第18話 二つの理由
文字数 2,735文字
次の朝、真は目が覚めた時に起きるのがつらかった。天気予報を見ると、今日も一日中寒波らしい。寒いのが嫌いな真にとっては外に出た時の風の強さに身に染みていて、小声そうだった。
しかし、早くつむぎの探偵事務所に行きたかった思いもあった。彼女一人にさせるには可哀想だ。
昨夜、つむぎ一人で眠れるのだろうかと不安になって思考を巡らせていたら、今度は自分が眠りに付けなくて、結局眠りについたのは午前の二時ごろだった。
なので、実質四時間ほどでしか寝ていない。しかし、当のあかね本人も、つむぎもあまり熟睡していないだろうと考えを切り替えたら、自分が矢面に立たないと、と内から秘めたエネルギーが活性化した。
真が事務所に入ると、そこには大勢の人がいた。全員スーツなので、一瞬何かの冠婚葬祭ですかと思われるほどだった。
誰だか知らない人たちの中で、つむぎと菅もいた。
「おはよう、真君。昨日はよく眠れたかい?」菅は爽やかな笑顔だったが、目の下にクマが出来ていた。
「まあ、僕は大丈夫です」
「ハハハ」菅は真の背中を叩いた。「すまんが、今日も付き合ってくれ」
真はつむぎを見た。つむぎは真に挨拶をするタイミングを逃したのか、彼に向かって会釈をした。
彼女は無論、今日も私服である。セミロングの髪形に吊り上がった目、鼻筋は通っている。顔もあかねと全く違うが、一番違うのは彼女の持った品性だろう。
つむぎはおしとやかな印象が全面的に出ていて、男性を魅了する力を持っている。しかし、つむぎ本人はどんな男性が好みなのか。今までのやり取りからすると、あまり男性に興味が無さそうだ。
つむぎはタートルネックのセーターを着ている。温かい雰囲気を醸し出しているところがどこか大人っぽく見せようと背筋を伸ばしているように見えて、真は想像すると恥ずかしそうに頭をかいた。
真はつむぎに意識を持って行かれていて、しばらく気が付かなかったが、ようやく、ある人物の存在に気づいて、笑みを失い、目を丸くした。
……あれは、昨日あかねに依頼した証券マンなんじゃないのか。
真が伊藤竜也に近づくと、彼は引きつった笑顔を見せて、「やあ」と、笑った。
「あなたは確か……」
「ああ、すまん。実は、オレは証券マンじゃなくて、刑事なんだ」
「刑事ということは、やっぱりウソをついてたということですか?」
「まあ、そういう事だな」
その一部始終を聞いていたつむぎは首をかしげていた。真はつむぎに言った。
「この方、あかねさんに依頼した証券マンなんですけど、僕らをだましてたんです」
伊藤は右頬を掻いて右上に目をやった。
「いやあ、オレが計画したわけじゃないよ」
「私が計画したんだ」
真は落ち着いた声に、目を向けた。髪は少し品祖になり横に分けて隠そうとしてしていて、背の高さは真とそれほど変わらない。茶色のスーツを着ているからなのか、まだ若いとは思うのだが、どこか貫禄があるようにも見えた。
「計画ということは、この誘拐事件もあなたがやったんですか?」
「これは私じゃない。私が計画したのは伊藤君を証券マンとして、笹井あかねさんに探してもらおうと思ったんだ」
「なぜ、そんなことを?」
「すまない。一週間前に君の会社の神田社長とある場所で、この話になったんだ。すると、社長は最近数々の事件を解決している二人が本当の実力なのか試したいということで、皆さんに協力してもらったんだ」
「皆さんって……」
真は菅を見た。菅は頭を下げた。「申し訳ない。私もその一人だ」
「でも、菅さんは別にこの件に関しては、それほど関与してないと思いますけど……」
「いや、私は昨日つむぎちゃんから言われた、誘拐の件に関して、もしかしたら名倉警視が考えた構成の一つだと思っていたんだ。その為、あんまり公にせずに、昨日は帰ってしまった。本来なら、こういった状況だったら、真っ先に上長に報告しないといけないのだが……」
「それが、してなかったということですか?」
「すまない」
菅は頭を下げた。真は自分に頭を下げても意味がない。つむぎを見ると、彼女もどういった気持ちで接したらいいのか分からなかった。
「それよりも、当の神田はこの事件に関して何と言ってますか?」
真は名倉にスポットを変えた。
「神田社長とは電話がつながらないんだよ。君は会社の人間だから知ってるんじゃないのかい?」
