第1話 アンテイディーネ
文字数 1,533文字
自由と調和の国、ルオント。自然豊かでのどかなこの国には、エミニス村という小さな村があった。
25歳のヨエルは、町での仕事を終えたあと村唯一の酒場で酒を飲むのが日課となっている。酒場は昼間も食堂として店を開けているが、日が暮れた後は仕事を終えた男で溢れかえるのでとりわけ賑やかだ。
「おう、お疲れヨエル!今日はどうだった?」
口いっぱいに肉を詰めて話しかけてくるこの育ちの悪い大男は、ラーシュという。ヨエルと同い年で、約束をしているわけではないが毎晩一緒にこの酒場で食事をとっている。
またラーシュはその大きな体格に相応しく尋常でない量を食べるので、いつも酒場のママに文句を言われている。他の客が食べる分がなくなるそうだ。いつもヨエルが先に店を出るので最終的にどれだけ食べているのかは知らない。ヨエルが席に着く時には、テーブルにはすでに空の大皿が3枚あった。
「どうもなにも、毎日変わらないさ。頼まれたモノをあっちからこっちへ。こっちからあっちへ。もう6年やってるけど、配達ってのはどうにも退屈なんだよな。まぁおかげで目瞑っても届けられるくらい、この国の地理は体が覚えちまったがね。俺に知らない場所はないよ。」
「やるなぁ。……ふんふん、ずいぶん乙女チックな体臭だな。今日運んだのは花か?」
配達で鍛えられたヨエルもまた逞しい体つきであるが、そこからはおよそ似つかわしくない、バラやらユリやら色んな花の香りが漂っている。
「明日イルマリの豊穣祭でパレードがあるんだそうだ。大量に飾るんだと。ユリってくせぇんだよな……」
自分の服を嗅いでしかめっ面するヨエルだったが、料理と煙草の匂いですぐに気にならなくなった。
「お前豊穣祭行ったことないのか?毎年やってるだろパレード。ルオントに豊穣をもたらしてくれる精霊アンティディーネ様のためにな……!」
「なんでお前ウットリしてんだよ。いや、豊穣祭が毎年あるのは知ってるし、アンティディーネもルオント人なら皆知ってるけど、参加したことはねえなぁ。作られた存在を崇めるってのは、俺はどうにも性に合わん。」
「おい、様をつけろ。お前なぁ、それでもルオント人か?非国民だって今に追い出されるぞ。アンティディーネ様は……ほら、あんなに美人じゃねーか。俺は結婚できるな。」
友人は壁に飾ってある画を指差した。
自然豊かなルオントに住むルオント人は、その自然の恵みは精霊アンテイディーネによるものだとしてとても信仰に厚い。そのため、壁にアンテイディーネの画を飾ることはよくあることだ。
長いウェーブの髪に、長いまつ毛。体の滑らかな曲線の美しさはまさに女神そのもの。絵だけどな。
「俺は結婚できるって、お前もだいぶ失礼だぞ。本当に信仰してるのか?大体あれは絵じゃないか、誰かが想像で描いたんだろ。ルオントの自然はありがてえけど、存在しないんじゃあなぁ。」
笑いながら酒をあおっていた友人だったが、急にぴたと止まり体を寄せてきた。
「それがな、どうもアンティディーネ様は本当にいるらしいぞ。ここから東の方、村のはずれの方だが、ヘルミの泉って呼ばれてる泉があるだろ。近くで狩りをしてたヤツがたまたまそこへ水を飲みに行ったら、どうにも人間とは思えないが美しい長髪の女が髪を洗っていたらしい。あれは絶対にアンティディーネ様だと言って聞かないんだよ。」
「……精霊って風呂入るのか?」
「ハハ、俺に聞かれてもわかんねえよ。」
ヨエルは少し残っていた酒を飲み干し、また明日なと言って立ち上がった。
「豊穣祭、うまいもんたくさんあるからお前も来いよ!」
友人は酒場の娘を呼びつけると肉料理を注文した。まだ食うのかよ……。
