第3話
文字数 2,057文字
新聞の見出しには、大きく昨晩の事件が書かれていた。
「大成功だな。名探偵 くん」
ご満悦という顔で、ナ・イは机の上の新聞を指で叩いた。
ここは先々日と同じ、ナ・イの執務室だ。
前回と違うのは、新聞を見るナ・イが、エラく上機嫌だということ。
依頼は達成した。その結果、この街はおそらく戦争になる。
昨日殺したのは、厳格派と民主派の幹部だった。
教会、商会、連合による取り決めを行う三合会がある。これは行政を取り仕切る70の神官達と癒着した悪しき組織だが、それとは別にさらに大きな派閥がある。それが厳格派と民主派である。
厳格派は神官に近しい組織だが、神託や神意の正しい在り方を伝える清廉潔白な派閥。以前までは極少数だったが、いよいよ腐敗や悪道から解脱したいと願う民衆が増えて来たらしく、近年爆発的に勢力を増している。
民主派も同じく悪と決別したい民衆が発起した組織だが、神に首を垂れるるわけではない。神は神で勝手にやってくれ。人間も人間で勝手にやる。というスタンスの組織だ。
この二者は似ている様で、全く違う。そもそもの目的が180度違うが、課程は同じだ。それ故に今までは協力できずにいた。それが一歩踏み出し協調を計ろうと。偉大な一歩になるはずだった。それぞれの意見を交換し合い、協定を結ぶためにああして集まっていたのだ。
それを皆殺しにした。
現に他の者、おそらく差し向けたのは厳格派の強行組だと思うが、襲撃を受けたわけだ。
直接的には言ってないにしても、事実はある。幹部は全員死んだ。それこそが一番重要だ。
「楽しいだろう。この街はまた戦争になる。厳格派、民主派の。そしてこの火種は、確実にこの街全てに飛び移る」
「相変わらず、えげつないな。それで誰が得をするんだ?」
「日和見するなよ、名探偵くん。戦争なんてモノは、起こした奴が一番得をしなければ、起こす意味がないだろう」
暗い闇のように、ナ・イは不気味な笑みを浮かべた。
虫唾が走るのをなんとか堪え、鼻で笑った。
「まぁ、関係ないさ。支払いはいつも通り」
仕事以外で、この男の戯言に付き合いたくはない。
常に利潤と保守を追求し、そのためにあらゆる勢力、人を葬ってきた男。
この悪徳の街を、より住みよく、より自分の利益が増えるように、破壊し、構築してきた男。
「それでは、名探偵くん。また、よろしく」
踵を返すと、ナ・イは不気味なニュアンスを含めて言い放った。
悪徳の都、セレファイスは巨大だ。
遥か古代に建造された堅牢な城塞都市で、街全体に千の尖塔が並び、高架に支えられた高速道路が東西南北へと延びている。街の西には偉大なるセレノリア内海へ繋がるナラクサ河が流れており、巨大な漁港と軍港、貿易港が連立している。
街の中央には永遠にこの土地を統治する役目を負う、最古にして最後の王、クラネス大王の神殿がある。その神殿の北西部には70の歓喜の神殿という、腐敗政治の象徴である70人の神官たちの屋敷が立ち並ぶ。北部から西部にかけて上級市民の街があり、東へ向い城壁を跨いで伸びている高速道路の下を中級層下級層の住宅地がある。都市の南側は大きく半分に分け一般市民用の市場があり、残りの半分にはスラム街と闇市場が広がっている。
我が家である千一棟目の尖塔は、誰からも忘れられた南7と8分の5号裏通り68・1番地、実数と虚数の狭間にある。
月面がセレファイスの尖塔の目前を通り過ぎるときだけ、外界からは肉眼で確認できるので、次はおそらく二千年後くらいだから楽しみにしておくといい。
薄暗い、昼か夜かも分からない南7と8分の5号裏通りを走り、車を石造りの廃屋の中に停める。尖塔からは少し離れているが、もしもの時には移動手段を失わないで済む。
およそ100数メートルほど通りをまっすぐ歩き、どこの誰とも知らん、ミイラになった死体を蹴飛ばして我が愛しのホームへ。そう言えば、最近ミイラが増えたな。
もうずいぶんと掃除されていない、埃の積もったエントランスを抜けて、上の階へ伸びる階段を登る。
二階への階段の前は、差し渡し3メートル程度の広さの正方形をしたスペースがあり、階段の正面にドアがひとつ。
ドアには『セレファイス探偵社』と書いた札が取り付けられている。
ここが俺の自宅兼事務所。ちなみに直接来客した者はいない。
ドアの足元に置いたはずの22口径の薬莢がない。誰かがドアを開けたみたいだ。
ため息ひとつ吐き、手荷物をドアの脇に置く。そして左で拳銃を抜き、右手でゆっくりドアを開けた。
明かりはついていない。
淀みなく拳銃を構え、敵が出てきそうな所を狙っていく。
変化は、ない。3時間前に出てから、特に変化らしいモノはない。
玄関からは短い廊下がまっすぐ伸び、両サイドにそれぞれ2つずつドアがある。一番奥には居間兼ビジネスルームへ繋がるドア。
玄関から近い順に開けて、中を確認していく。
ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ。
異常はない。
