5 坂木の決心

文字数 4,224文字

 坂木から蒼井が無事であり、ツグを救いに向かったという報告を受け、早坂はほっと胸をなでおろした。早坂、青年ロイ、彼が共に施設で育った仲間であるという青年ショウと少女メイの四人は、共に坂木へと合流すべく上空を移動する車で向かっていた。坂木が共有した位置情報は、今のところ倉庫内を動き続けている。

 車は自動運転となっており、二人掛けの席が向かい合って設置されている。向かいに座っている青年ロイは、工業地帯の向こう側の世界を、ヘリコプターの窓から物珍しそうに眺めていた。しかし、眼下に広がる景色は、とても美しい光景とは言えなかった。

「あなたたちが住む街は、道路だったり建物が整備されてて、きれいなんですね。」
 青年はポツリとそう言った。青年は、いかに自分の街に何もないか、街の子供たちが外の世界を何もしらないかを語った。

「僕は、10歳の時に、自分の育ての親が委員会に連れていかれたんです。その後すぐに彼らの後を追った僕は、始めて委員会の存在を知った。どれだけ委員会に大人たちが連れていかれようと、町の子供たちはどうしたらいいかわからなかったんです。僕が慕っていた町のリーダーである兄貴分も、二十歳の時に連れていかれました。僕にはもう家族はいないんです。」

 早坂が19年間生きてきて知ることのなかった工場の向こう側の地域では、普通の生活もままならない子供たちがただ自分の連れていかれる番が来るのを待っていた。委員会の働いた悪事は、既に取り返しのつかないところまで到達していた。政治が行き届かないところでは人が殺され、政治が行き届いていても、その勢力を制圧して更にその上で権力を施行した。政界の要人たちは、恐らくどれほど恐ろしいことが起きているかを知らなかった。

―待てよ。もしかしたら、総理や公安委員会に委員会の様子を見せれば、動いてくれるかもしれない。

「ロイ、頼みがあるんだけど。君たちの味方は、どれくらいいる?作戦があるんだけど…。」

 早坂の作戦はこうだった。青年が抱える組織のメンバーはおよそ20人ほどいた。現在早坂と青年と共に倉庫へ向かっているメンバーは10人で、それぞれが倉庫に侵入し、とらえられている参加者たちを解放する。あとの10人は二手に分かれ、5人が解放された参加者たちの介抱を行い、残りの5人はカメラで倉庫の様子を放映する役割と、民間放送をハイジャックして現場の様子を政界の要人に知らせる役割に分担する。子供たちの年齢はバラバラだったが、皆ロボットの扱いに長けた精鋭達だったため、実行に問題はないように思えた。

 その作戦を聞くと、青年はすぐにトランシーバのような機械を使い、メンバー全員にその内容を伝えた。同じく車内にいるショウとメイが、カメラで放映する役割を担うことにした。
 サヤカの存在が気になっていた早坂は、まだ外の景色を眺めている青年に尋ねた。

「君は、どうやってサヤカを見つけたの。サヤカが目覚めたときには、君が既に待っていたって言ってたけど。」
「ああ、その話ですか。確かに、お伝えしてなかったですね。」
青年はそう言うと、改まったように軽く咳ばらいをし、少し顔を近づけた。
「僕は、彼女を買ったんです。」
その言葉を聞いた瞬間、さっと血の気が引いた。青年はつづけた。
「僕がこっちの世界と連絡を取るためには、どうしても仲介役が必要でした。僕は自分の町の子供たちを守るのに精一杯でしたから、〈指導者〉を探す足となってくれる人が必要だったんですよ。」
「買うって、君はまだ子供だろう。そんなことができるはずがないじゃないか。」
「できますよ。前も言いましたが、僕の組織は一部の大人達から熱烈な支援を受けているんです。今回、倉庫の映像を流すことができるのも、主要な人たちを抑えているからですからね。」
「じゃあ君たちはその大人から〈蘇生組〉の情報や購入のお金を援助してもらったのか。」
「ええ、そうですよ。しかも今回、サヤカは生前の記憶を消されていると前々から聞いていたので、それはむしろ好都合でした。僕が指示をすれば、何のしがらみもなく素直に言うことを聞いてくれるでしょうから。おかげで、あなたに会えました。」
記憶が無くなっていたのではなく、誰かに消された?この青年は、一体どうやってその情報を手に入れたのだろうか。
「僕も、若い彼女にこのような役割を担わせたことを、良いことには思っていませんよ。僕の町のみんなを守るために、仕方がないことだったんです。」

