第3話

文字数 1,800文字

[秘密の場所 (9/4)]

小さいとき、某「22世紀のネコ型ロボット」の真似をして押入れで寝たりしていた。
襖のすきまから細く薄い光が押入れの中に射して、そこだけが外の明るい世界と自分とをつないでいるようで、そっと手のひらをかざしてみたりした。
押入れの奥に目を向けると、そこには秘密の何かが生息しているようで、わくわくするような、気味が悪いような気がして…単純に楽しかった。
だけど今は、光もまったく入らない押入れの下段に、膝を抱えて座り込んでる。
嘉月とふたりで。

学祭に向けて合宿をすると言い出したのは、化学部の部長だった。
何のことかと思えば、学祭での化学部の出し物、『びっくり化学ショー』の準備のためだと言う。
テレビで某先生が化学を利用したショーをやるのを見て、部長は密かに、あれを学祭でやりたいと目論んでいたらしい。
それに使う装置などを放課後にちょこちょこ作ってたんだけど、来週に迫った学祭に間に合わないと、部長の鶴の一声で部員全員招集され、土曜の午後から日曜にかけて学校の合宿所に泊まり掛けで作業をすることになった。
もちろん、副部長の俺も、幽霊部員気味な嘉月も駆り出されていた。

土曜の夜。化学実験の体で夕飯をみんなで作り、明日も作業があるからと、広間で雑魚寝することになった。
初めのうちは持参したゲームをしたりメールを打ったり雑談したりしていた部員たちも、ひとり、またひとり、と寝落ちしていく。
すっかり静まり返って寝息だけが聞こえてくる中、俺は逆に寝付けず、ぐだぐだと寝返りを繰り返していた。そのとき。
「…広田…寝た…?」
横向きになった背後から、小さな小さな嘉月の声が聞こえた。
「…寝てない。」
その姿勢のまま応える。
俺と嘉月は…端的に言えば付き合ってる。人前じゃ言えないようなこともしてる仲だ。誰にも内緒にしてるけど。
「…ちょっとだけ、抜けれない?」
嘉月はそっと俺の手を握って言った。
「…隣の部屋、荷物置場にしてる部屋さ、あそこならふたりだけになれないかな。」
「誰か荷物取りに入ってきたらどうすんだよ。」
「押入れがあったよ?」
握る手の力を強くして、嘉月は俺の肩口に顔を寄せてきた。
「…おい。」
「うん、だからさ、」
嘉月は俺の手を引いて上半身を起こした。
「行こ?」
振り向くと、嘉月の目が常夜灯に潤んでいた。
「…分かったよ。」
俺は嘉月に手を引かれたまま、忍び足で広間を抜け、隣の部屋に入った。


押入れの下段には元々座布団が入ってたんだけど、夕飯のとき使うために全部出してしまっていて、今は空だった。
そこに嘉月とふたり、ちんまり並んで膝を抱えて座ってる。何も知らない奴が見たら、かなり間抜けな姿だ。
けど、狭い空間にふたりだけ…しんとした中に嘉月の息遣いだけが聞こえて、かすかに触れた肩に体温を感じて、俺は密かに高鳴っていた。
「やっとふたりだけになれた。」
嘉月が小さな声で、だけどどこか嬉しそうに言う。
「ったって、朝までここにいるわけにはいかねぇだろ。」
「分かってるって。ただ、俺は…」
そうして、俺の膝に腕を回して頬を載せると、
「広田とふたりっきりになりたかっただけ。」
一晩中一緒にいられるなんて、滅多にないもん。そんなふうに言う嘉月を可愛いと思ってしまう。
「ね、広田、抱っこして。」
ごそごそ動いて、棚板に頭をぶつけては「いてっ」とか言ってる嘉月。
「おい、あんましごとごとしてると気付かれんぞ。」
「大丈夫だって…」
嘉月が言い終わらないうちに、ばたんっと広間のドアを開ける音がした。俺も嘉月もびくんっとして、手を取り合った格好で固まってしまう。息を詰めて、耳をこらしていると、足音がトイレの方に向かって行くのを感じた。そして水音…しばらくすると、また足音は広間に向かい、ドアを閉める音でフェイドアウトしていった。
「ふぁぁぁあ~ビビったぁ~~」
握り合った手を、嘉月は自分の額に擦り付けた。
「だから言っただろ。」
「だって広田に抱っこしてほしかったんだも…」
「ったく、しょーがねぇなあ。」
俺は嘉月の肩を掴むと、自分の方へ引き寄せた。嘉月の背後から座椅子のように、そして腹に腕を回す。
「これでいいだろ。」
「うん、ありがと、広田。だいすき。」
いつもこうだ。完全に嘉月のペース。けど心地いい。愛しいと思う。
「もうちょっとしたら向こうに戻るぞ。」
嘉月の肩に顎を乗せて耳元でささやくと、
「ん。」
嘉月は振り返って、ちゅっとキスした。
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