真は首を横に振った。「社長は、今日は出張と聞いているので、天橋出版社には出勤してませんし、電話しても繋がりません」
真は今日の九時頃に、満田部長の方に電話をした。満田は出版社のビルに入る前だったようだ。
真は昨日のことについて話をした後に、問いただすと、
「すまんな。わしも社長に言われてな。事件を解決してる飯野の腕を確かめたいと言われたから、その事を引き受けたんや。最近、オカルトネタもないし、ちょっとは会社に貢献できると思ってな」
「それで、騙したんですか?」
「本当に、申し訳ないな。でも、一番の主犯は社長やで」
そこまで聞くと、真はそれ以上何も言えなかった。どうやら幸恵が通っていたネジ工場はもちろん、町内会でも昨日は、幸恵は失踪したという話を作ってもらっていたらしい。何故に、そこまでするのか……。
主犯の神田に電話をしても、繋がらない。そもそも真は入社して一年半経つが、神田と対面で話したことは指折り数えるほどのことでしかない。
「神田社長も忙しいのは分かるが、それほど大きな会社じゃないんだから、社員の電話くらい取ったらいいのにな」
名倉は後頭部を掻いた。「とにかく、この事件は別の問題だ。この子が言うには、身代金の要求で、二日後に電話をするという話で終わっている。予定が変わることは十分あるから、今日から私たちが事件解決のために見張ってる」と、名倉は椅子に座っているつむぎを見ていた。
彼女は客席に使われている黒いソファに座っていた。その前には充電式のコードレスの受話器が置かれている。電源コードが別のコンセントに差さっていた。
伊藤は隣に座っていた。髪型は七三分けをして、そこにムースを付けて無駄につやを出して、首が見えるほどの髪の長さ、髪の色は金髪にして、いかにも刑事らしくない。人気のあるホストのようだ。彼は足を組んで、つむぎに対して話しかけている。一方のつむぎは愛想笑いを見せている。
真は何だかつむぎか可哀想に思えた。あかねが消息不明なのに、それをさせた伊藤の話に付き合っている。この伊藤は罪悪感が無いのか。
そんな時、つむぎの携帯に電話が鳴りだした。つむぎは明らかに身体が飛び出すようにビクッとしていた。
相手の名前はお姉ちゃん――あかねだった。思わずつむぎは息を呑む。
しかし、早くつむぎの探偵事務所に行きたかった思いもあった。彼女一人にさせるには可哀想だ。
昨夜、つむぎ一人で眠れるのだろうかと不安になって思考を巡らせていたら、今度は自分が眠りに付けなくて、結局眠りについたのは午前の二時ごろだった。
なので、実質四時間ほどでしか寝ていない。しかし、当のあかね本人も、つむぎもあまり熟睡していないだろうと考えを切り替えたら、自分が矢面に立たないと、と内から秘めたエネルギーが活性化した。
真が事務所に入ると、そこには大勢の人がいた。全員スーツなので、一瞬何かの冠婚葬祭ですかと思われるほどだった。
誰だか知らない人たちの中で、つむぎと菅もいた。
「おはよう、真君。昨日はよく眠れたかい?」菅は爽やかな笑顔だったが、目の下にクマが出来ていた。
「まあ、僕は大丈夫です」
「ハハハ」菅は真の背中を叩いた。「すまんが、今日も付き合ってくれ」
真はつむぎを見た。つむぎは真に挨拶をするタイミングを逃したのか、彼に向かって会釈をした。
彼女は無論、今日も私服である。セミロングの髪形に吊り上がった目、鼻筋は通っている。顔もあかねと全く違うが、一番違うのは彼女の持った品性だろう。
つむぎはおしとやかな印象が全面的に出ていて、男性を魅了する力を持っている。しかし、つむぎ本人はどんな男性が好みなのか。今までのやり取りからすると、あまり男性に興味が無さそうだ。
つむぎはタートルネックのセーターを着ている。温かい雰囲気を醸し出しているところがどこか大人っぽく見せようと背筋を伸ばしているように見えて、真は想像すると恥ずかしそうに頭をかいた。
真はつむぎに意識を持って行かれていて、しばらく気が付かなかったが、ようやく、ある人物の存在に気づいて、笑みを失い、目を丸くした。
……あれは、昨日あかねに依頼した証券マンなんじゃないのか。
真が伊藤竜也に近づくと、彼は引きつった笑顔を見せて、「やあ」と、笑った。
「あなたは確か……」
「ああ、すまん。実は、オレは証券マンじゃなくて、刑事なんだ」
