第11話

文字数 14,375文字

 
 ※

 アフリカの国々が次々と独立を果たした『アフリカの年』(一九六〇年~)以後も旧宗主国は引き続き土地の大部分を占有し、資源を開発し、時には市場を開設した。
 一九九一年、ソ連が崩壊し社会主義陣営と資本主義陣営の対立『冷戦』が終結、資本主義が世界規模(グローバル)で広まる。資本主義経済のグローバル化により科学技術が進歩する一方、環境破壊が進み、経済格差が拡大する。
 『世界人口の約半数(三十八億人)と同じ富がわずか二十六人の富裕層に集中している』
 国際慈善団体オックスファムの最新レポート(二〇一九年)

 世界銀行のような国際機関や日本を含む先進国のODA(政府開発援助)は、道路やダムを建設するという名目で地元住民を強制的に立ち退かせ、農作物も育たない不毛の地へと追いやった。家を失い、職を奪われ収入が途絶えた人々は貧困に陥り、病気や飢餓が蔓延した。
 多国籍企業は安い労働力を求め発展途上国で事業を始め、五歳から十七歳の子どもを含む労働者を劣悪な環境下で長時間・低賃金で働かせ、それによって得られた巨額の利益をタックスヘイブン(租税優遇措置国)に設立したペーパーカンパニー(登記された架空の会社)に隠している。
 ※タックスヘイブンの実態を暴いた『パナマ文書』(二〇一六年四月)と『パラダイス文書』(二〇一七年一一月)が有名。
 ※児童労働はサハラ以南では三人に一人と言われ、生産されるカカオなどの食料品や衣料品は日本にも輸入されている。
 国の指導者や政府高官は多国籍企業から多額の賄賂を受け取り、国民を守るどころか、労働組合員を殺害し、企業を訴える地域住民を殺害、拷問、レイプしている。
 児童労働や搾取労働に関わる、もしくは国による人権侵害があると知りながら黙認している多国籍企業は四〇〇〇社を超え、監視機関が企業名をインターネットで公表している。
 『わが国(先進国)の金持ちたちの際限ない強欲と、いわゆる発展途上国のエリート層による汚職が結びつき、死をもたらすほどの巨大な陰謀が行われている(……)。世界のいたるところで、毎日、無実の子どもたちが(飢饉などにより)虐殺されている』
 スイス神学者ウォルター・ホーレンヴェーガー(一九二七―二〇一六年)

 『アフリカの年』以後のこうした先進国による発展途上国への搾取は『新植民地主義』と批判され、近年では中国によるアフリカへの多額の融資と進出方法がアフリカに恩恵を与えないうえ地元の経済活動を破壊するのではないか(『債務の罠』)と問題視されている。
 (主に『資本主義って悪者なの?』、『人権で世界を変える三〇の方法』を引用)

 注)植民地はインド、中国、フィリピンなどアジア地域にも及ぶが、民族も文化も関係なく区分けしたアフリカと違い、アジア地域の植民地は一まとまりの地域だったため、独立後は国家として成立している。また発展途上国はオーストラリアなどの一部地域を除き、南半球に多く存在する。


 ※

 マダガスカル島の東方八百キロメートルにあるインド洋に浮かぶ島々――モーリシャス。首都はポートルイス、アフリカに属する。「インド洋の貴婦人」と形容され、夏にあたる十二月から四月はビーチリゾート地としてヨーロッパ人に人気である。
 かつて無人島だったこの島にオランダ人がサトウキビ栽培を持ち込み、その後、フランス、イギリスの植民地支配を経てサトウキビ栽培が定着する。砂糖の輸出と観光業が主産業であったが、砂糖の価格が下落したため、『二重課税回避条約』をアフリカの四十三か国と結び、金融立国として成長する。
