第2話

文字数 1,210文字

[歩幅 (9/3)]

体育は隣のクラスと合同なので、普段そんなに顔を合わせない嘉月たちと一緒になる。
「あー、やっちゃん、久しぶりー。」
準備運動のストレッチをしていると、人懐こい笑顔で嘉月が近付いてきた。
「今日ってなにやんのかな。」
「サッカーじゃねぇの、こないだの続きで。」
「まだ総当たり終わってないんだっけ?」
「今日で終わりだろ。」
嘉月は、あまり興味なさそうにふーん、と鼻で返事をすると、俺の隣で形だけのストレッチを始めた。膝の屈伸をしながら、でもすぐ飽きてしまったようで、
「ねえ、やっちゃんちの猫、元気?」
などと声を掛けてくる。
「元気だよ。」
言葉にはするけど、俺は、たった今目の前を小走りに通り過ぎて行った桐谷にドキッとして生返事になってしまう。桐谷は体育教師と何か話して、また別の方へ行ってしまった。
陸上部で長距離をやってる桐谷の走る姿は、やっぱりスポーツ選手特有のキレイさだな、とかぼんやり思っている間にも、嘉月は猫が猫がとずっと喋っている。ちょっと鬱陶しくなって、
「また猫見にウチ来る?」
と訊くと、
「んー…放課後は部活あるから…」
嘉月はちょっと耳を赤くして俯いた。
「部活って化学部?幽霊部員のくせに。」
「最近はちゃんと行ってるよ!…いろいろあって…」
ふーん、ま、いいや。正直、そんなに興味ない。
それより、嘉月と喋ってる間に見失ってしまった桐谷を、俺は目で追って探した。と、グラウンド隅の倉庫からボールの入った大きなかごを持って出てくる桐谷が見えた。
「ちょっと手伝ってくる。」
俺は反射的に桐谷に向かって駆け出した。背後で嘉月が何か言ってたけど、よく聞こえなかったし、まぁいいや。
「桐谷!」
グラウンドをまるまる横切って桐谷の元に着いたとき、ちょっと息切れしてる自分を情けなく思う。桐谷はこんなことないだろうに。
「羽生田、どした?」
「手伝う…」
「おー、サンキュ。」
俺は桐谷の反対側に回ってかごを持ち上げた。意外と重い…やっぱり手伝いに来て正解だった。
けど、ふたりで運ぼうとすると、桐谷と歩幅が合わなくてぎくしゃくしてしまう。桐谷の方がストライドが長いんだよ、脚の長さのせい?でも桐谷もそれに気付いたらしく、
「あ、ごめん、俺、大股で歩くの癖になってるから。」
陸上部あるあるだよ、と笑って、俺に合わせてくれる。
その笑顔にやっぱりドキドキして、俺は、大丈夫だから、とか、陸上部あるある…とか口の中でもごもご呟いた。
「そういや、羽生田んちの猫、元気?」
以前、脱走した猫を偶然桐谷が見付けてくれたことがあって以来、桐谷の中で俺は猫好きキャラ認定されているらしい。でもむしろそれでおっけーだ。
「元気元気。今朝もひとりで大運動会してた。」
「なに?ひとり大運動会って。」
さっき嘉月の話をスルーしてたのとは打って変わって猫の話を続けながら、このままもう少しふたりで話していたいなぁ、陸上部あるあるでも猫の話でもいいから、と俺は考えていた。
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