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文字数 4,754文字

 
 委員会のロボットによって連れ去られた蒼井奏は、他の捕らわれた何万人ものBランクの集団と一緒に、移動用のコンテナに押し込まれた。コンテナの中は真っ暗で、カンカン照りの外の外気に熱され、ものすごい暑さだった。押し込まれた人たちの半分が高齢者、ほかは子供から若年層・中年層までバラバラだった。ある者は諦めたように黙り込み、ある者は不安そうに涙を浮かべていた。高齢者は、乱暴に押し込まれたことや暑さが原因で、体調を悪そうにしている人も見られた。

―何よ、これ。これが本当に人間のすることなの?

 委員会のやり方は非道を極め、ランクB以下と認定された参加者たちに人権を与えなかった。人をランク付けした上に、価値がなしと判断した者からは金だけは巻き取って命を奪うことなど、人間として許されるはずがない。憤りと押し寄せる不安に唇をかみしめながら、蒼井は、別れ際に早坂が言った言葉を、何度も頭の中で繰り返していた。

―蒼井、これで終わりじゃない。俺が絶対助けに行くから。それまで少し待っていろ!約束だ。

 いきなり襲ってきたロボットが自分の足をつかんで引きずり降ろそうとしたとき、蒼井は何もかも諦めたくなった。だが、早坂はそうさせてくれなかった。いつも冷静な早坂が必死になって自分を励まし、何とかして自分を救おうとした。早坂が、自分の為に必死になったのは初めてだった。蒼井にはそれが嬉しくもあり、悲しくもあった。病気から自分を救う方法をやっと見つけたのに、今度はそれが原因で、本当にもう早坂には会えないかもしれない。

―こんなことなら、病気で自然に死ぬことを選ぶんだった。そうしたほうが、早坂君や坂木とはもっと一緒にいられたかもしれない。

 そう思いながらため息をついた。乱暴に押し込まれたせいで、体中が痛い。真っ暗なため外は全く見えなかったが、揺れ方や大きく低く響く音から、船で運ばれていることが分かった。

 両手を拘束されているため、トラッカーが使えない。今頃、早坂も坂木もどうしているだろうか。坂木はきっと、上手くツグの居場所を突き止めたに違いないが、早坂は〈指導者〉の役を引き受けたのだろうか。少なくとも、二人が無事であることを願った。

 ふと、自分の向かい側に座っている男性が、自分のことをじっと見ていることに気が付いた。

「あの、何かご用でしょうか。」

「あんた、どこかで見たことがある顔だな。ああ、そうだ…。あんたは空手の日本代表選手だな。何度かニュースで活躍してるのを見たよ。私の息子も空手をやっていてね。あんたに憧れて、よくうちで話していたよ。にしても、こんなに若いのに、なんでこのプロジェクトに参加したんだい?」

蒼井は、簡単に自分の病気のことを話した。

「そうか…。それは辛かったな。だが、まだBランクで、良かったっていっちゃなんだが、マシなほうらしいぞ。ランクが下がれば下がるほど、扱いも雑になるし、始めに消されちまうらしいからな。」

それを聞いた周りの人から、ざわめきが起こった。

「おい、それは本当か。俺の親父は、Eランクなんだ。」
「私の娘はDランクだったわ…。」

 それから、人々が口々に自分と一緒に参加した家族や知り合いのことを話した。自分たちもいずれは審判の時が来るとわかっていながら、Bランクの参加者たちは自分はまだ大丈夫だと少し安心をしているように感じられた。

―人は、極限状態になると、自分のことしか考えられなくなるんだわ。

 蒼井は、長年お世話になったスポーツの恩師たちから、自分のことで目一杯のときこそ、周りに支えてくれている人がいることを忘れるなと教えられてきた。しかし、自分の命の問題となると、なかなかそれも難しかった。自分だけ助かりたい、恐怖から解放されたい、という気持ちで押しつぶされそうになった。〈指導者〉の早坂なら、こんな時も周りを優先するのだろうか。
極度の環境にさらされた参加者たちは、子どもの泣き声が聞こえても、誰も助けようとしない。せめてもの救いにと、蒼井は側に行って、慰めてあげた。

