第4話

文字数 1,217文字

 二階の三分の一を使うこの部屋。中央に応接用の三人掛けの長椅子と、それ用の膝までの高さの机。向かって右側の壁を埋め尽くす、俺の背丈よりある本棚は、満載のままなにも変わっていない。
 変わっているものがあるとすれば、
「おい……」
 部屋の隅に、毛布の固まりがうずくまっている事。
 声をかけると一度大きく揺れ、さらに小さく身を縮こまる。後退ろうとするが、それ以上は壁にめり込まない限り無理だ。
 気持ちは、わからない訳ではない。
 肩をすくめて、それを眺めるため、ソファの背もたれに腰掛ける。帽子をテーブルに投げた。
 さて、どうしたものか。
 背広のポケットからシガレットケースを取り出して、そこから一本抜く。くわえて火を灯す。
 どうしたものかな。
 目の前の固まりの正体。自分でやっておきながら、とんでもない頭痛の種を作ってしまった。
 昨日のナ・イの依頼。
 生き残りを探していて、見つけちまった。
 撃ち殺された男が必死に隠すようにしていた、テーブルクロスの下のそれ。
 いや、彼女。
 自分で口を塞ぎ、必死に悲鳴を殺し、それでも泣きじゃくっていた少女。
 引き金が引けなかった。そして気付いたら彼女をテーブルクロスでくるんで、ここまで連れてきてしまった。
 どうして撃てなかったのか、検討も付かない。
 子供を殺したことなんて、いくらでもあった。
 それが今回に限って、何故だか撃てなかった。
 くそったれだ。最悪すぎる。
 状況から察するに、間違いなくどちらかの令嬢だ。しかも確実に火種になるレベルだ。
 最悪すぎて、大笑いだ。ここに来た時以来の大惨事だ。
 煙草が燃え尽き、灰皿に吸殻を押し付けた。
「ひと、ごろし……」
 呻き声。のような声。
 何事かとも思ったが、それは、毛布の中からだった。
「ひとごろし……ッ!」
 純粋に殺意のこもった声。
 ずいぶんと、こんな声は久しぶりに聞いた。
「そうだ」
「ッ!?」
 毛布の奥、彼女の瞳が、見開かれて固まった。
「人殺しだ。何人も殺した。この街に来てからだけでも、三桁近くは殺ってる」
 そう。人殺し。間違いない
 殺しの仕事も、仕事でない時にも殺した事がある。
 そういう人間だ。そういう人間になった。だからその絶叫を否定することはない。
「後悔も、懺悔もない。だから、殺したければ、いつでも殺せ」
 人を殺す人間は、殺されても恨みっこ無しだと思っている。
 かと言って殺されてやるつもりはない。殺されそうになれば、殺して生き残る。
 生きている。この娘も、生きている。だから、死ぬ時は死ぬ。
 一度外へ出て、通路置いたままだった手荷物を取って来て、テーブルに置く。
 コートを脱いでソファーに投げる。背広、ベスト、シャツと順に脱いで同じように投げる。
「腹が減ったら、勝手に食え。寝る」
 あくびをひとつして、寝室へ。
 種はあっても、まだ芽吹いていない。こいつが頭痛になるまでは、ゆっくり寝るとしよう。
 背中に視線が刺さるが、気にせず寝室に向かった。
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