青年はそう言うと、唇をかみしめた。

 まもなく、早坂と青年たちを乗せた車が、倉庫に到着しようとしていた。坂木からの位置情報を見ると、一点で止まっていた。今頃、無事ツグに会えたのかもしれない。そう考えているうちに、早坂達を乗せた車は徐々に下降し、倉庫の入り口へ付けた。地上を移動していた子供たちも同時に到着し、ロボットを駆使しながら、見る見るうちに見張りの人型ロボットを倒していく。
地上に降り立った早坂は、見る目を疑った。列をなした参加者たちが両手を拘束され、ロボットたちに中に案内されて入っていく。逃亡を企てる者も何人もいたが、すぐに捕まり、また連れ戻される。

「僕は放映班の様子を見てきますから、後で合流します。」

 青年は早坂を降ろすと、また次の場所へと向かっていった。早坂と、カメラ班の二人は倉庫の中に入っていった。すると、機材の準備を整えた二人が小型のカメラを回しはじめた。坂木のいる位置は、さっきから変わっていない。慎重に倉庫の中を進んでいくと、不思議と、早坂のいる倉庫には捕らわれた参加者どころか、人がいる様子が全くない。

―妙に静かだな…。もう別の部屋に運び込まれたのか?

更に進んでいくと、坂木のいる場所まであともう少しのところで、重厚な鉄の扉が見えた。坂木は、この中にいる。次の瞬間、突然扉が開き、二体のロボットが銃のような武器を持って中から出てきた。開いた扉の中には、白い羽のようなものが舞っている。三人はそのすきを狙って中に侵入した。
 中に、こちらに背を向けて座り込んだ坂木の姿が見えた。
「牧人!」
返事がない。
「おい、牧人大丈夫か?」
早坂は近づいて坂木の様子を確かめた。見ると、坂木は、呆然と一点を見つめている。
「ハハ。もう何もかも終わりだ。」
坂木はそう言って力なく笑った。まさか、ツグを救えなかったのだろうか。
「あいつら、動物はみんな皆殺しにしたんだ。みんな生きたまま燃やされた。ランクなんて嘘だった。」
「噓だろ…。ツグがやられたのか?」
「あいつ、一人で寂しくて、熱くて、苦しかっただろうな…。ほんとうにごめんな…。」
その間も、二人はカメラを回し続けていた。今頃、このあまりに凄惨な現実を、全国民が目撃しているのだろうか。
「…。俺がこのままアイツのすきにはさせない。だけど、そのためには牧人の力も借りたいんだ。立てるか?」
「もう俺は役に立たねえよ。一人で行ってくれ。みんなを救うのが〈指導者〉の役目だろ。」
「牧人、何を言ってるんだよ。」
「分かんねえのか。俺はもう疲れたんだよ。ランクが何だか知らねえ、そんなの申し込んだ奴らがついてなかっただけだ。俺はもう戦うのを辞める。頼むから、放っておいてくれ。」
早坂は返す言葉がなかった。自分が一番大事にしていたものを失って、坂木は完全に無気力になっていた。早坂が5年前に親友を失ったときも、同じような状態に陥ったことがあった。悔しいが、今は坂木の言う通りにするしかないのか。
「牧人…。お前にも来てほしかった。」
早坂がそう言って坂木に背中を向けたその時だった。坂木のトラッカーが鳴った。
「坂木君、あまり長くは話せないから注意して聞いてほしい。私は今、委員会が所有しているビルの50階にいる。岩淵も一緒だ。だが、彼は君の友達の早坂徹君の父親、早坂充を捉えている。私がなんとか彼を救い出すが、伊高が君たちに攻撃を仕掛けるのも時間の問題だろう。それまでに、何とかみんなを救い出してくれ。」
「今のは、浅川教授? 父さんと一緒にいるのか!?」

