1人きりの祝杯

文字数 1,106文字

「はぁ……今年もおめでとうわたし」



そう、独り言を溢しながらグラスに入れたお酒を呑む。少しだけ強いアルコールが、喉を焼きながら通りすぎていった。一杯、また一杯とグラスを呑み干していく。普段はこんな呑み方はしないのだが、こうでもしなければ彼女の中にあるモヤモヤした気持ちは消せそうになかった。感情に任せて呑み進めていけば、やがて心地よい高揚感が漂ってくる。意識が少しだけフワフワする中で、おつまみ代わりに買ったチョコレートを口に含んだ。ほろ苦さと甘味が絶妙なバランスで口に広がっていく。ちょっとした幸せを感じるが、気持ちは全く晴れない。自分の中に渦巻くネガティブな感情に、思わずため息をつく。


「はぁ……なーんでいっつもこうなんだろうなー」



グラスをテーブルに起き、顔を突っ伏す。ひんやりとした感覚が頬に伝わってきて、少しだけ気持ちが良かった。けど、心は満たされない。



「彼氏でもいたらこんな気持ちにはならないのかなー。でも今更、ねぇ……」



こうして1人で今日と言う日を迎えるのはもう何回目だろうか。何度経験しても慣れない感覚に、子どもの頃家族に祝ってもらえていたことがいかに幸せだったを思い知る。大人になればなるほど、1人になっていくような気がした。



もう、このまま寝てしまおうか――



そんなことを考えていた時だった。



ピンポーン――



インターホンが鳴る。こんな時間に誰だろうと、ぼんやりする頭で考えながらモニターを見ると、そこにいたのは彼だった。



「こんな時間に何?」



少し苛立ちを含めた声で問い掛けると、そんなことを全く気にしない彼は呑気な声を返してきた。



「今日誕生日だろ? 祝おうと思って色々買ってきた!」
「いや、なんで? わたしあんたの彼女じゃないんですけど」
「でも友達だろ? 祝わせろよ。あとで朱莉もくるから、3人で誕生日パーティーしようぜ!」



欲しかった言葉がスピーカー越しに流れてくる――



あぁ、自分は1人じゃなかったんだ――



鬱々とした気持ちが彼のたった一言で晴れていく。自然と零れ出る涙を拭いながら、マンションのオートロックを解除した。



「ありがとう。来てくれて。上がっていいよ」
「おうっ!」



インターホンのモニターを切る。彼が部屋に辿り着くまでに1分もかからないだろう。急いで、テーブルの上のグラスとお酒を片付ける。久しぶりに誰かに祝福してもらえる、その幸せを噛み締めながら、玄関のドアが開くのを待つのだった。




1人きりの祝杯




~Fin~
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

ヒロイン。本文中では彼女表記。社会人で昼間は会社勤めをしている。素直になれない性格で人に頼ることが苦手。

ヒロインの信頼する友人。本文中では彼表記。社会人でヒロインとは別の会社に勤めている。マイペースで細かいことは気にしない。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み