「刑事ということは、やっぱりウソをついてたということですか?」
「まあ、そういう事だな」
その一部始終を聞いていたつむぎは首をかしげていた。真はつむぎに言った。
「この方、あかねさんに依頼した証券マンなんですけど、僕らをだましてたんです」
伊藤は右頬を掻いて右上に目をやった。
「いやあ、オレが計画したわけじゃないよ」
「私が計画したんだ」
真は落ち着いた声に、目を向けた。髪は少し品祖になり横に分けて隠そうとしてしていて、背の高さは真とそれほど変わらない。茶色のスーツを着ているからなのか、まだ若いとは思うのだが、どこか貫禄があるようにも見えた。
「計画ということは、この誘拐事件もあなたがやったんですか?」
「これは私じゃない。私が計画したのは伊藤君を証券マンとして、笹井あかねさんに探してもらおうと思ったんだ」
「なぜ、そんなことを?」
「すまない。一週間前に君の会社の神田社長とある場所で、この話になったんだ。すると、社長は最近数々の事件を解決している二人が本当の実力なのか試したいということで、皆さんに協力してもらったんだ」
「皆さんって……」
真は菅を見た。菅は頭を下げた。「申し訳ない。私もその一人だ」
「でも、菅さんは別にこの件に関しては、それほど関与してないと思いますけど……」
「いや、私は昨日つむぎちゃんから言われた、誘拐の件に関して、もしかしたら名倉警視が考えた構成の一つだと思っていたんだ。その為、あんまり公にせずに、昨日は帰ってしまった。本来なら、こういった状況だったら、真っ先に上長に報告しないといけないのだが……」
「それが、してなかったということですか?」
「すまない」
菅は頭を下げた。真は自分に頭を下げても意味がない。つむぎを見ると、彼女もどういった気持ちで接したらいいのか分からなかった。
「それよりも、当の神田はこの事件に関して何と言ってますか?」
真は名倉にスポットを変えた。
「神田社長とは電話がつながらないんだよ。君は会社の人間だから知ってるんじゃないのかい?」
真は首を横に振った。「社長は、今日は出張と聞いているので、天橋出版社には出勤してませんし、電話しても繋がりません」
真は今日の九時頃に、満田部長の方に電話をした。満田は出版社のビルに入る前だったようだ。
真は昨日のことについて話をした後に、問いただすと、
「すまんな。わしも社長に言われてな。事件を解決してる飯野の腕を確かめたいと言われたから、その事を引き受けたんや。最近、オカルトネタもないし、ちょっとは会社に貢献できると思ってな」
「それで、騙したんですか?」
「本当に、申し訳ないな。でも、一番の主犯は社長やで」
そこまで聞くと、真はそれ以上何も言えなかった。どうやら幸恵が通っていたネジ工場はもちろん、町内会でも昨日は、幸恵は失踪したという話を作ってもらっていたらしい。何故に、そこまでするのか……。
主犯の神田に電話をしても、繋がらない。そもそも真は入社して一年半経つが、神田と対面で話したことは指折り数えるほどのことでしかない。
「神田社長も忙しいのは分かるが、それほど大きな会社じゃないんだから、社員の電話くらい取ったらいいのにな」
名倉は後頭部を掻いた。「とにかく、この事件は別の問題だ。この子が言うには、身代金の要求で、二日後に電話をするという話で終わっている。予定が変わることは十分あるから、今日から私たちが事件解決のために見張ってる」と、名倉は椅子に座っているつむぎを見ていた。
彼女は客席に使われている黒いソファに座っていた。その前には充電式のコードレスの受話器が置かれている。電源コードが別のコンセントに差さっていた。
伊藤は隣に座っていた。髪型は七三分けをして、そこにムースを付けて無駄につやを出して、首が見えるほどの髪の長さ、髪の色は金髪にして、いかにも刑事らしくない。人気のあるホストのようだ。彼は足を組んで、つむぎに対して話しかけている。一方のつむぎは愛想笑いを見せている。
真は何だかつむぎか可哀想に思えた。あかねが消息不明なのに、それをさせた伊藤の話に付き合っている。この伊藤は罪悪感が無いのか。
そんな時、つむぎの携帯に電話が鳴りだした。つむぎは明らかに身体が飛び出すようにビクッとしていた。
相手の名前はお姉ちゃん――あかねだった。思わずつむぎは息を呑む。