☑ 死の夢幻 ☑

文字数 717文字

 『───を知ったとき,凍死という死に方が神秘的だと感じてしまったのだよ。』
 一節を書き終え,わたしは筆を置いた。
 今までわたしの考え,あるいは価値観を文字に起こした物語を世に放ち続けてきた。結果わたしは良くも悪くも世の多くの人間に名を知られることとなった。だがその現状は作品を出せば多くの人から批判され,一部の人からは崇められるといったものだ。
 わたしは批判されても自分の作品を出し続けてきたが,その作品たちを受け入れて欲しいとは思っていない。ただ,頭ごなしに否定するのではなく,このような作品が世に出てくる理由を考えてみてほしい。その一心で作品を作り続けてきたが,その願いは叶わなかった。そしてわたしは今,最後の作品を作っているのだ。
 この作品は今までのどの作品よりも濃い,私の血肉であり心髄でもある作品だ。
 今回の作品を世に出したらわたしは作家をやめると決めている。まぁ作家は仕事というより生き方みたいな感じだから,やめてどうするのかなんて分からないのだが。
 再び筆を執ろうとした時,ふとある考えが


 “どうせ作家人生を終わらせるなら,この物語に沿って人生も終わらせれば,私にとっては満足なのではないか?”
 この考えが浮かんでからは最後の超大作に向けて心躍る日々を過ごした。
 そして最後の作品を出版社に送るとともに,事前に調べていた雪山へ軽装備で入り,わたしの理想の死に方を迎える準備を始める。数時間もしないうちに待ち望んでいた時はやってきた。
「寒い…寒い……痛い…寒い……暑い……寒い」
 ああ。ついに…迎える。わたしの…理想の……最…後。
「綺麗だなぁ」

 一人の小説家が美しい鳥の鳴き声とともにその生涯を終えた。
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