 国際慈善団体オックスファムに『二重課税回避条約を通じてアフリカの税収を奪っている』と評価されたものの、政府は『モーリシャスはタックスヘイブンではない』との声明を出している。
 (『ルポ タックスヘイブン』引用)

 二〇一七年二月、モーリシャス。紺碧の空とエメラルドグリーンの海辺を臨む別荘の一室。
「陽射しが強い。カーテンを閉めさせてもらう」
 カーテンを端から端まできっちりと引くキンシャサをイルシャードはやんわりとたしなめる。
「せっかくヤウンデがリゾート地に別荘を借りてくれたんだ。素晴らしい景色を楽しもう」
 ヤウンデは「いいよ、いいよ」と両手を上下に振る。キンシャサを刺激しないよう気を遣っているのだ。
「目が痛くなる」
 キンシャサはイルシャードの提案を忌々しげに却下し、部屋の奥の席に座り足を組む。キンシャサはコンゴ民主共和国の首都名で、偽名だ。細かく波打つ明るい茶色の髪は肩まで伸び、褐色の肌、空をくりぬいたような目、ほっそりとした体はアーティストかミュージシャンを思わせる。
「イルシャード、フルベ族の民族衣装を着て、君はいつからフルベ人になった」
 イルシャードは白の帽子を被り、同色のワンピースを身につけている。くるぶしまであるワンピースの裾を広げ説明する。
「涼しいし砂埃もかからないから気に入っている。君も着てみたらいい」
 キンシャサは忌々しげに手を横に振った。
「全員集まった。そろそろ会合を始めよう」
 促したのはヤウンデ、そのまま遊びに行けそうな半袖半パンのラフな格好だ。真っ直ぐな黒髪を短く刈り、小麦色の肌に青い目、堂々とした体つきに人懐っこい笑顔が魅力的な男だ。本人は否定するが、かなり女性にもてる。「ミニ・アフリカ」と称されるカメルーンの首都名と同じで、こちらも偽名だ。
 服同様会場のこともあるのだろう、キンシャサに開口一番、
「レジャーとビジネスははっきり区別してくれないと困る」と咎められ、ヤウンデは目を白黒させていた。
 今、イルシャード、ヤウンデ、キンシャサと他四名、計七名の同志が卓を囲んでいる。全員、本名は伏せ通称を使っている。「イルシャード」は父方の正式な名前ではなく、母がつけた名だ。
 イルシャードが報告する。
「人身売買と鉱物の取引で得た額は一年間で七千万ドル、農産品や鉱物を適正な価格で取引するフェアトレードを約束してくれた企業は三十二社。今後もロビー活動を行い、取り決めを守りアフリカに利益を還元する企業か見極めたうえで提携を結ぶ」
 ヤウンデが報告する。
「売り渡された『妻』と『奴隷』から生まれた子ども、親に捨てられた子ども、路上生活者の子ども、身寄りのないストリートチルドレン、難民・移民の子……、教育を必要としている子どもは多い。アフリカ内外に初等教育(日本の小学校にあたる、国によって修了年数は異なる)及び中等教育(日本の中学と高校にあたる、国によって修了年数は異なる)を創設し、ホームの子を優先的に受け入れている。その数およそ八千人。成績優秀者には専門学校、または大学進学を援助している」
「無償でかい」
 イルシャードが尋ねる。
「ホームランド(母国)で働く条件付きでだ。手間暇かけて育てた人材だ。首に縄をかけてでも働いてもらうさ」
「アハハッ」とイルシャードは笑った。
 キンシャサは内戦状態の国と被害状況、武装組織の数と分布地帯を報告する。
「調査期間中にも暴動が起きている。実数は把握しきれていない」
 神経質そうに眉間に皺を寄せるキンシャサをイルシャードはなだめる。
「TIA(これがアフリカ)だよ。計画が調うまでしばらくかかる。今はやりたいようにやらせておけばいい。不要な者同士殺し合えば手間が省ける。時が来たら順次片づけていこう」
 ヤウンデが付け加える。
