6 国民に告ぐ
文字数 3,379文字
「私にやらせてください。」
岩淵が群衆に早坂のとどめをさすように呼びかけ、名乗りを上げたのは浅川教授だった。
「浅川教授…。なぜ…?」
ジャケットを脱ぎ棄て、腕まくりをした浅川教授が近づいてくる。
「なんと興味深い…。同じ学校で働いていながら、仲違いが起きていたとは見ものですねえ。」
伊高がまるで感動したように声を上げる。浅川は全くひるまず、ロボットが作った簡易闘技場の中に入った。早坂の右腕からは血がしたたり落ち続けている。足元はふらついていたが、まだかろうじて立っていられる気力は残っていた。
「早坂君とこうやって対峙できる日が来るとはねえ。」
浅川は口元に微笑を浮かべていた。
浅川教授に向かいあって立ち、早坂は浅川をAIENSへ招いたときのことを思い出していた。浅川は子供が好きで、純粋に教鞭をとれることを光栄に思っていると言っており、自分に個人的な恨みを抱いているとは思えなかった。ただ、全国に数十人しか招かれないSランクで指名がかかった浅川は伊高にかなり気に入られているようで、委員会時代の自分を見ているようだった。早坂はその時ふと、もしかしたらこの男は、初代の委員会創立メンバーに呼ばれなかったことに恨みを思っているのかもしれないと思った。
「君から来ないのなら、私から遠慮なくいかせてもらうよ!」
そう言って、浅川が思いっきり殴りかかってきた。容赦のない一徹が、早坂の横顔をかすめる。歓声がいっそう大きくなった。
「なぜ…。」
早坂は全神経を集中させて次の攻撃に備えたが、前の戦いで受けたダメージと疲労から肩で息をしていた。浅川はひるむことなく、再び襲い掛かってくる。今度は右の拳が早坂の左肩をかすめた。その時だった。
『早坂君』
耳元にささやき声を聞いた気がした。驚いて浅川を見たが、表情一つ変わっていない。
きっとあまりの疲労から幻聴を聞いたのだろう。浅川教授は再び間を詰め、殴りかかる。
『私のジャケットをとって、止血しなさい。』
今度は、浅川教授がはっきりそう言ったのが聞こえた。浅川は、早坂に指示を与えていた。咄嗟に浅川が脱ぎ捨てたジャケットを拾い上げ、素早く流血が止まらない右腕に巻いた。聴衆の声が歓声からどよめきに変わった。
―浅川教授は、なぜ自分を助けるような指示を?伊高に取り入っているのではなかったのだろうか?
今度は、浅川は早坂の腹をめがけて思いっきりパンチをしてきた。今回はしっかりと早坂の拳が食い込む。鋭い痛みに顔をゆがめると、浅川はまた何かをささやいた。
『黙って聞きなさい。今君の息子達が参加者の救出にあたっている。』
浅川は加減一つせず、表情一つかえずそうささやいた。やはり浅川は自分の味方をしていた。それから、浅川は間合いを詰める度に早坂に少しずつ外の情報を与えていった。観客は未だこのことに気付く様子がない。だが、伊高は違った。
「早坂君、まだ立っていられましたか…。結構持つんですね。」
伊高は、早坂が受けているダメージに対してまだ体力が残っていることを少し疑問に感じ始めていた。
「ああ、そうだ。良いことを思いつきました。そこのあなた、彼の体が動かないように押さえてください。」
浅川がそう支持を出すと、近くにいた人型ロボットが浅川の両肩を腕で抑え込んだ。
「さあ、浅川教授、これでとどめをさせるでしょう。」
この状況では、おそらく浅川は加減ができない。次の攻撃が何であれ、既に限界を迎えていた早坂は、一撃を食らった瞬間に気を失ってしまうだろう。気を失えば、伊高が早坂の脳に何をするかわからない。浅川の表情にも少し焦りが見えた。彼がこの状況を想定していたとは思えなかった。
―遂に自分もこれまでか。
浅川が大きく息を切らし、思いっきり殴りかかってきた。早坂は歯を食いしばり、目をつぶり、覚悟をした。その時だった。
いきなり、天井の明かりが消えた。
と同時に、巨大なスクリーンがその場にいる参加者たちの目の前に降りてきた。幕が下り切ったと思うと、映像が流れ始めた。
「何ですか…これは?」
目の前のショーを中断された伊高が、怒りに満ちた声をもらす。
映像は、倉庫内の中継だった。カメラが、何百、何千とも言える数の大量のカプセルを映し出す。等間隔で並んだカプセルには小さな窓がついており、その中に一人一人参加者が収容されている。遠くで、悲鳴のような人間の声と大きな機械音が聞こえる。
カメラワークがだんだんと声のする方向へ移動していく。
次の瞬間、誰もが目をそむけたくなるような光景が映し出された。
手と足を拘束された一人の女性が、二体のロボットによりカプセルから取り出され、施術台に移動させられる。女性がどんなにばたつこうとも、手足を拘束している錠は固く、びくともしない。施術台で仰向けに固定された女性は、声の限りずっと叫び続けている。
―ヤダ、ヤダ、ヤダ、やめて! やめて!
