□ 生死の灯 ☑

文字数 3,318文字

「んっ…。」
 美しい鳥の鳴き声で目が覚めた時,私の体温はまた下がっていた。さすがに今回は身動きが取れないほどではないようだが,少し不自由な感覚が身体に残った。
「夢…?誰かの記憶を見ていたような感覚…。わたしの理想の死に方は凍死だって言ったから,同じ凍死の道を選んだひとの記憶を見せられたのかな?ドラちゃんなら催眠術とかで出来そうだもんね。
「ってもうこんな時間!?やば!早く広間みたいなとこに行かないと」
 呆けていたが時計を見て驚いた。制限時間である正午まであと5分しかない。
 急いで広間に向かうと,またタブレットに電気が通った。
「おはようございまーす。もうお昼ですがよーく眠れたみたいでーすね」
 ドラちゃんが出てくると思っていたのだが,出てきたのはピーラーだった。そしてなんとも嫌味ったらしく話し始めたので,お返しとばかりに名前を呼んでやった。
「おはようございます。ピーラーさん!」
「ピッ…。そのあだ名で呼ぶのはやめてくださーい。みんなから呼ばれますが気に入っているわけではないのですかーらね」
 やっぱり納得していないらしい。その不満を晴らすかのように早口で話を続けた。
「昨日ドラちゃんから聞いてると思いまーすが,今日は“幸せな明日”について考えたことを話してもらいまーす」
「それを話した後わたしはどうなるんですか?」
「それはあなた次第。生きるかもしれないしー死ぬかもしれない。あなたの選択にお任せしまーすよ」
 どうするかを私が決められるのか?何か裏はあるのだろうが今考えても無駄だろう。
「さぁ。あなたの考える幸せな明日を教えてください」
「私が考える幸せな明日は…今すぐここから解放されて,家に帰ります」
「それだけ?それは本当に幸せだと思って考えたものなのかーな?ここから出たいからと口からでまかせを言われたんじゃ考えてもらった意味が…」
「家に帰ったあと,この出来事を小説にします。だから今私に起きていることを全て教えてください。そして家に返してください。私は今起こっている事を知って,他の人に伝えるということに幸せを感じるのだと考えてます」
 言葉を被せるように伝えた。この言葉に嘘なんてものは無い。
「なるほど。その道を辿ってくれるというのですね」
 うん?その道?
「いいでーしょう。あなたの身に起こった出来事について最初から話すこととしましょうーか」
 ようやく聞ける。
「ではまずここがどこなのか。それを私から話していきましょう」と,どこからか現れたドラちゃんが言った。
「あなたが最初に目覚めた時にどのような状態だったのか覚えていますか?」
「忘れるわけないじゃないですか!全身が凍るように冷たくて,最初は動けないくらい悴んでいました。それと服は何も来ていない状態でした。それについての説明を求めたら途中で通信切られたんですよ」
「通信が途切れたのは時間になったからです」
「時間になった?」
「ピーラーも時間は有限だと言っていたじゃないですか?あなたに先に進んでもらうために,定刻に通信が切れるようにしていたんです」
 そういえばそんなことを言っていた気がする。都合が悪かったから通信が切れたように見せていたのかと思っていた。
「それであなたの状態に関して何か覚えはないですか?」
「覚え…?」
「身体が凍るように冷たくなったり,衣類を脱いだ状態になったり。そういうのを知りませんか?」
「あ。」
 夢で見た“矛盾脱衣”という現象。あれにそっくりだ。
「矛盾脱衣……じゃあ私は凍死させられそうになってたってこと…?」
「いいえ。違います」
 即答で否定された。それならどういうことなのだろう?私が目覚めた時の状況はそれにあまりにも一致している。
「簡単な話ですよ。あなたは凍死したんです。だからここで目が覚めた時,死んだ時の状態と同じ体温が著しく低下した状態,衣類を脱いだ状態でいたんです」
 は?『あなたは凍死したんです』?さすがに意味が分からない。
「どいうこと…ですか…?凍死した?」
「だからそう言っているではないですか。
「ここはあなた達の世界で言う死後の世界であり,あなたは凍死したため,死んだ時と同じ状態でここで目が覚めたんです。まぁこっちに来てからも行動してもらわないといけなかったので,凍傷とかの支障が出そうな状態は治っていますがね」
 死後の世界?ここが?だから私の想像でき得るどのような助けも来ない場所ということ?
 その他にも死後の世界というのなら合点がいくことがあるが,やはり理解が追いつかない。
「あなたはここに来る前の記憶がありますか?日常的な知識は無くなってないと思いますが,あなたにとって重要な記憶を無くしていると思います。その方が我々にとって都合が良かったのでね」
 ここに来るまでの記憶…?要するに生前の記憶ということか。
 確かにここに来てから,それ以前のことは全然考えることも無かった。覚えていないからだったのか?
「それではあなたの生前の話をしましょう。ピーラーが敬愛する小説家を覚えていますか?」
「確か,加賀﨑鮎……」
「そうでーすね。あなたにお会いできて本当に光栄に思います」急に横から登場するピーラー。
 その言葉を聞いて辺りを見回したが,誰もいない。画面の先にいるのだろうか?
「誰の事か分からないみたいな顔してますけど,あなたの事ですからね?阿笠薫花さん」
 ……私?どういうこと?
 頭の中は人生で一番の混乱を見せていた。
「私が加賀﨑鮎?何かと間違えているんじゃ…?」
「間違えてなんかいませんよ。あなたは小説家の加賀﨑鮎です」
 ピーラーが,冗談を言っている様子もなく告げた。
「失礼ながらあなたの小説は最後の作品以外,特に興味を持っていなかったんです。ですが最後の作品のメッセージ性,そしてそれを実際に実行してしまう説得力に惹かれてしまいました。その時からファンとしてあなたに敬意を表させて頂いています。さぁ思い出してください!あなたの生きた軌跡を!」
 私が何かと小説のテンプレ展開を持ち出して行動してしまっていたのも,このような事態を経験したことがあるように感じてしまったのも,全て私が加賀﨑鮎だったからということで合点がいってしまう。
 私は…阿笠薫花…わたしは…加賀﨑鮎…私は凍死を……わたしは…私は…。