「私たちが基盤を創っても後を引き継ぐ者がいなければ無駄になってしまう。今育てている子どもたちが表舞台に立つまで十五年かかる。ゆっくりやろう。……その頃私は死んでいるかもなぁ」
 ヤウンデの母国の平均寿命は五七歳、アフリカ五十四か国のうち約三分の二が平均寿命六五歳以下とされる。ヤウンデはそれを気にしているのだろうか。豪胆な彼らしくもない弱気な発言を聞くと冗談なのか本気なのか分からない。
 イルシャードは素で断言する。
「君は図太いから心配いらないよ」
 ヤウンデは嬉しそうに笑った。
「君もしたたかだから長生きするよ。百歳になったら二人で乾杯しよう」
 イルシャードは肩を揺らし笑い、ヤウンデは明るく笑う。
 ヤウンデとは気が合う。陽気でおおらかで一緒にいて楽しい。
 キンシャサが焦れたように口を挟む。
「構想を練りたい。イルシャード、進めてくれ」
 イルシャードは肩をひょいとすくめた。
 キンシャサはせっかちで神経質なところがある。
 キンシャサっておっかないよな、とヤウンデが茶化すように両眉を引きあげ目を大きく開き、首をクイッと傾ける。キンシャサに見えないよう体ごと向けておどけるから危うく吹き出しかけた。さっきまでキンシャサの顔色を窺っていたことは忘れてしまったようだ、凝りないところがヤウンデらしい。
 ヤウンデの後方でキンシャサが睨んでいる。イルシャードは咳払いをし説明を始める。
「以前も話したように南アフリカを除くサハラ以南は極度の貧困、病気、飢餓、紛争、環境汚染……、数々の問題を抱えている。これは植民地時代の負の遺産をいまだに引きずっているためだ。豊富な農産品と地下資源がありながら貿易の不均衡、多額の債務により多くの国民が利益を享受できていない。独裁政権による買収と汚職も要因の一つになっている。これらの問題を解決するために私はある構想を練った。
 今あるアフリカ連合を吸収する形でアフリカを一括して統治する巨大組織をつくる。名前は、そうだな、アフリカ連合(AU)をもじり、大アフリカ連合(BAU)とでもしておこうか。
 大アフリカ連合がアフリカ諸国の指導者を審査し、基準に満たない者、国を混乱に陥れた者、長期に渡り政権を独占している者、企業と結託し住民を迫害している者を排除する。そのうえで民族に関わらず国家の富を再分配できる、国の指導者としてふさわしい者を選出する。
 また、アフリカ諸国の軍備を集約し、大アフリカ連合軍を創設する。アフリカ各国の政府軍を解体し、アフリカ各国には国内の治安を守る警察部隊のみを許可する。反政府組織や武装組織を解散させ、戦闘員を大アフリカ連合軍、警察部隊、刑務官等に組み込み、残りは社会復帰できるよう再教育する。大アフリカ連合軍が武器と兵士を一括管理し、アフリカ大陸から紛争を一掃する」
 ヤウンデが軽く手を挙げる。
「アフリカは広大だ。一組織の影響力が大陸の隅々まで行き届くかな」
「いくつかの州に分けようと思う。北アフリカ州、東アフリカ州、中央アフリカ州、西アフリカ州、南アフリカ共和国を含む南アフリカ州……というふうに。中央アフリカ共和国、コンゴ民主共和国、南スーダン、南部ソマリア……、紛争国及び紛争国が隣接する国と地域は監視重点地域に指定する。
 それぞれの州に連合支部を置き、連合軍を常駐させる。支部が州に属する国々を監視し、また支部の代表者が連合本部の役員を兼任する。私利私欲に走らない、民族にこだわらない、公平で公正な人間であることが必須条件だ。公用語を複数話せる程度の高等教育を受けていることが望ましい」
 ヤウンデは力強く頷く。キンシャサは難しい顔で手を挙げる。
