第13話 守秘義務〜繭子の場合(1)

文字数 1,134文字

 七瀬繭子は、アイドル志望の女だった。

 中学生の頃からオーディションを受けてはいるが、全く通らない。大学に通いながら、エキストラの仕事をしつつ、オーディションに受けている所だった。そろそろ年齢制限もあり、受けられないオーディションも増えてきた。繭子は、焦った毎日を送っていた。中には、枕営業の噂も聞くが、そこまでいくツテもなかった。目の前にあるエキストラや街頭インタビューの仕事をコツコツと続ける他なかった。

 今は劇団クライシスに所属していた。劇団とは言っているが、実情はエキストラ向けの事務所だった。意外と業界では信頼されている事務所のようで、仕事は忙しいと思うほどあった。繭子はアイドル志望の女だったが、客観的に見れば地味な顔つきで、うまく背景に溶け込んでいた。街頭インタビューも何度もやっているが、服装やメイクのおかげか、地味顔のおかげかわからないが、ネットで騒がれる事もない。同じ劇団クライシスの役者は、陰謀論者に目をつけられ、炎上している時もあったが、繭子は別にそういった事もなく、完璧に背景に溶け込んでいた。背景と一体化しているような気分も味わっていた。

 そんな繭子だが、自己顕示欲は人一倍強かった。本当は劇団長の橋爪にはSNSの開設、投稿は禁止されていたが、裏垢を作っていた。街頭インタビューについて「全部ヤラセ」と語ったりして、陰謀論界隈でバズって人気が出たりもしていた。SNS上の付き合いであるが、ミカエルという陰謀論者と仲良くなったりして、時々テレビの裏側なんかを教えていた。逆にミカエルはオカルトや悪魔崇拝儀式などに詳しく、芸能界で成功する方法などをこっそり教えてくれたりした。ミカエルの言う事を一言でまとめればイルミナティというひ秘密結社に入り、人間を生贄に捧げて悪魔と契約すれば、成功できるらしい。

 ファンタジーすぎる陰謀論だったが、もしそれが本当なら試してみたいと思うところだった。それぐら繭子はアイドルになりたかった。といより、チヤホヤされたかった。

 子供の頃は背が高いと虐められていた。異質なものを排除しようとする日本社会ではよくある事だ。また、ダメ男に引っかかり、ろくでも無い目にあった事もある。家族とも仲が悪い。そういった環境の中で、自己顕示欲だけが膨れ上がり、持て余していた。人気者になり、チヤホヤされたかった。誰かの上に立ちたかった。

 陰謀論界隈という狭いコミュニティでも、チヤホヤされると気分が良かった。別に自己顕示欲が満たされれば、その手段は何でも良かった。

 そんな中、劇団長の橋爪から呼び出しがかかった。おそらく、守秘義務を違反してSNSをやっている事がバレたのだと思うが、繭子は太々しい顔で彼の呼び出し先に向かっていた。
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