 その瞬間からわたしの記憶が雪崩のように私のもとに降り注いできた。
 わたしは小説家で,最後の作品とともに人生に幕を閉じた。その終わり方は凍死。生前考えていた最高で理想の終わり方を自ら実行したのだ。
 ことの顛末を全て思い出したとき,ドラちゃんが聞いてきた。
「全て思い出しましたか?」
「思い…出した…」
「まだ完全には受け止め切れていない様ですね。でもあなたには最後にやってもらわなければならないことがあるんです」
「やらないといけないこと…ずっと同じことを言ってるけど…それは何をすればいいの?」
「それは我々があなたをここに連れてきた理由なんですが」と含みを持たせ,わたしに説明を始めた。
「さっきもお伝えした通り,ここはあなた達の世界で言う死後の世界というものです。ですが,所謂,天国だーとか地獄だーというわけではありません。例えるのであればここは生と死の狭間の世界。あなたならこの意味が分かるのではないですか?」
「わたしの選択次第で生きることも死ぬことも選べる…?」
「そういうことでーすね。我々はあなたにそれを問いたいんでーすよ」
 死ぬか生きるかをわたしが決めるの?
 しばらくの沈黙が続いた後,ドラちゃんが口火を切った。
「あなたはまだ生きることを望みますか?それともこのまま死ぬことを望みますか?」
 わたしの望み。
「あなたが昨日から考えていた幸せな明日は生きることを選択しないと叶いませんし,綺麗に終わらせたあなたの人生は死ぬことを選択しなければ消えてしまいます。再び同様の最後を迎えるのは不可能だと考えて貰っていいでしょう」
「幸せな明日か,理想を叶えた綺麗な最後か…」
 どちらを選べば良いんだろう。正解なんてものがないのは分かっている。それでもどちらかを選ばなければならないのなら。
 わたしは…

「この綺麗なまま全てを終わらせたい…。」
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