無表情の二体のロボットのうち一体が女性の頭を固定し、もう一体が鋭いメスを取り出す。次の瞬間、耳をふさぎたくなるような断末魔の喘ぎ声が聞こえたかと思うと、一体のロボットがプシュッ、と一切り、女性の額にメスを当て頭頂部を切り裂いた。脳を切り裂かれた女性は瞬時にしてこときれた。
その映像を見ていた会場のSランクの参加者の中には、嘔吐や失神をするものが何名も現れた。
脳を取り出したロボットは、両手で脳みそを照明にかざすように掲げて眺め、すぐに隣にあるケージに捨て去った。次の瞬間、カメラのフォーカスが施術台から離れ、また並んだカプセルをとらえたかと思うと、カプセルの横を駆け抜ける大量の動物型ロボットたちを映し出した。カメラは180度回転し、今度は人の姿をとらえた。それは、早坂も浅川も良く知る人物だった。
「徹。」「早坂君。」
早坂と浅川の声が重なった。だが、早坂徹の表情は、今まで二人が見てきたいつもの冷静な様子とはまるで異なっていた。目元が腫れあがり、両目が血走っている。
「今、あなたたたちが見たのは、全部今本当に起きていることだ。ここに捕らわれているプロジェクトの参加者は全員Eランクの参加者で、真っ先に消去の対象になった。」
坂木は、そこで一旦間を置いた。
「いや…違う…。ランクと言っておきながら、動物は即皆殺しになった。」
早坂の声が震え、両目から涙が零れ落ちた。
「これが委員会が平気で何万人もの参加者にやろうとしていることなんだ。委員会がやっていることは俺らの人権のはく奪と、大量殺戮にすぎない。
これを見ているあなたたちの中には、家族や友人がロボットに連行されたやつもいるだろう。プロジェクトに参加しなかったからといってこの現状を知ろうとすらしない人達すらいるだろう。だけど、本当にそれでいいのか。」
次の瞬間、カメラは倉庫前に大量に押し寄せた群衆を映し出した。皆それぞれ武器を持っており、乗り込もうとしているが、大量のロボットに抑え込まれ、中に入れないでいた。怒号と悲鳴、泣き声が響き渡っている。再びカメラは早坂を映し出した。
「委員会の奴らは、あなたたちに真実を知る権利すらはく奪した。だから、今あなたたちは何が起きているかを知る必要がある。そうじゃないのか?俺は、特に政界の方々に言いたい。今、あなたたちが守るべき国民が連行され、無残に殺されている。それをどうして野放しにして、自分の身を守ることばかり考えているのか。」
それを聞いたSランクの参加者は、こぶしを握り締めた。決して殺されることのない自分達は、それ以外のランクの参加者が置かれている状況を知ろうとしなかったことを恥じた。
「これを見て、俺らの力になってくれるなら、ここへ来て一緒に戦ってほしい。命を懸けて戦っている仲間が、ここにはいるんだ。」
中継はそこで終了した。
―徹。
早坂充は、流れた映像を見て、床に涙をこぼした。
―全ては15年前、自分が伊高の計画を止めることができていたら。結局自分は何をすることもできなかった。
だが、息子はあんなにも立派に成長した。峰子や俺が今までしてきたことは間違ってはいなかった。息子は今、全国の国民を味方につけ、委員会に立ち向かおうとしている。
「早坂君。君の息子は、〈救世主〉となるかもしれない。彼が中心となっているから、仲間が自然と集まっていくんだ。」
浅川は早坂に力強くそう話しかけた。早坂は強く頷いた。
岩淵が群衆に早坂のとどめをさすように呼びかけ、名乗りを上げたのは浅川教授だった。
「浅川教授…。なぜ…?」
ジャケットを脱ぎ棄て、腕まくりをした浅川教授が近づいてくる。
「なんと興味深い…。同じ学校で働いていながら、仲違いが起きていたとは見ものですねえ。」
伊高がまるで感動したように声を上げる。浅川は全くひるまず、ロボットが作った簡易闘技場の中に入った。早坂の右腕からは血がしたたり落ち続けている。足元はふらついていたが、まだかろうじて立っていられる気力は残っていた。
「早坂君とこうやって対峙できる日が来るとはねえ。」
浅川は口元に微笑を浮かべていた。
