第7話

文字数 1,626文字

[同じ月を見る (1/22)]

学校帰りに嘉月が家に寄るのは、ウチの両親が仕事で帰りが遅いと分かってる日だ。俺も嘉月も下心しかない。
つい15分ほど前まで、俺たちはベッドで抱き合っていた。
今日は嘉月が「する方」で、俺が「される方」だった。どっちがどっちをするかは、その日の気分によって違う。今日は部屋に入るなり、嘉月が俺をベッドに押し倒し、腹の上に馬乗りになってきた。その体勢で、
「広田は、今日はどっちがいい?」
なんて、ふにゃふにゃと笑う。
「おまえはする方がいいんだろ。それでいいよ。」
嘉月の笑顔には、なにをされても抗えない引力があるみたいだ。嘉月本人にはまったく自覚ないみたいだけど。
「あれ?なんで分かった?」
不思議そうな顔の嘉月の両手を取って引き寄せる。
「いいから、早く…」
言い終わらないうちに、嘉月は俺の頭を抱え込んで口唇を重ねた。
…それから1時間とちょっと。
「あー、もう7時回ってる…」
枕元の目覚まし時計を見て、嘉月は心底残念そうな声を上げた。
「帰んなきゃ。」
「…もう?」
言ってしまってから、思いの外甘えた声を出してしまった自分が恥ずかしくなる。
嘉月は俺の腕を捲き込んできゅっと抱きしめると、
「…一緒に住みたいな…」
と、小さな声で言った。

「じゃあ、また明日、学校で。」
玄関で靴の爪先をとんとんしながら、嘉月は俺を振り返った。
学ランの上から着たコートのフードの縁に付いてるふわふわ(ファー、って言うんだよな?)に埋もれた嘉月の顔が、いつも以上に可愛く見える。俺は思わず頭を振った。
「…え…なに?」
その様子を見咎めるように、嘉月が寂しそうな声を上げる。
「あ、いや、違う…」
「違うって、何が?」
僅かに眉を寄せて、嘉月が首を傾げた。
「…あっ、そうだ、俺もコンビニ行こうと思ってたんだ。」
ごまかせていないのは分かってるけど、俺は慌ててコートを取ってきて、嘉月の隣で靴を履いた。
「今週のサンデー、まだ読んでなかった。」
「なに、立ち読みしに行くの?」
「うん。」
目の高さが嘉月と同じになる。嘉月は俺の目をじっと見ながら、そっと手を握ってきた。
「…キス…」
「言わなくていいって。」
いたずらがバレたみたいな顔の嘉月に、俺は口唇を寄せた。

自転車を押して歩く嘉月の隣に並んで、俺もゆっくり歩いた。
吐く息が夜目にも白い。雪は積もってないけど、道路は薄く凍っている。でも、この町に生まれ育った俺たちは滑り転んだりすることはめったにない。
こんなことまでお揃い。なんて考えて、自分の乙女思考に気味悪くなる。
「あ~さみぃ~~~。」
嘉月がはふっと息を吐いた。その横顔が、さっきベッドの中で間近に見た顔と重なってドキドキする。…やっぱり乙女かっ。
「あっ、月が出てる。」
急に嘉月が空を見上げた。俺も思わず一緒に空を仰ぐ。冷えて澄んだ空には雲もなく、細かな星と半分欠けた月が見えていた。
「なあ、月からもこっちが見えてるのかな。」
首だけ俺に向き直って、嘉月は言った。
「地球、ってものは見えるだろ。」
「月から望遠鏡で見たらさ、俺たちが月を見上げてる姿が見えんのかな、ってこと。」
「見えるわけねえだろ。」
いや、めちゃくちゃ精度の高い望遠鏡なら見えるのかも?…いやいや、無理だ、そんなの。
こいつ、たまに、こういう突拍子もないこと言うよな…ちょっと考え込んだ俺を見て、嘉月はまたふにゃふにゃ笑った。
「ってことはさ、見えてないのに、ちゃんと俺たちがいて、月を見てるってすごくね?」
大発見だ!と嘉月は嬉しそうに言った。
こういうとこ…可愛くて仕方ない。ずっとこうやって話していたい。
さっき嘉月が言ってた。「一緒に住みたい」って。一緒に住んでたら、もっと一緒にいられるのかな。
ぼんやりした、だけどふわふわした気持ちが胸の中に広がっていく。
「あ、ファミマだよ。」
嘉月がぱっと顔を上げた。
「寒いから、俺もあったまってこっと。」
小走りにコンビニに向かう嘉月に、
「おい、転ぶなよっ。」
声を掛けながら、俺も後に続いた。
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