5 批評について

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5 批評について
 そろそろ批評とは何かについて考えてみましょう。

 文学は自分を含む誰かにナラティブするための実用性以上の言葉の組織化です。この実用性は対象の直接的な利活用を指します。また、抽象的・一般的概念を扱う際にも具体的・個別的なナラティブを通じて展開されます。文学は伝統的には言語と規範を共有する共同体における真・善・美の認識の交歓です。ただ、そのコンセンサスへの異議申し立ても、価値観が多様化する近代以降におけるもう一つの意義となっています。

 「文学」は近代に生まれた概念ですから、歴史的に考察する際には、「文芸」のお方が適切でしょう。煩雑になるので、「文学」を用いることにします。

 すでに述べた通り、伝統的な共同体において最も大切なのはよく生きることです。それは蓄積されてきた習慣や規範に則り徳を実践することです。言語は知識の伝達・蓄積・共有を可能にします。共同体の継承の際、言語が重要な機能を果たすのです。その存在理由や規範を共時的・通時的に共有するために、神話や叙事詩を持っています。

 共同体を維持発展させるには、人的ネットワークの強化・拡張が不可欠です。文学は人と人の間で共有されますから、絆を強めたり、広げたりします。こうした社会関係資本の蓄積に寄与する機能があります。それにより今日までこの行為が持続してきたと推察できるでしょう。

 主に音声による共時的・通時的共有がなされるものを口承文学、文字を使用したそれを文字文学と呼びます。先の定義に基づく文学は文字の発明以前から出現していたと思われますが、起源は定かでありません。ただ、人類学がフィールドワークの対象とする伝統的な共同体でマラティブされている実用性以上の言葉の組織化が初期の文学の姿を推測する手がかりになっています。

 音声による文学の発展・継承はその知識の遍在をもたらします。こうした口承文学は語り手と聞き手が共有する場を必要とします。場が焼失すれば、それは存在し得ません。そのため、この発展・継承は社会が安定的=静的であることを前提にするのです。

 一方、文字による文学の発展・継承ではその知識は集中せざるを得ません。反面、文字文学は場に必ずしも依存しません。不安定=動的な状況に社会が直面しても、発展・継承が可能です。そのため、記されたものが考古史料として発見され、それが死語であっても解読されて後世に伝わることがあり得ます。文字による考古史料のおかげで、現存する最古の文学作品としてギルガメシュ叙事詩を知ることができているのです。

 批評の起源も定かではありません。文学作品は評価を経て人々の間で共有されます。創作と鑑賞は、共同体において蓄積・共有されてきた言語的・倫理的・文学的規範を共通理解とするのです。その典拠に基づいて批評もまた行われます。伝統的には、創作者は同時に鑑賞者であり、批評家でもあります。

 組織化の規則は繰り返しの中で暗黙知として体得できます。鑑賞の際も同様です。典拠に基づき、創作者や鑑賞者は内省によって作品の出来不出来を判断します。詩歌をめぐる社交や選評会、編纂、試験、指導などの評価・判断基準も、規範を共有している共同体を前提にしていますから、必ずしも明示的ではないのです。

 創作や鑑賞の行為から独立した批評には、この暗黙知を明示知とすることが欠かせません。具体的・個別的な作品の評価にとどまらず、抽象的・一般的な文学的価値の議論を展開するのです。

 批評は創作や鑑賞のメタ認知です。それは他者との理解の共有をもたらします。行動は感情の共有をしばしば促すのです。それは具体的・個別的で、場に依存します。一方、理解を共有するには、理論が必要となります。それは抽象的・一般的で、場から比較的自由です。この明示知がリテラシーです。それはその領域における学び方のことです。読み書きの学び方がわかれば、その実践ができます。この学習過程を通じてリテラシーは共時的・通時的な共有において汎用性を持つのです。

 今日にける「批評(Criticism)」は対象を「評し(Appreciate)」、「体系付け(Systematize)」、他者に「納得(Agreement)」させる行為です。作品の出来を「判断(Administrate)」したり、他の作品との優劣を「評価(Evaluate)」したりするだけではありません。「感想(Book Report)」や「印象(Impression)」にとどまらず、他者と認識を共有するために、論証を示して体系に意味づける必要があるのです。その際、「理解力(Comprehension)」・「洞察力(Insight)」・「方法論(Methodology)」・「全体認識(Whole Understanding)」・「コミュニケーション能力(Communication Capability)」が求められます。こうした属性により批評は創作や鑑賞のメタ認知たり得るのです。イデオロギーのみならず、自身にも囚われることなく、このメタ認知を示すことが批評の役割です。
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