「植民地支配と独裁政権で人民は支配的な政治手法に嫌気が差している。新しい連合が支配的な統治をすれば反発はアフリカ全土に波及する。そうなれば今までの繰り返しだ。上からの改革ではなく下からの改革が必要だ」
「もちろんそれが理想だ。しかし、国の指導者として無能であろうと民衆は同じ民族出身者に投票する傾向が強い。投票の度に民族間で衝突が起きることを考えれば我々が指導者を選ぶ方がいい」
 キンシャサはそうは思わないようだ。
「『自分が指導者を選んだ』という満足感がなければ優れた指導者であっても暴動が起きかねない。民衆に選ばせる方がいい」
 少しの間、キンシャサと視線を交わす。キンシャサの表情は揺らがない。
 キンシャサが駄目だと言うなら駄目なのだろう、イルシャードは妥協案を提示する。
「……民衆が自ら国の指導者を選びたいなら邪魔はしないでおこう。その代わり、投票は連合軍の監視下で行う。国の指導者には任期を設け、また政権運営は連合支部が監視する。指導者の身内を一人連合に組み入れ、有事の際は取引材料に使う」
「人質、というわけか。役に立てばいいがスパイになる恐れがある」
「人質の体内にGPSを埋め込むつもりだ」
「場所を移動しなくとも通話はできる。メールもだ。隠しカメラや盗聴器を設置しても限界がある」
 ふむ、とイルシャードは思案する。
「……なら、どうしようか」
「……そうだな」とキンシャサは腕を組み、虚空を見つめる。
 キンシャサの頭には膨大な情報量が蓄積されている。その中から最も有効な手だてを導き出す能力が彼にはある。
 ヤウンデが話に割り込む。
「安心してくれ。私が育てている子どもたちは皆、優秀だ。いずれアフリカ諸国の政権と軍部に毎年百人単位で送り込む。彼らはそこで経験を積み力を蓄え、金と権力に群がるハイエナどもを蹴散らしトップへと躍り出る。民衆の絶大な支持を得てね」
 ヤウンデは自信たっぷりにウィンクをする。
 真剣に聞いていたイルシャードはプッと吹き出し、あははと笑った。
「君は場を和ませる天才だね」
 イルシャードは笑って知らずしらず前のめりになっていた姿勢を起こし肩の力を抜く。
 ヤウンデが心外だと言わんばかりに詰め寄る。
「ああっ、信じてないな。私は本気で――」
「もちろん、君の子どもたちには期待しているよ」
 イルシャードはにこやかに応じる。
「楽観的すぎる」
 キンシャサは不満を口にし、ヤウンデはむきになる。
「本当だって。私が育てた子どもたちが五十四か国の政権と軍部の上層部を占め、大アフリカ連合の下に一つになり『アフリカの再生』に取り組むんだ。そのために私は日々世界中を駆けずり回っているんだぞ」
 イルシャードは深く、頷く。
「君の多大なる尽力には心から感謝しているよ。『アフリカの再生』は君の力なくしては実現できない。頼りにしているよ」
「そこまで持ち上げなくても……」
 戸惑うヤウンデにイルシャードは重ねて言う。
「事実だよ。君がいなければこの構想は生まれなかった。君の力がいる。頼りにしている」
「わ、わかった。わかったから」
 ヤウンデは顔を赤くし引き下がる。意外にも、豪放らいらくなヤウンデは正当な評価を受けることに慣れていないらしい。
「話の論点がずれている」
 キンシャサの指摘にイルシャードは「……はて」と首を傾げる。何を話していたか、すっかり忘れてしまった。
「民衆による投票を認めるが連合が政権運営を監視し、有事の際は人質を使って交渉する、までだ」
 ああ、そうだった、とイルシャードは本題に戻る。
「ヤウンデの人を育て繋げる能力は信じているが敵も周到だ、簡単に政権の座を明け渡すとは思えない。買収、恐喝、煽動……、あらゆる方法で抵抗してくるだろう。後継の安全を確保するためにも衝突や暴動が起こった際の弱みは握っておいた方がいい」