「なんだ…。教授、頑張ってるじゃん。」

 そう言うと、坂木は自分が浅川教授とここへ来る途中に出会い、伊高の情報をつかむためにSランクの参加者の会場へ忍び込んでいることを早坂に伝えた。浅川教授は、父親を何とか救い出す、と言っていたが、不安が残る。その様子を察したのか、坂木が早坂に話しかけた。

「教授がもう家を出ようって時、教授のことを追っかけてきた奥さんが車に跳ねられて大けがしたんだよ。それで今は心入れ替えて頑張ってるんだ。だから早坂の親父も、きっと大丈夫だ。」

「わかった。教授を信じよう。とにかく今は、蒼井のところに急ぎたい。牧人、手を貸してくれる?」
早坂はそう言って坂木に手を差し伸べた。
坂木は黙ってその手を取った。

 自分たちを救出しに来た坂木と再会した時、蒼井は既に待機部屋へ運び込まれるところだった。何百、何千という数のカプセルが収容できそうな大部屋に、横にいくつも連なるカプセルが、機械的に運び込まれていく。蒼井が運び込まれた先は、側面の壁の高い位置に窓がついており、かろうじて光が差し込んでいるが、室内はかなり暗かった。
 完全に静寂に包まれた室内に、参加者たちは取り残されていた。カプセルの中では、自分の心臓の音が不快なほどはっきり聞こえた。
―坂木君は今頃、無事ツグを救えたかな。
 坂木が到着する少し前に、Eランクの参加者の処理が開始されると言っていたが、動物たちも同じ扱いを受けるのであろうか。蒼井は先ほど、倉庫に入る前にみた、ケージに入れられた動物達のことが気がかりだった。彼らは、自分達とは違う場所へ運び込まれているように見えた。
 突然、女性の悲鳴が聞こえた気がした。カプセル内にまで聞こえてくるのだから、相当な大きさである。まさか、隣でEランクの処理がもう始まっている?今度は男性が叫ぶ声が聞こえる。耳をふさぎたくても、ふさぐことができない。隣のカプセルに入っている男性にも聞こえているのか、気がおかしくなったかのように身をばたつかせている。

―もう間に合わなかったのかな。

蒼井が思ったその時だった。誰かが部屋の重い扉を開けた。

―良かった。きっと助けがきたんだ。

「Bランクの皆様に残念なお知らせがあります。皆さまの脳内データ処理の順序が早まりました。今から施術部屋に皆さまをお運びいたします。」
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登場人物紹介

早坂徹(はやさか とおる)・・・この物語の主人公。19歳のAIENS(人工知能と人類の調停役となる人材の養成校)に通う全国トップレベルの秀才。


蒼井奏(あおい かなで)・・・早坂の高校時代からの同級生。空手の日本代表選手で、運動神経が良い。


坂木牧人(さかき まきと)・・・早坂の友人。飼い猫「ツグ」をこよなく愛す。


伊高正則(いだか まさのり)・・・「人工知能と人類の共生委員会」委員長。5年前に脳内データとして復活した。


浅川海晴(あさかわ うみはる)・・・AIENSの講師。


早坂充(はやさか みつる)・・・早坂徹の父親。元「人工知能と人類の共生委員会」メンバー。


サヤカ・・・AIENSに一学期の途中から編入をしてきた謎の女の子。


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