 しばらくすると、船のスピードがゆっくりになり、港へ停泊したようだった。どこへ連れていかれるのかは知らされていなかったが、東京湾を移動するあたり、倉庫の多い場所に運び込まれると予想がついた。二体のロボットがコンテナの扉を開けると、眩しさに目がくらみ、体がよろけた。顔を上げると、蒼井の予想通り、倉庫のような巨大な施設が目の前に現れた。ロボットが参加者を列に並ばせ、建物へ向かって歩かせる。蒼井たちの隣にできていた列を見ると、逃亡を試みた参加者を、ロボットが拘束していた。蒼井は、その視線の先にケージに入れられた動物たちを発見した。ケージは、ベルトコンベヤーに乗って別の建物へ運ばれていく。あの中に、ツグもいるのかもしれない。そんなことをぼんやりと考える。容赦ない日光を浴びせられ、喉がからからだった。このままでは、脳を取り出される前に脱水症状で気を失ってしまいそうだ。

 重い足取りで建物内へ進んでいくと、突然ロボットが蒼井たちの列を止めた。蒼井たちの目の前に、コクーン型のカプセルが運び込まれてきた。まるで棺のようなそのカプセルの中に、自分たちが押し込められるのかと思うと、とてつもない恐怖心に襲われた。あんな狭い空間で、息ができるのかが不安だった。列の先頭から、順番に入るように指示をされる。遂に自分の番になった時、蒼井は自分の死を覚悟した。こんな中に入れられたら、誰も見つけてくれるはずがない。目から自然と涙が零れ落ちた。次の瞬間、ロボットは無慈悲にも蒼井の両肩をがっしりと抑え込み、強引にカプセルの中に押し込んだ。

「助けて…。」

 ロボットが自分の家に押しかけてから、幾度となく叫んだ言葉は、むなしくカプセル内に響いた。蒼井の後ろにいた子供は、今頃一人で恐怖と戦っているのだと思うと、どうしようもしてあげられない無力さが、ただ悔しかった。カプセルには正面にガラス窓がついていて、少しの空気穴から呼吸はできるが、外の音がほとんど聞こえない。ロボットがその場にいる全員をカプセルに入れ終わると、それらを水平に横たえた。正面についている窓からそっと周りを見回すと、両隣にもコクーンがずらりと並んでいて、参加者が閉じ込められている。皆、身動きが取れず、恐怖に怯えた表情だ。泣き声さえ聞こえてこない。

―私が消されてしまうまで、あとどれくらいかな。

 蒼井は、その時が来るまで身じろぎひとつできず、ただ待つしかなかった。その時、人の話し声が聞こえたような気がした。よく見えないが、かすかに聞こえてくる。

「君たち、順調にBランクの参加者は運びこんだようだね。このグループには、もう少しだけ待ってもらうこととしよう。さて、Eランクの処理を始めるか。」

―Eランクの処理を始める?ツグの命が危ない!早く来て。誰でもいいから早くEランクの人たちを助けてあげて!

蒼井には、どうすることもできなかった。自分の叫び声も、身動きも、何一つ外には聞こえない。もう希望も残っていなかった。

―こんな時、早坂君ならどうするかな。

蒼井は、ずっと憧れてきた早坂の人物像を一つ一つ思い出していった。

完璧な答えでクラスを驚かせる早坂君。アドバイスを求められたら、的確に答えて友達を助ける早坂君。冗談を言ったら、少し困ったように笑う早坂君。目の前の問題は、絶対に解決する早坂君。一人よがりに見えて、実は周りのことを沢山考えている早坂君。そして、絶対に諦めない早坂君…。

―蒼井は、目の前のことを一気に集中してやれちゃうからすごいよ。俺は、分析して答えを導くのは得意だけど、そこまでのパワーはない。ただ、答えが出るまでは絶対あきらめないけどね。

 そうだ。私は、今まで早坂君が何かを諦めて途中でやめたのを見たことがない。そこに人がいれば助けるし、問題があれば解決する。自分を助けられなかった時だって、考えられる全ての手段を試してくれた。

ー私は、早坂君みたいに頭が良くなくても、諦めないことはできる。

私は、ただ、わずかに残った希望にかけることしかできない。でも、坂木君も、早坂君も、決して最後まで諦めないことを知っている。二人が諦めないなら、私も二人を信じよう。二人は、きっとみんなを助けに来てくれる。呼吸を落ち着け、静かにそう願った。