なら、最後のドアだ。
ゆっくりと開けて、中を伺う。
「大成功だな。
ご満悦という顔で、ナ・イは机の上の新聞を指で叩いた。
ここは先々日と同じ、ナ・イの執務室だ。
前回と違うのは、新聞を見るナ・イが、エラく上機嫌だということ。
依頼は達成した。その結果、この街はおそらく戦争になる。
昨日殺したのは、厳格派と民主派の幹部だった。
教会、商会、連合による取り決めを行う三合会がある。これは行政を取り仕切る70の神官達と癒着した悪しき組織だが、それとは別にさらに大きな派閥がある。それが厳格派と民主派である。
厳格派は神官に近しい組織だが、神託や神意の正しい在り方を伝える清廉潔白な派閥。以前までは極少数だったが、いよいよ腐敗や悪道から解脱したいと願う民衆が増えて来たらしく、近年爆発的に勢力を増している。
民主派も同じく悪と決別したい民衆が発起した組織だが、神に首を垂れるるわけではない。神は神で勝手にやってくれ。人間も人間で勝手にやる。というスタンスの組織だ。
この二者は似ている様で、全く違う。そもそもの目的が180度違うが、課程は同じだ。それ故に今までは協力できずにいた。それが一歩踏み出し協調を計ろうと。偉大な一歩になるはずだった。それぞれの意見を交換し合い、協定を結ぶためにああして集まっていたのだ。
それを皆殺しにした。
現に他の者、おそらく差し向けたのは厳格派の強行組だと思うが、襲撃を受けたわけだ。
直接的には言ってないにしても、事実はある。幹部は全員死んだ。それこそが一番重要だ。
「楽しいだろう。この街はまた戦争になる。厳格派、民主派の。そしてこの火種は、確実にこの街全てに飛び移る」
「相変わらず、えげつないな。それで誰が得をするんだ?」
「日和見するなよ、名探偵くん。戦争なんてモノは、起こした奴が一番得をしなければ、起こす意味がないだろう」
暗い闇のように、ナ・イは不気味な笑みを浮かべた。
虫唾が走るのをなんとか堪え、鼻で笑った。
「まぁ、関係ないさ。支払いはいつも通り」
仕事以外で、この男の戯言に付き合いたくはない。
常に利潤と保守を追求し、そのためにあらゆる勢力、人を葬ってきた男。
この悪徳の街を、より住みよく、より自分の利益が増えるように、破壊し、構築してきた男。
「それでは、名探偵くん。また、よろしく」
踵を返すと、ナ・イは不気味なニュアンスを含めて言い放った。
悪徳の都、セレファイスは巨大だ。
遥か古代に建造された堅牢な城塞都市で、街全体に千の尖塔が並び、高架に支えられた高速道路が東西南北へと延びている。街の西には偉大なるセレノリア内海へ繋がるナラクサ河が流れており、巨大な漁港と軍港、貿易港が連立している。
街の中央には永遠にこの土地を統治する役目を負う、最古にして最後の王、クラネス大王の神殿がある。その神殿の北西部には70の歓喜の神殿という、腐敗政治の象徴である70人の神官たちの屋敷が立ち並ぶ。北部から西部にかけて上級市民の街があり、東へ向い城壁を跨いで伸びている高速道路の下を中級層下級層の住宅地がある。都市の南側は大きく半分に分け一般市民用の市場があり、残りの半分にはスラム街と闇市場が広がっている。
我が家である千一棟目の尖塔は、誰からも忘れられた南7と8分の5号裏通り68・1番地、実数と虚数の狭間にある。
月面がセレファイスの尖塔の目前を通り過ぎるときだけ、外界からは肉眼で確認できるので、次はおそらく二千年後くらいだから楽しみにしておくといい。
薄暗い、昼か夜かも分からない南7と8分の5号裏通りを走り、車を石造りの廃屋の中に停める。尖塔からは少し離れているが、もしもの時には移動手段を失わないで済む。
およそ100数メートルほど通りをまっすぐ歩き、どこの誰とも知らん、ミイラになった死体を蹴飛ばして我が愛しのホームへ。そう言えば、最近ミイラが増えたな。
もうずいぶんと掃除されていない、埃の積もったエントランスを抜けて、上の階へ伸びる階段を登る。
二階への階段の前は、差し渡し3メートル程度の広さの正方形をしたスペースがあり、階段の正面にドアがひとつ。
ドアには『セレファイス探偵社』と書いた札が取り付けられている。
ここが俺の自宅兼事務所。ちなみに直接来客した者はいない。
ドアの足元に置いたはずの22口径の薬莢がない。誰かがドアを開けたみたいだ。
ため息ひとつ吐き、手荷物をドアの脇に置く。そして左で拳銃を抜き、右手でゆっくりドアを開けた。
明かりはついていない。
淀みなく拳銃を構え、敵が出てきそうな所を狙っていく。
変化は、ない。3時間前に出てから、特に変化らしいモノはない。
玄関からは短い廊下がまっすぐ伸び、両サイドにそれぞれ2つずつドアがある。一番奥には居間兼ビジネスルームへ繋がるドア。
玄関から近い順に開けて、中を確認していく。
ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ。
異常はない。
なら、最後のドアだ。
ゆっくりと開けて、中を伺う。