弱味を見せれる相手

文字数 1,467文字

「ちょっと聞いてよ!」



バーのカウンターに座るなり、彼女は彼に強い口調で訴えかける。普段は感情の並みがフラットな彼女がここまで声を荒げるのは珍しい。しかも、電話ではなくわざわざ彼を呼び出してまで話すということは、彼女の中でよっぽどのことがあったに違いない。そう感じ取った彼は、彼女に向き直りいつになく真面目な表情で次の言葉を待った。そんな彼に対し、彼女は容赦なく強めの言葉のシャワーを浴びせる。



「酷くない? たかが仕事の同僚なのに、お前は恋したことないとか、絶対に結婚は無理だとか、なんで決めつけられないといけないわけ? わたしの何を知ってるって言うのよ! お酒が入ってても言っていいことと悪いことがあるでしょ!」



畳み掛けるように彼女は自分の感情を彼にぶつけてきた。途中、店員から差し出されたウイスキーを一口呑み、喉を潤すが溜飲は収まらなかったようだ。口を挟む隙もない位、同僚に対する愚痴をまるで濁流のように押し流してくる。



元々彼女は、人に本音や弱味を見せることが得意ではない。思ったことがあっても自己防衛本能から、気持ちを飲み込み溜め込むことが多い。そしてそのキャパがまた大きいからこそ、年に数度、特定の人の前でしか噴火をしない。



本当は、豊かな感情があるのに――



勿体ないな、といつも思う。こうした人間らしい所を見せれば色んな人が助けてくれるはずなのに、彼女はこうした姿を見せることを醜いとか恥ずかしいと思っているのだ。そうじゃないと伝えても、彼女の心の壁は堅く高いまま。そんな彼女をもどかしく感じながらも、彼は彼女の訴えに耳を傾け続けた。



やがて思いの丈を全てぶつけ終わったのか、彼女は静かになり、肩で呼吸を整えていた。そんな彼女が可愛らしくて、思わず口許を緩めるとギロリと睨まれた。笑っているのがお気に召さなかったのだろう。そんな所も人間らしくて、普段の彼女を知っている分、安心する。ポンと、彼女の頭に手を乗せると今彼女が欲しいであろう言葉を紡いだ。



「大変だったな。お疲れさん」



一瞬、瞳が緩んだ。けれど意地っ張りな彼女はそんな顔を彼に見られまいと、すぐにテーブルに顔を突っ伏してしまう。そのまま数秒沈黙した後、先ほどの勢いは何処へいったのか、今度はぽつりぽつりと言葉を溢していく。



「ごめん。いつも愚痴って」
「いいって。そんだけ溜まってたんだろ?」
「うん……でも……甘えてごめん」
「……ほんと、甘えベタだな」
「どーせわたしは人に甘えるの下手ですよ」
「でも俺は、こうやって頼ってもらえて嬉しいけどな」



軽めのカクテルで喉を潤しながらそう告げると、隣で彼女は沈黙する。表情が見えないから確証こそ持てないが、受け取りなれていない感情を受け戸惑いながらも、喜んでいるような気がする。そんな彼女が可愛くて、まるで妹が出来たかのように、愛おしく感じる。目許を緩めながら、彼女の頭をゆっくりと撫でる。



「頼ってもらえたら誰だって嬉しいんだから……もっと、弱味を見せれる相手見つけろよ? 」



こちらを一切見ず、かき消えるような声で「言われなくても、分かってる」と告げる彼女はやっぱり意地っ張りだった。そんな彼女が面白くて自然に笑みを溢しながらも、彼女が満足するまで、彼は黙って隣に居続けた。



もっと甘えられる人が彼女に現れますように――



そう、祈りながら――




【弱味を見せれる相手】




~Fin~
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登場人物紹介

ヒロイン。本文中では彼女表記。社会人で昼間は会社勤めをしている。素直になれない性格で人に頼ることが苦手。

ヒロインの信頼する友人。本文中では彼表記。社会人でヒロインとは別の会社に勤めている。マイペースで細かいことは気にしない。

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