「人質以外に有効な交渉材料はないか、次の会合までに考えておく」
 渋い顔だがキンシャサが引き受けてくれた。
「君に任せておけば間違いない、よろしく頼むよ」
 イルシャードは満足しキンシャサに微笑む。
「武力衝突が発生した時は連合が紛争当事者に停戦を働きかける。停戦に応じず紛争が長引くようなら両者とも大アフリカ連合の法の下に処罰する。とはいえ、軍が無ければ大きな戦争はできないし、軍事費も削減できる。節約分をインフラ整備に割り当てれば民衆の不満は和らぎ暴動を回避できる。政治が安定し治安が確保できれば、人も企業も戻ってくる。連合の役割は大陸内からあらゆる紛争を一掃することと、外国からの軍事的及び経済的圧力を排除することだ」
 全員が深く頷く。イルシャードは続ける。
「大陸内でも発展している国と破綻している国、外国からの援助を享受している国と搾取されている国、資源の恩恵を受けている国と資源が乏しい国、学歴社会の国と教育の普及が遅れている国……、国によって事情が大きく異なる。しかし、どの国も経済格差は著しい。総じて、旧植民地から独立し社会主義を選んだ国は独裁化し、資本主義を選んだ国は先進国の属国と化している。二の舞は演じたくない。大アフリカ連合は新自由主義(完全で自由な資本主義)を否定し、国際連合とは別個の道を採る」
 ヤウンデは力強く相槌を打ち、キンシャサは静かに聞いている。他の四名は無言だ。
「第二次世界大戦の勝者が独断でつくりあげたルールだ。旧宗主国が将来にわたって栄えるよう作った。我々が従う必要はない」
 ヤウンデが付け加える。
「先進国の思惑が絡みほとんどの国際条項が用を成さない。『十八歳未満の子ども兵使用の禁止』に罰則規定はない。紛争ダイヤを取り締まる『キンバリー・プロセス』は抜け道だらけ、『ハゲタカファンドを禁止する国際協定』は策定すらされていない。先進国が自国の利益を優先するためだ」
 イルシャードは続ける。
「アフリカには豊富な農産品があり地下資源がある。それを不当に安く買い取られている現状を打開したい。そのためには国際取引市場ではなく大アフリカ連合が取引価格を決める。質と量を確保できた一次産品を連合が一括して買い取り、フェアトレードを約束した企業と直接価格交渉をすれば可能だ。
 また、アフリカ国内で農産品や鉱物を加工、製造できる施設を造り、生産から製造、出荷までを行えるようにしたい。最終的には欧米諸国にある国際取引所をアフリカ国内に移転させる。ボツワナはそれで成功した。国籍を問わず技術者、専門家を養成する必要がある。そのためにアフリカ内外で人材を育てている。そうだろう、ヤウンデ」
「そうそう」
 ヤウンデがしきりに頷きながら胸ポケットから手帳を取り出し「技術者」と呟きペンを動かす。
「政治家、軍人、教師、医師、警察官、技術者、農業インストラクター、整備士、IT技術者、……建築家も必要かな。これは大変だ」
 イルシャードは話を進める。
「我々が先進国に払う債務は人道支援、開発援助と称した先進国の投資額より多い。これらの利益は大企業や国際銀行の株主である先進国に吸い上げられている。我々がつくった法規の下で債務整理し、不当に徴収された債務を回収する。関わった投資ファンドと裏で手を引いた大銀行には相応の報復を与える。外国の裁判所の決定には従わない」
「裁判官、国際弁護士、税理士、会計士……」
 ヤウンデが愉快そうにペンを動かす。
 キンシャサが手を挙げる。