浅川教授に向かいあって立ち、早坂は浅川をAIENSへ招いたときのことを思い出していた。浅川は子供が好きで、純粋に教鞭をとれることを光栄に思っていると言っており、自分に個人的な恨みを抱いているとは思えなかった。ただ、全国に数十人しか招かれないSランクで指名がかかった浅川は伊高にかなり気に入られているようで、委員会時代の自分を見ているようだった。早坂はその時ふと、もしかしたらこの男は、初代の委員会創立メンバーに呼ばれなかったことに恨みを思っているのかもしれないと思った。
「君から来ないのなら、私から遠慮なくいかせてもらうよ!」
そう言って、浅川が思いっきり殴りかかってきた。容赦のない一徹が、早坂の横顔をかすめる。歓声がいっそう大きくなった。
「なぜ…。」
早坂は全神経を集中させて次の攻撃に備えたが、前の戦いで受けたダメージと疲労から肩で息をしていた。浅川はひるむことなく、再び襲い掛かってくる。今度は右の拳が早坂の左肩をかすめた。その時だった。
『早坂君』
耳元にささやき声を聞いた気がした。驚いて浅川を見たが、表情一つ変わっていない。
きっとあまりの疲労から幻聴を聞いたのだろう。浅川教授は再び間を詰め、殴りかかる。
『私のジャケットをとって、止血しなさい。』
今度は、浅川教授がはっきりそう言ったのが聞こえた。浅川は、早坂に指示を与えていた。咄嗟に浅川が脱ぎ捨てたジャケットを拾い上げ、素早く流血が止まらない右腕に巻いた。聴衆の声が歓声からどよめきに変わった。
―浅川教授は、なぜ自分を助けるような指示を?伊高に取り入っているのではなかったのだろうか?
今度は、浅川は早坂の腹をめがけて思いっきりパンチをしてきた。今回はしっかりと早坂の拳が食い込む。鋭い痛みに顔をゆがめると、浅川はまた何かをささやいた。
『黙って聞きなさい。今君の息子達が参加者の救出にあたっている。』
浅川は加減一つせず、表情一つかえずそうささやいた。やはり浅川は自分の味方をしていた。それから、浅川は間合いを詰める度に早坂に少しずつ外の情報を与えていった。観客は未だこのことに気付く様子がない。だが、伊高は違った。
「早坂君、まだ立っていられましたか…。結構持つんですね。」
伊高は、早坂が受けているダメージに対してまだ体力が残っていることを少し疑問に感じ始めていた。
「ああ、そうだ。良いことを思いつきました。そこのあなた、彼の体が動かないように押さえてください。」
浅川がそう支持を出すと、近くにいた人型ロボットが浅川の両肩を腕で抑え込んだ。
「さあ、浅川教授、これでとどめをさせるでしょう。」
この状況では、おそらく浅川は加減ができない。次の攻撃が何であれ、既に限界を迎えていた早坂は、一撃を食らった瞬間に気を失ってしまうだろう。気を失えば、伊高が早坂の脳に何をするかわからない。浅川の表情にも少し焦りが見えた。彼がこの状況を想定していたとは思えなかった。
―遂に自分もこれまでか。
浅川が大きく息を切らし、思いっきり殴りかかってきた。早坂は歯を食いしばり、目をつぶり、覚悟をした。その時だった。
いきなり、天井の明かりが消えた。
と同時に、巨大なスクリーンがその場にいる参加者たちの目の前に降りてきた。幕が下り切ったと思うと、映像が流れ始めた。
「何ですか…これは?」
目の前のショーを中断された伊高が、怒りに満ちた声をもらす。
映像は、倉庫内の中継だった。カメラが、何百、何千とも言える数の大量のカプセルを映し出す。等間隔で並んだカプセルには小さな窓がついており、その中に一人一人参加者が収容されている。遠くで、悲鳴のような人間の声と大きな機械音が聞こえる。
カメラワークがだんだんと声のする方向へ移動していく。
次の瞬間、誰もが目をそむけたくなるような光景が映し出された。
手と足を拘束された一人の女性が、二体のロボットによりカプセルから取り出され、施術台に移動させられる。女性がどんなにばたつこうとも、手足を拘束している錠は固く、びくともしない。施術台で仰向けに固定された女性は、声の限りずっと叫び続けている。
―ヤダ、ヤダ、ヤダ、やめて! やめて!
