2:何かあった?

文字数 1,749文字

 あの後しばらく玄関に座り込んでいたが、さすがに何時間もそのままでいるはずもない。時間は流れ、時刻はあっという間に正午を過ぎた。
「どういう写真載せよっかなぁ~」
 これといってやる事もなかった俺は、SNSに載せる写真の事を考えていた。
 ブラコンとはいえ、仮にも名の通ったインフルエンサーである以上、仕事はキッチリやるのが筋というものだ。
 今回の仕事は先週依頼されたもので、あるシャーペンを宣伝する、という仕事。文房具企業とIT企業が合同で開発したその多機能シャープペンシルは、その機能の1つにタッチペンがついているらしい。一応、参考までにそのシャーペンを1つ貰ってきた。
「タッチペン機能か………」
 灰色の芯をノックし、タブレットへの反応を試してみる。ほかのシャーペンには無くてこのシャーペンにある魅力は、絶対にこのタッチペン。上手くそこを宣伝できれば、おそらく流行るはずだ。
 タブレットの電源を入れ、早速タッチペンを使って操作していく。今のところ、反応が悪いという事はなさそうだ。
 お絵かきアプリをタップし、真っ白なキャンバスに適当にらくがきしていく。直線、曲線、筆記に描画。とにかくいろいろ試して、どこも悪い点がない事を確認していく。書き心地も滑らかで、とても使いやすい。
 まるで製造者のような事をしているけれど、俺の場合、宣伝した商品のアンチコメントが来る事が怖いのだ。そして、もしそのコメントが会社に届いたりなんかしたら何か言われるんじゃないかと思うと、それもまた怖い。
 インフルエンサーなんていう目立つ仕事をしているけれど、俺はメンタルがガラスよりも脆いのだ。
「俺としてはありな方だな」
 とてもオススメだが、これはまだ俺個人の意見。別の誰かの意見も取り入れて、できるだけ多くの人に使いたいと思ってもらえるように宣伝したい。そう考えると、まだ写真を撮るには早い気がした。
「ただいま………」
「あれ?おかえり。早かったな」
 時計を見てそう言うと、蒼衣は呆れたようにはぁ、とため息をつく。
「朝言ったじゃん………今日もテストだったから、下校時刻が早いんだよ」
「あ、そういう事」
 納得したように頷くと、鞄を置き、冷凍庫の中を物色した後、俺のお土産である抹茶アイスにかじりついた。思ったより冷たかったのか、指でこめかみを押さえている。相変わらずドジっ子だなぁ、と愛らしい様子を写真に収めた。
「あ、ちょ、勝手に撮るなよ………!」
「ごめん、ごめん。あまりに可愛かったんで」
「そういうのは彼女さんにでも言ってあげたらいいと思うんだけど………」
 抹茶アイスを咥えたまま言う蒼衣に、俺はチッチッチ、と指を振った。
「甘いな、蒼衣。残念ながら美鳥はそんなので照れるようなやつじゃないんだよ」
 そう、蒼衣と同じくらい可愛くて綺麗な美鳥は自慢の俺の彼女だ。去年の夏、彼女の気の良さと居心地の良さに惹かれてしまい、俺から告白。結果、実は両片思いだった事が判明し、お付き合いに至った。とりあえず、幸せだ。
「へぇ、そうなんだ………」
 興味なさそうにアイスを頬張る蒼衣。かわいいけれど、自分から始めた話なんだから、もう少しマジメに聞いてくれてもいいんじゃないか?そう思いながらまた弟を写真に収め、写真を確認した。
 いやぁ、やっぱりかわいい。少し跳ねた癖毛に長いまつ毛、仄かに赤くなっている頬………ん?
「蒼衣、顔赤くなってるけど大丈夫か?」
 急いで問い詰めると、「ふぇっ?!」と変な声を出し、肩を揺らした。顔がさっきより赤くなっている。これは何かあったな、と直感で分かった。
「蒼衣、学校で何かあったろ。別に隠さなくていいから、このスーパーインフルエンサーの兄ちゃんに話してみろよ」
 図星だったのだろう、完全に顔を赤くして口をパクパクさせている。ますます探究心が疼いてきた。
 やがて口をパクパクさせるのを止め、観念したように蒼衣はため息をついた。今日だけでこいつのため息を何度見た事だろう。まぁ、そんな事は置いといて、俺は蒼衣の口から発せられる言葉を今か今かと待っていた。
「………………気になる人が、できた………」
「………………………………………………………………………は??」
 たっぷりと間を置いた後、俺は1音だけ、そう声を洩らした。
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