4. 夢との死別

文字数 2,351文字

リュウジの様子が変わり始めたのは、中学最初の夏休みを迎える間近のことだった。
学校の放課後、リュウジが鴨巣山に来るのが遅くなるのが増えた。
そしてリュウジは来る時に、いつものように手を振りながら走ってくるが、その表情はどこか疲れているように見える。
「学校が忙しいのか? 無理に僕と会う為に頑張らなくていいだよ?」
僕はそう声を掛けたが、リュウジは大丈夫だと言って笑った。
その笑顔は、いつものリュウジの無邪気な笑顔とは少し違っているように見えた。
またある時、リュウジは顔に青あざをつけてやって来た。
僕がどうしたか聞くと、学校への通学中に転んだという。
でも転んだ程度では顔に青あざができるか?
僕が本当かと尋ねると、本当だ、信じろと真顔で返された。
それが嘘だということは察したが、リュウジの反応に僕は深く追求できなかった。
そしてリュウジがごまかすかのように、いつもと変わらない様子で鴨巣山の遊歩道を走り出す。
そして僕はいつも通り、リュウジに付いていくだけだった。
夏休みの最中にも何度か、縛られた生活の隙を狙って僕はリュウジと会った。
でも夏休みが終わる数日前に会った時、どこかおどおどして、落ち着かない様子だった。
いつも元気に動いているタイプだったけど、なんだか何かに怯えているようだ。
「なぁ、本当に大丈夫か?」
「えっ?……うん、大丈夫大丈夫!」
僕が話しかけると、リュウジは慌てた感じに笑ってみせる。
そして、ところでさ〜と、リュウジが話題を変えて話し始めた。
そしてその日も僕からリュウジに深く聞けずに、いつも通りの会話をして別れたのだった。

始業式の日。
学校が終わった直後、僕は真っ先に鴨巣山に向かった。
今までの夏休み明けの登校初日は、学校に行きたくなくて、だからと言って家に閉じこもることもできないから、死にたくて仕方なかった。
でもこの学校が終われば、リュウジと会って話すことができる。
そう思えば、日中にイジメられても我慢できるような気になった。
学校の正門から家の逆方向に歩き始める。
そして鴨巣山の遊歩道の入り口にたどり着いたが、今日は見るからに普段と様子が変わっていた。
パトカーが数台、遊歩道入り口前の道路に停まっている。警察官も十人ほどいた。
何かあったのかなと思いつつも、僕は静かに遊歩道の中に入ろうとする。
すると、一人の警察官に止められた。理由を聞いても答えてはくれない。
どうやっても鴨巣山に入れさせてくれないので、仕方なく踵を返して帰ろうとする。
すると近くのパトカーの前に立っていた、警察官二人の会話が小さく聞こえた。
「まだ若いのになあ」
「展望台から飛び降りだなんて」
その会話を聞いて、僕はドキッとした。
誰か鴨巣山の展望台から飛び降りたのだろうか?
僕は身近で自殺が起きた驚きと、自殺できる勇敢さに羨ましさを感じたのだった。
「なあなあ、この間そこの鴨巣山の展望台で飛び降り自殺があったらしいよ~」
「え~、マジで~?」
次の日から学校ではまあまあ噂になっていた。
一瞬リュウジのことが頭の中によぎったが、リュウジではないだろうと思った。
それからも僕は、鴨巣山に入れるようになってからはリュウジを待ち続けた。
でも、一ヶ月ほど経ってもリュウジは姿を現さない。
もしかしたらと、僕は焦り始めた。
でも僕と違って、あの元気なリュウジだぞ?
最初はそう思っていたが、夏休みが終わる直前のあいつの様子を考えると、不安になった。
それでも僕はほぼ毎日、リュウジを待ち続けた。
それから一ヶ月ほど経った、十月半ば頃だった。リュウジの父親と名乗る男性と会ったのは。
いつものように鴨巣山の遊歩道入り口でリュウジを待っていると、一人の男性に話しかけられた。
男性は四十代ぐらいで、片手には何かの花を持っている。
リュウジの友達かと聞かれ、彼とよくここで会っていたことを伝えた。
すると男性はおもむろに肩を落として、深いため息をついて僕に話してきた。

リュウジがこの展望台から飛び降りて自殺したことを。

リュウジの父親から聞いた話をまとめるとこうだ。
リュウジはちょうど僕と約束を交わした直後に、女子生徒への言われのない罪をなすりつけられたらしい。
それでリュウジは学校でイジメられるようになり、日中はひどい仕打ちを受けていたとのこと。
リュウジから相談を受けた父親は学校に問い詰めたが、学校側は何の反応も示さなかった。
日が流れていくにつれ、リュウジへのイジメはエスカレートしていき、暴力など傷つけられるようになった。僕が見たリュウジの顔の青あざは、その為にできたものだった。
そして最終的に、リュウジは八月末に展望台から飛び降りたらしい。

最初は信じられなかった。
でも最後に会ったリュウジの様子や、山に集まっていた警察官、そしてリュウジがいつまで経っても来ないことからそれは本当のことらしかった。
リュウジの父親は、リュウジの墓の場所だけ教えてくれた後、僕を残してその場を去っていった。
僕はしばらく、何も考えられずにその場に立ち尽くしていた。
でもリュウジがいなくなってしまった喪失感に、僕は思わず座り込んでしまった。
いつ以来だろう。近頃は全く泣いていなかったのに、涙で視界がぼやける。
リュウジは僕に、ずっと無邪気に接してくれていた。その幼さに、僕はいつも救われていた。
足元が悪い、この悲しい世界みたいな山の中を一緒に走り回った。
そしてお互い、それぞれの夢を叶えることを約束した。
なのに、こんな別れ方なんてあるかよ。しかも、なんでここでなんだよ。
リュウジ。
お前がいないと、誰が僕を引っ張っていってくれるんだよ。誰が一緒に走ってくれるんだよ。
お前がいないと、この先どうやっていったらいいのか、わからないよ。

僕は、リュウジに何もしてやれなかったことを今でもずっと悔やんでいる。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み