第10話加見の森の夕焼け
文字数 675文字
でも、少しずつ、ほんの少しずつ、目に見えないほどゆっくり快方に向かっていて、誰もが希望を感じはじめていた。
加見ノ森の中でも、シズたちの預かりしらぬところで、変化が起こっていた。
秋の収穫がままならなかったので、冬越しは厳しかったが、村人は少ない食べ物を分け合って過ごした。
シズは変わらずに、毎日、神社の拝殿に礼拝して、変若水をいただいたことへの感謝と、病人の回復を祈った。
たまには小麦団子をお供えする日もあって、その日は物が食べられるようになった父親と一緒に、シズも食べた。
そして、春。
加見ノ森では、切り株から生えてきた若芽は、誰も知らないところで、シズの背丈ほどに育っていた。
伐られてしまった木は元にはもどらないが、新しい芽が育って、数百年か、数万年かののちには、元通りになるだろう。
病人たちも、しだいに丈夫になってきた。
暖かい日にはゆっくり歩いて
季節は巡り、ある日の夕暮れ、母親が作った小麦粉団子を森守神社にお供えしての帰り道、シズはまた加見ノ森上空の不思議な光景を目にすることができた。
赤く染まった空に黒い裂け目が浮かび上がり、内側に牙のような鋭い刃が見えた。
刃が黒い靄のようなケガレを噛み砕くと、ケガレは粉々になり、白い光になって散って行った。
静は夕焼けが消えて、あたりが暗くなるまで、ずっとその光景を眺めていた。
(終)