ラーシュの止まらない食欲を横目に、ヨエルは酒場を後にした。
25歳のヨエルは、町での仕事を終えたあと村唯一の酒場で酒を飲むのが日課となっている。酒場は昼間も食堂として店を開けているが、日が暮れた後は仕事を終えた男で溢れかえるのでとりわけ賑やかだ。
「おう、お疲れヨエル!今日はどうだった?」
口いっぱいに肉を詰めて話しかけてくるこの育ちの悪い大男は、ラーシュという。ヨエルと同い年で、約束をしているわけではないが毎晩一緒にこの酒場で食事をとっている。
またラーシュはその大きな体格に相応しく尋常でない量を食べるので、いつも酒場のママに文句を言われている。他の客が食べる分がなくなるそうだ。いつもヨエルが先に店を出るので最終的にどれだけ食べているのかは知らない。ヨエルが席に着く時には、テーブルにはすでに空の大皿が3枚あった。
「どうもなにも、毎日変わらないさ。頼まれたモノをあっちからこっちへ。こっちからあっちへ。もう6年やってるけど、配達ってのはどうにも退屈なんだよな。まぁおかげで目瞑っても届けられるくらい、この国の地理は体が覚えちまったがね。俺に知らない場所はないよ。」
「やるなぁ。……ふんふん、ずいぶん乙女チックな体臭だな。今日運んだのは花か?」
配達で鍛えられたヨエルもまた逞しい体つきであるが、そこからはおよそ似つかわしくない、バラやらユリやら色んな花の香りが漂っている。
「明日イルマリの豊穣祭でパレードがあるんだそうだ。大量に飾るんだと。ユリってくせぇんだよな……」
自分の服を嗅いでしかめっ面するヨエルだったが、料理と煙草の匂いですぐに気にならなくなった。
「お前豊穣祭行ったことないのか?毎年やってるだろパレード。ルオントに豊穣をもたらしてくれる精霊アンティディーネ様のためにな……!」
「なんでお前ウットリしてんだよ。いや、豊穣祭が毎年あるのは知ってるし、アンティディーネもルオント人なら皆知ってるけど、参加したことはねえなぁ。作られた存在を崇めるってのは、俺はどうにも性に合わん。」
「おい、様をつけろ。お前なぁ、それでもルオント人か?非国民だって今に追い出されるぞ。アンティディーネ様は……ほら、あんなに美人じゃねーか。俺は結婚できるな。」
友人は壁に飾ってある画を指差した。
自然豊かなルオントに住むルオント人は、その自然の恵みは精霊アンテイディーネによるものだとしてとても信仰に厚い。そのため、壁にアンテイディーネの画を飾ることはよくあることだ。
長いウェーブの髪に、長いまつ毛。体の滑らかな曲線の美しさはまさに女神そのもの。絵だけどな。
「俺は結婚できるって、お前もだいぶ失礼だぞ。本当に信仰してるのか?大体あれは絵じゃないか、誰かが想像で描いたんだろ。ルオントの自然はありがてえけど、存在しないんじゃあなぁ。」
笑いながら酒をあおっていた友人だったが、急にぴたと止まり体を寄せてきた。
「それがな、どうもアンティディーネ様は本当にいるらしいぞ。ここから東の方、村のはずれの方だが、ヘルミの泉って呼ばれてる泉があるだろ。近くで狩りをしてたヤツがたまたまそこへ水を飲みに行ったら、どうにも人間とは思えないが美しい長髪の女が髪を洗っていたらしい。あれは絶対にアンティディーネ様だと言って聞かないんだよ。」
「……精霊って風呂入るのか?」
「ハハ、俺に聞かれてもわかんねえよ。」
ヨエルは少し残っていた酒を飲み干し、また明日なと言って立ち上がった。
「豊穣祭、うまいもんたくさんあるからお前も来いよ!」
友人は酒場の娘を呼びつけると肉料理を注文した。まだ食うのかよ……。
ラーシュの止まらない食欲を横目に、ヨエルは酒場を後にした。