第23話 侵入

文字数 3,923文字

 昼の一時前に真は菅に電話をした。

「お疲れ様です。飯野です」

「お疲れさん。どうした?」



「逆探知の件なんですけど、どうなりました?」

「先程犯人が掛けてきた場所が判明した。今、そちらの方に車で向かっているところだ。それに、四時半に沖野公園で犯人と待ち合わせをする話も出ている」



「そっちで、現行犯逮捕をするつもりですか?」

「ああ、どちらでも構わないが、先に逆探知で調べた住所の方に訪れるつもりだ。そこで犯人がいれば解決になるし、もしもぬけの殻だとしても、公園で捕まえればいい。ところで、君は今どこにいるんだ」



「僕は、その住所の近くにいます。これからその場所で犯人たちと戦いますんで」

「戦うって、どういうことだい?」

「あかねさんを助けます」

「え?」という声がほのかに聞こえた後、真はスマートフォンの電話を切った。



 当たりを警戒する。そこには怪しい人物はいない。もし怪しい人物がいるとしたら、自分だろうか。

 人通りから外れた場所ではあるが、何かあれば駆け付けられる場所でもある。しかし、なぜに犯人たちはこんな繁華街にかくまっているのだろうか。

 もしかしたら、自分の推測が間違っているのだろうか。

 まあ、いい。どちらにしても、廃墟と化したビルの中には犯人がいるか、それとも誰もいないかのどちらだ。



 真は三十メートル先の目的地のドアまでゆっくり歩いていた。心臓の鼓動が自分でハッキリ聞き取れるくらい緊張していた。

 足もずっしり重く感じる。雪が積もっているわけでもないのに、まるで雪国を歩いているくらいだ。足元に鉛が入っているじゃないくらい疑ってしまう。

 

