5:襲ってくる緊張

文字数 1,093文字

 時刻は午前9時30分。かなり早くなったが、無事俺たちは学校の校門前に到着していた。
「早めに着いたなぁ………もう待っとく?」
 こういう待ち合わせは早く着いておく事に越した事はないし、蒼衣は待つのが苦にはならないタイプだから、すぐにでも車を出て校門前に行くと思っていた。だが、ここでちょっとした問題が発生している。
「………もう少しだけここいさせて………………」
 緊張しているのか、蒼衣はガチガチに固まってしまっている。左腕につけた腕時計を気にしてはいるものの、シートベルトすら外していなかった。
 さすがに緊張しすぎだろ。友達と遊んだ経験がないからっていうのは分かるけれど、ここまでいくと逆に心配になってくる。果たして蒼衣はその子と上手く話せるのか。
 ただ、今出ていっても30分ぐらい待たなくてはならないし、今のうちに蒼衣を落ち着かせるか。
 そう思った俺は、蒼衣の緊張がほぐれるような話題を探した。
「今日、AKIYAMA書店行ったあと、いつものゲーセン行くんだろ? 何時ぐらいに帰る?」
 きっとその子にも門限があるだろうからと思いそう訊くと、蒼衣ははっとしたような顔をした。そして俺の質問には答えずに俯くと、さっきとは全く違う表情をして顔を上げた。
 その顔に思わず俺も驚く。なんというか、何かを決意したような顔ーーーーとでも言えば、伝わるだろうか。とにかく、真剣な顔で「ありがとう、兄ちゃん」とだけ言って車を出て行った。
 まだ20分ぐらいは待たなくてはならない時間だったが、蒼衣が自分で出て行ったのなら、何か理由があるんだろう。
 大方、俺のさっきの質問でその子と一緒にいられる時間が限られていると改めて認識したんだと思う。できるだけ長く一緒にいたい、なんていう気持ちが先走ったんだろうな。
 どこか自信なさげな猫背を見ていると、少し前の俺を思い出す。
 俺も美鳥と付き合う前は、蒼衣みたいに何回か遊びに誘っていた。美鳥は自分が自覚していないだけで本当に綺麗な容姿をしているから、ライバルもたくさんいて、遊びに誘える事にどこか優越感を感じていた気がする。
 告白する勇気は当時の俺にはなかったから、一緒に遊べるだけで幸せだった。でも、その度に美鳥が見せるあの嬉しそうな笑顔に、優しさに、完全に溺れていったから、今、こうして付き合えてるのだろう。
 そして、蒼衣も一歩を踏み出そうとしている。俺は蒼衣ほど人見知りな訳ではなかったけれど、当時はさっきの蒼衣に負けないぐらいガチガチだったと思う。
「………頑張れよ」
 今から蒼衣が告白する訳でもないのだが、校門前でキョロキョロしている蒼衣をこっそり応援した。
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