第1話 背景の色〜美代の場合〜(1)

文字数 1,096文字

 木村美代は、朝ドラ女優になりたかった。子供の頃に見た朝ドラは、女優が芋臭く、自分にでも簡単になれるだろうと思っていた。それは全くの誤解だったが、当時の美代は気づいていなかった。

 近所に子役養成スクールがあったが、親は月謝代を出してはくれなかった。美代の家は決して貧乏ではないが、金持ちでもなかった。習い事も出来る余裕もなかった。

 仕方がないので、月謝が安い子役養成スクールを探す。隣町にクライシスという名前の劇団があった。子役専門の劇団ではなかったが、エキストラ他、専門職の役者を養成しているらしい。専門職の役者というのが引っかかった。もしかしたらエロ系の劇団かもしれない。ネットで検索し続けたが、そういった噂はなかった。エキストラ専門の劇団の有名どころで、悪い噂はない。給料も良いと書いてあり、美代はこっそりとクライシスのオーディションに受けに行った。

 クライシスの稽古場は、ヨガスタジオを改装したところで、あまり新しくも広くもなかったが、オーディション会場となっていた。住宅街にあり、一見は小さなビルにしか見えなかった。中に入ると壁は全面鏡になっていて、確かに劇団の稽古場らしさはあったが。

 稽古場は、美代と同じ年代ぐらいの子供が集まっていた。おそらく十歳から十二歳ぐら子供で、テレビで見た事あるような子供もいた。オーディションに受けるぐらいだから、自信満々そうな顔つきの子供も目立つ。少なくともクラスの中の陰キャタイプ、優等生タイプはゼロ人のようだった。

 朝ドラ女優は芋臭いと思ったが、こうしてライバル達の顔をリアルで見ると、美代の自信もだんだんと減ってきた。手鏡で自分の顔を確認してみたが、本当に可愛いのわからなくなってきた。どちらかといえばクールな目元とか、大人になったらアジアンビューティー系になるとしか言われた事が無いような。

 少々不安を抱えながらも順番を待ち、劇団長と面談を行う。渡された台本を読むと、会場にどよめきが響く。お世辞ではないが、美代は演技はうまかった。

 親や先生の前でぶりっ子していたら、いつの間にか演技力がついてしまった。嘘泣きも朝飯前で、本当に泣いているかのように見せるのも、得意だった。

「よろしい!」

 劇団長は、大きなクマにぬいぐるみのようなおじさんだった。太い指で、美代の演技に拍手を送り、この瞬間、オーディションに合格した。

「その地味な顔に、演技力。素晴らしい。まさにわ我々が求めていた人材よ」

 地味な顔?

 何、失礼な事を言ってるの?

 怒りそうになったが、オーディションに合格した喜びの方が優ってしまった。

 こうして美代は、クライシスの役者となった。
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