ろくでもない頼み事

文字数 1,205文字

土曜の夜ーー



お風呂から上がると、タイミングよく電話が鳴る。画面を確認すると、そこには彼の名前が表示されていた。タオルで髪を拭きながら、通話ボタンを押しスピーカーにする。



「どうしたの?」



こちらから声をかけると、珍しく少しトーンを落とした声が返ってくる。



「あのさ……頼みがあるんだ」
「何? ろくでもない頼みだったらお断りだけど、一応聞いてあげる」



一瞬、間がある。おそらく、即答していい内容ではないだろう。そもそも、彼が彼女に頼み事をしてくる時は、大体面倒事が多い。そんなことを考えながら待っていると、ようやく腹が決まったのか、ポツポツと話し始める。



「彼女が今度誕生日で……プレゼントを選ぶの手伝ってくれないか?」
「却下」
「なんでだよ!」
「あんたが選ぶから彼女ちゃんも嬉しいんでしょ。なのに、友達と……しかも女友達と一緒に選ぶなんてデリカシーなさすぎ」
「彼女にはもう了解は取ってあるから大丈夫だ! それに、そもそも俺にセンスがないからって向こうがお前を指名したんだよ」



思わずポカーンと口を開ける。まさか向こうから指名されてるなど、誰が思うだろうか。いや、思わない。彼の恋人とも会ったことはあるが、そんなに親しく話した記憶はない。何故自分が指名されたのか理解出来なかった。そもそも誕生日プレゼントの選び方はそれでいいのか。センスのない彼も彼だが、恋人も何か違うような気がする。



このままでは断る理由がなくなるーー



数秒の間に、彼女は必死に頭を回転させた。



「ほ、ほら……他の人と会って彼女と間違えられたら困るし」



しかし出てきたのは、苦し紛れの弱い言い訳。当然ながら、この理由も彼に論破される。



「大丈夫! その時は俺が説明するから! それにお前と一緒にいたって言えば彼女だって怒らないから安心していい!」



任せとけ。そんな声が聞こえた気がした。何故、彼はこんなに自信満々なのだ。ここまで言い切られてしまえば、彼女に断る理由はもう残されていなかった。



「本当に、わたしでいいの? あとで文句言っても聞かないよ?」
「おうっ! というか、お前がいいっ!」



電話口の向こう側で、瞳をキラキラさせたワンコが尻尾を振っているような気がするのは気のせいだろうか。それに、告白であれば最高の口説き文句だと思うが、それをこんな場面でこんな形で言われるなんて。彼の行動を残念に思いながら、彼女は項垂れる。そしてついに、彼の勢いに彼女は屈してしまった。




ため息混じりに時間と待ち合わせ場所を決め、通話ボタンを切る。そしてすぐさま、ベッドにダイブし枕に顔を押し付けた。



次こそは負けないーー



そう、心に誓ったのだったーー





ろくでもない頼み事




~Fin~
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登場人物紹介

ヒロイン。本文中では彼女表記。社会人で昼間は会社勤めをしている。素直になれない性格で人に頼ることが苦手。

ヒロインの信頼する友人。本文中では彼表記。社会人でヒロインとは別の会社に勤めている。マイペースで細かいことは気にしない。

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