第5話 続・豊穣祭

文字数 1,352文字

 ヨエルはその晩、いつもの酒場へ行った。
 一日限りの祭りのために力を尽くした者たちが、興奮冷めやらぬ様子で酒をあおっていた。

「おいヨエル!なんで祭り来なかったんだよ!」
 ラーシュだ。また暴食キメこんでるな……祭りでいっぱい食べたんじゃなかったのか?
「俺行くって言ってねえもん。豊穣祭はどうだった?何か楽しいことあったか?」
「よくぞ聞いてくれたな!もうな、すごかったんだ。普段お目にかかれない遠国の料理がずらりでよ!」
 またメシの話かよ……と呆れつつもまぁ予想通りですよという顔のヨエルに、ラーシュは美味しかった料理、珍しい料理、不味かった料理をそれぞれランキング形式で紹介してくれた。
「……それで、パレードはどうだった」
 ヨエルはそれとなく、精霊について尋ねた。昨日の泉の静けさからすると、アンテイディーネは本当に豊穣祭に行ったのかもしれない。
「あー俺その時ヴルカーン名物の巨大蠍の串焼きを食ってたからよく見てねーけど、なんかすごかったぞ。花火もポンポン上がるし、山車に精霊さ……」
「見れたのか?!」
「あっいや、精霊さんの大きいカラクリ人形みたいなやつよ。イルマリの技師が乗って、動かしてたの、結構迫力あったなー。」
「なんだ……」
 ヨエルが小さくため息をついたのを、ラーシュは見逃さなかった。
「あぁ~?なんだお前。さては精霊さんに興味出てきたな?!それなら最初からそう言えよ!」
 バシバシと力いっぱい背中を叩くので、ヨエルはむせた。

 それから一通り豊穣祭の様子を聞いたが、特に精霊を生で見られたとかそういうことはなさそうだった。
「それもそうだよな。あんなのが街のど真ん中に出たら大騒ぎではすまない。そう簡単に人前に出るものではないだろう」
 ブツブツと独り言を言いながら、ヨエルは帰途につく。
 しかしそうであれば、昼間ヘルミの泉にアンティディーネが姿を現さなかったのはなぜか。
 何か条件が揃わないと出現しないのか。あるいは姿が見えないだけで、実は豊穣祭の方へ?はたまた、自分が一昨日見たと思っているのが妄想なのか。さすがに妄想と現実の区別くらいはつく人間だと思っているが、果たして。
 この疑問を解決できるかもしれない方法をヨエルは一つだけ知っている。それはヘルミの泉へ再び向かい、精霊の出現を待ち、直接問うことだ。
 足を東へ向けそうになったヨエルだが、ふと思いとどまった。
「そもそもなぜ姿を現して当然だと思っているんだ俺は。それに、豊穣祭だって人間が勝手にやっていることだ。精霊がわざわざ出向かなければいけない理由もないじゃないか」
 ヨエルは自分が何にこだわっているのか分からなかった。精霊の居場所なんて、知る必要のあることだろうか?俺には仕事もある、やるべきことがある。

 胸の中の霧を無理矢理とっぱらって、自宅のドアを開けた。

 月灯りの差し込む窓からは、キエロの揺れる庭が見える。ホゥ…ホゥ…と夜の鳥が鳴くのが聞こえる。
 一昨日――豊穣祭の前日に精霊アンティディーネを見ることができただけの自分だが、庭に咲くキエロを見ていると不思議とアンティディーネとの繋がりを感じられるようだった。それは他人からは自己満足だと言われてしまうかもしれないが、小さく真っ白なキエロの花は、ヨエルの心を慰めてくれるのだった。
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登場人物紹介

ヨエル

『ゲニウスの器』第1部の主人公。

ラーシュ

腐れ縁。大食い大男。

アンテイディーネ

水と豊穣を司る精霊。ヘルミの泉に現れるという。

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