無表情の二体のロボットのうち一体が女性の頭を固定し、もう一体が鋭いメスを取り出す。次の瞬間、耳をふさぎたくなるような断末魔の喘ぎ声が聞こえたかと思うと、一体のロボットがプシュッ、と一切り、女性の額にメスを当て頭頂部を切り裂いた。脳を切り裂かれた女性は瞬時にしてこときれた。
その映像を見ていた会場のSランクの参加者の中には、嘔吐や失神をするものが何名も現れた。
脳を取り出したロボットは、両手で脳みそを照明にかざすように掲げて眺め、すぐに隣にあるケージに捨て去った。次の瞬間、カメラのフォーカスが施術台から離れ、また並んだカプセルをとらえたかと思うと、カプセルの横を駆け抜ける大量の動物型ロボットたちを映し出した。カメラは180度回転し、今度は人の姿をとらえた。それは、早坂も浅川も良く知る人物だった。
「徹。」「早坂君。」
早坂と浅川の声が重なった。だが、早坂徹の表情は、今まで二人が見てきたいつもの冷静な様子とはまるで異なっていた。目元が腫れあがり、両目が血走っている。
「今、あなたたたちが見たのは、全部今本当に起きていることだ。ここに捕らわれているプロジェクトの参加者は全員Eランクの参加者で、真っ先に消去の対象になった。」
坂木は、そこで一旦間を置いた。
「いや…違う…。ランクと言っておきながら、動物は即皆殺しになった。」
早坂の声が震え、両目から涙が零れ落ちた。
「これが委員会が平気で何万人もの参加者にやろうとしていることなんだ。委員会がやっていることは俺らの人権のはく奪と、大量殺戮にすぎない。
これを見ているあなたたちの中には、家族や友人がロボットに連行されたやつもいるだろう。プロジェクトに参加しなかったからといってこの現状を知ろうとすらしない人達すらいるだろう。だけど、本当にそれでいいのか。」
次の瞬間、カメラは倉庫前に大量に押し寄せた群衆を映し出した。皆それぞれ武器を持っており、乗り込もうとしているが、大量のロボットに抑え込まれ、中に入れないでいた。怒号と悲鳴、泣き声が響き渡っている。再びカメラは早坂を映し出した。
「委員会の奴らは、あなたたちに真実を知る権利すらはく奪した。だから、今あなたたちは何が起きているかを知る必要がある。そうじゃないのか?俺は、特に政界の方々に言いたい。今、あなたたちが守るべき国民が連行され、無残に殺されている。それをどうして野放しにして、自分の身を守ることばかり考えているのか。」
それを聞いたSランクの参加者は、こぶしを握り締めた。決して殺されることのない自分達は、それ以外のランクの参加者が置かれている状況を知ろうとしなかったことを恥じた。
「これを見て、俺らの力になってくれるなら、ここへ来て一緒に戦ってほしい。命を懸けて戦っている仲間が、ここにはいるんだ。」
中継はそこで終了した。
―徹。
早坂充は、流れた映像を見て、床に涙をこぼした。
―全ては15年前、自分が伊高の計画を止めることができていたら。結局自分は何をすることもできなかった。
だが、息子はあんなにも立派に成長した。峰子や俺が今までしてきたことは間違ってはいなかった。息子は今、全国の国民を味方につけ、委員会に立ち向かおうとしている。
「早坂君。君の息子は、〈救世主〉となるかもしれない。彼が中心となっているから、仲間が自然と集まっていくんだ。」
浅川は早坂に力強くそう話しかけた。早坂は強く頷いた。