3. 約束

文字数 1,725文字

リュウジとの交流は、冬を超えて中学生になってからも続いた。

中学生になっても、僕は相変わらずイジメられていた。
殴られたり蹴られたり、刃物で傷つけられたりして、いつもどこか怪我をしていた。
また僕が中学生になると同時に姉が高校に上がったんだけど、宗教に縛られた生活が嫌になって家出することが多くなった。
それでいつも父さんはイライラして、父さんと姉がいる時の家の中はまさしく地獄絵図さ。
いつも父さんと姉は言い争いをしていて、罵詈雑言や怒号が飛び交う。それで父さんは姉を悪魔呼ばわりして、物を投げては壊そうとしたり壊したりする。
姉の気持ちはよくわかったから、心の底では姉に味方してあげたい。
でも姉に味方したら今度は僕も父さんに攻撃されることを知っていたから、どっちつかずにただ二人の仲介役に回ったり場を鎮めたりするしかなかった。
それで結局、生活する家の中でも居心地が悪かった。
だから僕にとって、リュウジと会って話す時間が、一番有意義な時間になっていた。
宗教に縛れた生活の中で、学校の放課後が待ち遠しく感じるまでにだ。

「なんだよ勇気、制服なんかちゃんと着こなしちゃってさ〜」
まずお互い中学生になって、私服から制服に変わったことにふざけ合った。
学ランを脱いで、鞄を片手にワイシャツ姿で鴨巣山に入って相変わらず走り回る。
ジメジメした地面を蹴り上げて、木々の枝の隙間から陽の光がこぼれる山の中をくぐり抜けていく。
靴は学校指定の白いスニーカーに買い替えたばかりだったけど、山の中を駆け回ったおかげでぐちょぐちょになった。でもそれもなんだか嫌じゃなくて、愉快だった。
「勇気〜!遅えぞ〜!」
中学生になってからもリュウジは変わらず元気で、いつも僕は先に走るリュウジの背中を追いかけていた。
二人で遊歩道を走って行って、展望台の階段を駆け上がっていく。
「はい、俺の勝ち~~!」
屋上まで登りきると、リュウジが勝ち誇ったような笑顔をむけてくる。
「いつの間にかけっこを始めたんだよ」
僕がツッコミを入れると、リュウジが乾いた笑い声を上げる。
平日の放課後に毎日集まっては、同じように走り回って、同じようなセリフを聞く。
それでもはしゃいでいるリュウジの無邪気さに、僕は勝手に救われていた。
だから僕は内心、リュウジには大人にはなってほしくないな、なんて思っていた。
そんなことを考えている僕を横に、リュウジは晴れた空の下、乾いた笑い声を上げていた。

「勇気はさ、将来の夢とか持ってるのか~~?」
中学生になってから少し経った、ある初夏の晴れた日。
僕はリュウジから、何か将来の夢を持っていないのかと聞かれた。
リュウジの質問を聞いて、僕はうろたえた。
僕は、リュウジみたいな青い夢は持っていない。
本来子供が描くような将来の夢なんて、いつからか考えもしないようになっていた。
将来の夢なんて持ったって、どのみち破壊される環境にいるのだから、仕方ないのかもしれないけれど。
でも夢みたいな小さな願望はある。
父親の宗教から離れて、僕自身が思うように自由に生きたい。
そんな漠然とした、父さんやその他の信者の人達には決して言えない、それでも淡い期待をしてしまうものだった。
「自分の思うように自由に生きたい、かな」
苦し紛れに、僕はそう答えた。
なんだそれって言って、リュウジが笑う。
でも直後にキメ顔みたいな表情を決めて、僕に指差してきた。
「じゃあ勇気はその夢を叶えろよ。俺は絶対にパイロットになってみせるからよ。約束な」
僕はリュウジの言葉を聞いて、どうしようかと考えた。
僕が口にした願望は、今の生活からは想像もできない。
そもそも、僕の中には希死念慮が住み着いていたから、その将来を指すのだろう時まで生きているかもわからなかった。
でも、リュウジの姿を見ていると、ひょっとしたらそんな淡い夢を叶えられるような気がした。
「ああ……、約束するよ…………」
僕は歯切れが悪くも、リュウジと約束をした。
「かぁ〜、俺またかっこつけちまったな〜!」
リュウジが笑いを堪えられずに、吐き出すように笑い始める。
なんだそれと僕が言うと、とぼけたようにリュウジは乾いた笑い声を上げていた。

その時の約束は、良くも悪くも、大人になった今でも生き続けている。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み