 同じ倉庫内にいた坂木は、まだロボットの待機部屋にいた。ロボットは、充電中であるのか、目を閉じてじっと動かない。これだけの数のロボットから、トラッカーを探すことなど不可能に近い。しかし、先ほど廊下から、何かが運び込まれるような大きな物音と、人の話声が聞こえてきた。
―そろそろ、委員会が参加者の運び込みを始めたようだな…。もう時間がない。

 坂木は、トラッカーをロボットの足元に着けていた。下を覗けば、暗くなった部分から、点滅が見えるかもしれない。逆探知機能が付いたコンタクトは、瞬きをゆっくりすると、トラッカーの電源を落としたり上げたりすることができた。電源を一回落として、上げたときの点滅で場所を特定しよう。坂木は、一度ゆっくりと目を閉じ、開けた。すると、奥からまばゆい緑の光が点滅した。
―あそこだ。
幸運なことに、トラッカーはそこまで遠くない位置にあった。ほふく前進で進んでいき、手を伸ばしてトラッカーを取り戻し、ロボットの待機部屋から出た。先ほど運び込まれたような音がした場所を見ると、そこには何もなかった。一回に大量の参加者が運ばれたはずであるから、どこかに収容されているに違いない。坂木は、運搬用のロボットに見つからないようにゆっくりと廊下を進んでいった。その時、ウィールのついた運搬機が大量の棺のようなカプセルを運んでいくのを発見した。運搬機は、奥の大きな扉の部屋へ向かっているようだった。目を凝らすと、中に人が入っていることが分かった。

―マジかよ。あんな棺桶みたいな入れ物に人が…?

 慎重に近づき、カプセルに閉じ込められた参加者の中に、蒼井を探したが、いないようだった。後ろから、別のグループが運ばれてきた。また、その後ろに次のグループが。その時、蒼井の姿を見たような気がした。急いで近寄ると、蒼井が目をつぶって静かに横になっていた。
「おい、蒼井!無事か?」
 聞こえないのか、今度はもう少し声を大きく話しかけた。すると、蒼井は目を開け、信じられないように坂木を見た。
「よかった、今から助け…」
その瞬間、蒼井が何かを伝えようと、大きく口を開いた。だが、声は聞こえない。
「ツ」「グ」「が」「あ」「ぶ」「な」「い」
注意深く唇を読むと、蒼井はそう言っていた。まさか。早坂は嫌な予感がした。Bランクの蒼井たちは、今から待機場所へ向かうようだったが、もしランクごとに処理の順番に違いがあったとしたら?坂木は、大きく何度もうなずき、大声で、
「すぐもどるから待っていろ!」と伝えた。蒼井は、目に涙をため、黙ってうなずいた。
坂木は、倉庫内を走り抜けながら、トラッカーを使って早坂を呼び出した。
「おい、早坂。さっき、トラッカーを取り返した。蒼井は無事だったが、ツグが危ない。今から俺の位置情報をお前と共有する。ここへ着いたら、連絡してくれ。」
早坂は蒼井の無事を聞いて安心したように、「わかった」と言うと、今〈保護者〉たちとこっちへ向かっていると言った。
―蒼井が無事で、早坂は本当に嬉しそうだな。だけどこれからが本番だ。頼んだぜ、〈指導者〉さん。
坂木は、早坂への連絡の後すぐに通話相手を切り替え、浅川教授に連絡をした。

「教授、もうついてるか?俺は今からツグのところにいく。もう時間がないんだ。あんたのほうもそっちの状況の情報共有頼むぜ。」
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登場人物紹介

早坂徹(はやさか とおる)・・・この物語の主人公。19歳のAIENS(人工知能と人類の調停役となる人材の養成校)に通う全国トップレベルの秀才。


蒼井奏(あおい かなで)・・・早坂の高校時代からの同級生。空手の日本代表選手で、運動神経が良い。


坂木牧人(さかき まきと)・・・早坂の友人。飼い猫「ツグ」をこよなく愛す。


伊高正則(いだか まさのり)・・・「人工知能と人類の共生委員会」委員長。5年前に脳内データとして復活した。


浅川海晴(あさかわ うみはる)・・・AIENSの講師。


早坂充(はやさか みつる)・・・早坂徹の父親。元「人工知能と人類の共生委員会」メンバー。


サヤカ・・・AIENSに一学期の途中から編入をしてきた謎の女の子。


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