。
 食堂に入ってすぐの所にメニューがあって,どれか選んで押すと受け取り口に料理が現れるようだ。まさに某猫型ロボットの世界のようで少し心が躍ってしまった。
「ふー。疲れたぁ」
 怒涛の展開に疲れていた私は,ようやく一息つけたことで気が抜けていた。
「なんかそこまで悪い待遇はされてないせいで自分の置かれた状況を忘れそうだ」
 私は周りに人がいないのを良いことに大きな独り言を呟いた。この独り言も気が抜けた証拠だろう。
 のんびりご飯を食べるより,これからのために睡眠をしっかり取っておくのがいいと考えた私は急いでご飯を食べ終え,冷えきった身体を温めるためにお風呂に入った後はすぐに布団へ潜った。
「もう零時かー。明日の正午に答えた後はどうなるんだろう…」
 このタイミングで,今まで麻痺していた不安の感情が戻ってきた。ここにきて時間を確認できたのは今だけだから実際にどれくらいの時間が経ったのかは分からないが,すごく濃い時間だったと思う。
 しばらくの間は“幸せな明日”について考えていたが,まもなく睡魔が忍び寄ってきたのを感じた。
 目覚めたときの状態と真逆と言えるぬくもりを感じながら,私は眠りについた。
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