7 サヤカの真相
文字数 2,478文字
坂木達と出かけてから一週間が経ち、AIデザイン方法論の試験の第二部のロボット開発課題の中間発表会が行われた。皆思い思いの家庭用AIロボットを自作していたが、その中に課題を発表することができなかった生徒が二人いた。浅川教授が二人の名前を呼びあげると、早坂と坂木は思わず顔を見合わせた。
「蒼井さんとサヤカさんは、発表ができないということでいいですね。」
「待ってくれよ、何かの間違いじゃ…。」
坂木が思わず浅川教授を制する。蒼井は今日も学校には来ていなかった。サヤカは、だまって席に座っている。
「坂木君、落ち着いてください。とにかく、二人とも今の段階で一切進捗がないということは、本当にまずいですよ。あと二週間で間に合わなければ、進級はできませんよ。」
早坂が、サヤカが座っている席にあるテーブルを見ると、確かに何も置かれていなかった。サヤカは、毎日学校に来ていたのではなかったのだろうか?その間、一体何をしていたのか?
「オイ、早坂、この前蒼井に会って話したんじゃなかったのか?蒼井はなんて言っていたんだ?」
坂木の慌てぶりに、早坂は身を一歩引いた。
「こ、この前は、自分の時間が必要だって…。」
「なんだよそれ、おい、あいつマジで進級できないんじゃねえのか?しょうがねえ、こうなったら俺があと二週間でアイツの分まで作ってやる。お前は、そこのサヤカに何とか言ってやれよ。」
まさか、蒼井が課題に一切取り組んでいないことなど想像もつかなかった。ここまでくると、物理的に、学校に来れない理由や課題に取り組めない理由があるのかもしれない。
蒼井のことを案じつつ、早坂は、坂木に言われた通り、サヤカに話しかけた。
「サヤカは課題、やってないの? 勉強難しかったら、俺教えるから相談してくればよかったのに。とにかく、あと二週間で間に合わせようよ。」
「ごめん…。無理なの。」
「無理って何が?」
「やっぱり、私はこの学校を去らなきゃいけないことになったの。」
その言葉を聞いた瞬間、早坂の脳内に嫌な予感がよぎった。
―やはり、サヤカは普通の学生ではないのか?
「急にどうして…。」
「用事ができたの。」
「用事って…。君はこの学校に来た目的が、学生生活を送るためっていったじゃないか。」
サヤカは、それを聞くとうつむいた。
「初めは、普通の学生みたいに、ここで勉強をすることが目的だった。」
「初めは…?」
「だけど、私にはもうそれができないって気づいたの。」
「まさか、他に目的があったのか?」
「私はその答えを持っていないの。」
早坂の頭は混乱した。
「でも君が、この学校に入るって決めたんだよね。」
「それは、私じゃないの。私は、〈保護者(プロテクター)〉の言うことに従っているの。前も言ったように、私が〈蘇生組(リターニー)〉になることを決めたんじゃない。この時代に目覚めた時には、前の私の存在についての記憶はもうなかった。名前すら覚えていなかった私は、〈保護者(プロテクター)〉にサヤカという名前を付けられたの。」
サヤカは、淡々と早口に話した。
「〈保護者(プロテクター)〉って、君の両親のこと?」
「違う。私が目覚めたとき、私の家族はもうそこにはいなかった。知らない人は自分を私の〈保護者(プロテクター)〉と呼んでいて、私を助ける代わりにある約束をしてほしい、と声をかけてきた。一人になった私は、〈保護者(プロテクター)〉の言うことを聞くしかなかった。」
「それじゃあ君は約束を果たすために、何校も学校を変えてまでここにたどり着いたのか?」
数秒間の沈黙の後に、サヤカが黙って頷いた。
予想外の答えに、早坂の頭の中には疑念が渦巻いていた。
―「約束」とは何のことを指すのだろう。身寄りのないサヤカを引き取ったという人物は、この学校にサヤカを通わせて、何をしようとしていたのだろう。
「その約束って一体何?」
「時期に、時が満ちる。その時に、早坂君にもわかる。」
「…俺にも?」
早坂は坂木と顔を見合わせた。坂木も会話の一部始終を聞いており、理解が追い付いていない様子だった。
「なあ、サヤカはもうここへは来ないのか?」
「それはわからない。だけど、二人にはお礼を言いたいの。この学校に来た時、一瞬だけ、また新たな人生が始まるって思った。うれしかった。二人は本当に優しくて、初めて、友達ができた。本当に本当にありがとう。私も、できることなら、普通の学生でいたかったな。」
サヤカは、そこまで言うと両手のこぶしをぎゅっと握り締めた。
「でも、私はやっぱり普通の人間じゃない。私は、昔の私を知らない。私には、両親もいないし、記憶もない。だから、私は〈保護者(プロテクター)〉の言うことを聞くしかないの。急にいなくなることになってごめんね。」
サヤカは誰かに強制的に〈蘇生組(リターニー)〉にさせられた。サヤカが〈保護者(プロテクター)〉と呼ぶ人物は、いったい誰なのだろう。サヤカに支持を与えて、何をする気なのだろう。いくら記憶がないとはいえ、早坂と同じ学生でありながら、〈蘇生組(リターニー)〉であるサヤカは、まるでそこに自分の意思がないかのように、全てを諦めているように見えた。
「サヤカさん、課題はどうしますか。」
「教授、ごめんなさい。私、今日でこの学校を退学することにしました。今までお世話になりました。」
「退学…?いきなり何を言っているんですか…?」
「教授、聞かないであげてくれ。」
坂木はそう言って浅川教授を止めた。浅川教授は本当に困惑しているようだったが、しぶしぶ追求するのをやめた。サヤカは、教室の皆が、何が起きたのかと見守る中、教室を出て行ってしまった。
「マジでいっちまったのか…?」
「俺は、まだ会える気がする。だけど次会うときは、それが良い理由じゃない気がするんだ。」
早坂は、去っていくサヤカの後ろ姿を見つめ、そうつぶやいた。
「…。それでは君たち、蒼井さんの様子を確認してくれますか。」
「教授、言われなくてもわかっています。」
―蒼井、本当に何があったんだ?蒼井もこの学校をやめるつもりなのか?
早坂は胸騒ぎがしていた。