 空はみぞれ交じりの雪が降り続いている。人通りは突然の雪に慌ただしく屋根がある場所に移動する。

 真はゆっくり唾を飲み込み、ドアまで何とかたどり着いた。ドアを開けようとするが鍵が掛かっている。



「おい、警察だ。中にいるのは分かってるんだぞ」

 真は二回ノックして、声を上げた。

中から、「助けて!」と、女性の声が聞こえた。あかねの声だと真は確信した。

 十秒ほど待つと、鍵が外れた。ドアを思い切り開けたのは、若い男だった。



 彼は拳銃を構えている。しかし、それよりも早く、真は持っていた消火器の安全栓を抜いて、彼に向けた。

 勢いよく消火器から白い粉が噴射する。若い男の顔にめがけて集中すると。彼は思わず後ろに倒れ込んだ。

 真は彼の手から拳銃が離れると、それをいつでも自分の手に渡れるように後ろに蹴った。



 そして、あかねも含む他の三人にも、消火器をめがけて発射した。

「うわあああ」

 と、男たちは悲鳴を上げたと同時に、のどの粘膜に刺激が入り、勢いよくせき込む。あかねも顔中に白い粉を掛かっていて、えずくようにせき込んだ。

 無論、真はあかねには掛けるつもりはなかったが、人質に取られているので、どうしても消火剤が降りかかる。



 真は暫く辺り一面に消火器の粉をまき散らした後、若い男が落とした拳銃を手に取り、あかねの腕を引っ張った。

「お前ら、ちょっとでも動くと、撃つぞ!」

 真は緊張がピークに達していて、拳銃を持つ手も声も震えていた。



「フフフ、撃ちたかったら、撃てばいい。そうすると、お前は犯罪者だ!」

 両手を上げながら、野口が言った。かなり感情的になっているが、こちらに近づいてくる。

「来るな! 撃つぞ」

 真はあかねの手を引っ張りながら出口の方に後ずさりした。このまま、にらみ合いを続ければ、上手く脱出できる。



 その時、遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。よし、もうすぐだ。

「真君。こいつら宝石強盗の犯人たちだよ。リーダーの人は朝から見てないけど……」あかねは野口たちを見ながら小声で話をした。

「三人しかいない。後の二人は……?」

「分からない……」



 野口が、「お前ら捕らえろ」と言って、若い二人は真たちに一気に襲い掛かった。真は思わず、拳銃を発砲してしまった。

 安宅の腹部にめがけて撃ったつもりなのだが、彼は無傷だった。それもそのはず、その拳銃には弾が入っていない空砲だった。



 真は二人に襲われて、仰向けになりながら首を絞められた。このままでは殺される。足と手をじたばたして抵抗を見せたが、安宅の方が、力が強い。

 自分はどうして力がないのだろう。スポーツや筋トレしていれば、この人物には勝てたはずだ。

 このまま死んでしまうのか。あかねと。何故に自分は助けに行ったのか、悔やんでいた。



 すると、その時、真の後ろから、テンポが遅いリズムでの拍手が聞こえた。

「お見事だよ。飯野君。それに笹井さんもね」

 真は首を絞められたのが、一気に解放された。思わず、苦しくてせき込む。



 真は拍手をした人間を仰向けになりながら見た。そこには背の高いがっしりとした刑事、伊藤竜也の姿だった。

「あ、あんたは!」

 あかねは思わず叫んだ。しかし、先程の消火器の放射の粉のせいで、またせき込んでいる。



「ハハハハハ、ようやく気付いたな。オレがこの企画を考えたんだ」

 そう言って、伊藤は相変わらず見下すように手を叩いて笑っている。

「あの、マスクをしてサングラスを掛けていた奴は、あんただったんだね」

「ああ、そうだよ。でも、君が気づくと思っていたが、気が付かないとは……。まだまだだな」



「それって、どういう事? 何で、宝石強盗をしたの?」

「宝石強盗? ああ、本当の宝石強盗は、先程逮捕されたよ」

 伊藤は親指で、外の方に向けて差した。

「って、ことは!」真は驚愕の表情見せた。



「こいつらは強盗団じゃない。正真正銘の警察官だ」

「ハハハ。伊藤さんに手伝って欲しいっていわれて、結構派手なことでビックリしたよ」野口は笑った。よく見ると、えくぼが似合う好青年だった。

「目が痛い」安宅は消火器の噴射のせいで目を擦りたいくらい、何度も瞬きをした。

「そこに水道があるだろう。早めに顔を洗った方がいいぞ」

 伊藤は腕組みをして言った。



「しかし、どうしてこんなことを行ったんですか? 神田社長と名倉警視に言われたんですか?」

「いや、直接には言われてないよ。でも、名倉警視にこういう計画の話をしたときに、もっと過激なものがいいと思ったんだ。丁度、その時に、宝石強盗事件が起こってたから、それをモチーフにドッキリを仕掛けたんだよ。君たちはまんまとハマっちゃったよな」



「しかし、宝石強盗は前々日に行われたんじゃなかったでしたっけ?」

「そうだよ。ただ、時間が違う。向こうは九時にその事件を行ったのに対し、こっちは十一時半に行ったことになってるからな。どちらにしても新聞に掲載されるのは同じ日にでしかないけど」



「どうやって、大きなことを起こせたの?」あかねは髪型から半分白い粉に覆われていた。

「まあ、オレは実は日本の警察じゃないんだ」そういって、伊藤は胸ポケットから手帳を取り見せた。

「エフビーアイ! あのアメリカの警察ですか?」真は我が目を疑った。

「警察とエフビーアイは違うよ。まあ、業務は似てるけどね。オレは一か月前まで日本の警察だったんだけど、外国のエフビーアイに入ったんだ。そのの力もあって、いろんな人に頼んだわけ」



「名倉さんもですか?」

「まあ、名倉さんからのお誘いで引き受けたから、その後に無理に指示したけどね」

 何という人なんだ。この人が実は世界から嘱望されている人物だとは……。



「どうして、僕らに対して、更に加勢をしたんですか?」

 伊藤はポケットに手を突っ込んだ。「君たちみたいな、探偵で難事件を解決しているなんて、どんなことを考えるんだろうと思ってね。あかねちゃんは行動が素晴らしいし、真君は突き進むと止まらないよね」

「ハハハ」図星のような気がして、真は思わず苦笑いを見せた。



「それに、オレは神田さんに対して感謝してるんだ。オレが警察学校の時にお世話になった人でね。何度も辞めようとした時に止めてくれた人なんだ」

「神田さんは警察官だったんですか?」真は度肝を抜かれた。

「そうだよ。知らなかったの? 元々警視だったんだ。このまま行けば更に上の階級に上がれる予定だったんだけど、本人が嫌がってね。そのまま警察官を降りたんだ。その理由は知らないけどね」



 神田社長が元警視だったなんて……。天橋出版社ではきっと誰も知らない。闇に葬りたい事情があったのだろうか。

「伊藤さんはどうして、警察官になろうと思ったんですか?」

 すると、伊藤は頭を掻いた。「いやあ、別に大した理由はないんだ。大学時代にラグビー部に入ってたから、それなりにガタイも良かったし、正義感もあったから、当時のコーチに警察官でもなったらどうだ? って冗談で言われたのがきっかけだな」

「それから、昇給されたんですか?」

「まあね。犯罪者に立ち向かうには、まず体格威嚇しないとな」と、伊藤は真に向かってウインクをした。



「ねえ、菅さんも、もしかして、共犯?」あかねは顔を洗ってきて、野口からもらった渇いたタオルを握りしめていた。

「そだよ」伊藤は笑った。「君たちを巻き込んだ人は大勢いるよ」



「あのヤロー」あかねは地団駄を踏んだ。

「悪かったな。野郎で」

 と、姿を見せたのは笑顔を見せた菅だった。

「あ、いたの?」あかねはしれっとした素振りをみせた。

「いたよ。伊藤君からネタ晴らしをするっていわれて、これも持ってきたんだ」



 菅はどこでそんなものを作り込んだんだと思うくらい、木で作られた大きなパネルを掲げた。ドッキリと大きい文字で書かれている。

「アハハハハハ、何それ」あかねはドッキリパネルに指を差す。

「一晩中、作ったんだ。オレの傑作だぞ」

 そう恥じらいを見せる菅に対して、伊藤は少し寂しそうな表情になっていたのを真は見逃さなかった。
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