「先進国の奴らはハゲタカ(投資)ファンドと銀行の味方だ。力づくで資産を差し押さえられたらひとたまりもない。ザンビアがいい例だ。ザンビアは大銀行とハゲタカファンドの思惑で世界中に輸出されたザンビア産の銅、ロンドンにあるザンビア政府の不動産、南アフリカに入国するトラックなどを差し押さえられた。経済制裁をやられたらそれこそアフリカ全体が飢餓に瀕する」
 キンシャサは常に最悪のシナリオを考える。危機管理能力が高い証拠だ。
「そうならないよう輸入に依存する現状を改善したい。水路をつくり、貯水池をつくり、水をろ過する技術を取り入れ、生きていくうえで必要不可欠な水をアフリカ全土に循環させる。並行して農作物の生産量を増やし地産地消を推し進める。食料と水を確保し、なおかつアフリカの鉱業と製造業を発展させ、外国企業の思惑に左右されない経済基盤を固めておけばアフリカの原産品が手に入らなくて困るのは先進国だ。プラチナ、コバルト、マンガン、タンタル、金、ダイヤモンド、石油、コーヒー、カカオ、ピーナッツ……。特にICT(情報通信技術の意、ITと同義)社会に浸かりきった先進国がパソコンや携帯を作れなくなったら大打撃だろう」
「相手は狡猾だ。そううまくいくとは思わない」
 キンシャサは懐疑的だ。
「歴史が物語っている。ソマリア紛争に介入した多国籍軍は地下資源がないと知るや撤退した。アンゴラの内戦では中国とアメリカ、ソ連とキューバが介入し泥沼化した。世界最貧国のブルキナファソを民主化し蘇らせようとしたサンカラはフランスの思惑で暗殺された。サンカラだけではない。外国からの自立を目指した世界中の為政者を先進国の奴らが圧力をかけて潰してきた。鉱物や農産品を安く買い取れなくなるからだ。先進国の奴らは紛争がなく、自立できないアフリカが望みなのだ。資源を思いのままに使うために」
 ソマリア紛争の多国籍軍介入は一九九二年、アンゴラ内戦の連合軍介入は一九七〇年代の話だ。キンシャサは先進国が行った四十年以上も前の悪事を一つ一つ拾いあげ怒りを掻き立てているのかと思うと、イルシャードは驚きとともに彼の精神状態が心配になった。
 キンシャサの半分にはソマリアの血が流れ、半分はソマリアの旧宗主国だったイタリアの血が流れている。イルシャードはディンカ人とイギリスの混血だ。
 葛藤と苦悩はどれほどのものか。理解できるようでキンシャサのように過敏な神経を持たないイルシャードには理解できなかった。
 イルシャードは穏やかな口調でなだめる。
「理不尽が過ぎるようならこちらも手を打つ」
「どんな手だい」
 ヤウンデが身を乗り出して聞く。青い目がきらきら輝いている。キンシャサと正反対でヤウンデは生粋の楽天家のように思える。自分の構想にいち早く飛びついたのも彼だ。
 『アフリカの再生』という遠大な夢を前に尻込みする自分の背中を押し、同志を集め、会合を開くまでにこぎつけた。それにどれほど救われたことか。
 イルシャードにとってヤウンデは同志以上の存在だった。
 少しの間を置き、イルシャードは口にする。
「全面戦争なんていうのはどうだろう。外に共通の敵を作れば身内同士で争っている余裕はなくなる。こちらとしても好都合だ。一国だから干渉される。アフリカ全土で敵を倒しにいく」
「面白い」
 ぱあっとヤウンデの顔が輝く。
「馬鹿な」
 キンシャサは不快感を露わに眉をひそめ、他の四人の反応もいまいちだ。
「本当に戦争になったらどうするつもりだい。最新兵器を持つ先進国相手に勝ち目はないんじゃないかな」
 と言いながらも、ヤウンデは楽しくて仕方がないといった感じで目をきらきらさせる。
 イルシャードは沈黙を保つ四人のうちの一人に目配せをする。
「いい考えがあるそうだね、ハラーム」と発言を促す。
 黒のパーカーにジーンズ姿のハラームが控えめに手を挙げる。
 話に飛びつくと思われたヤウンデが不満そうにソファの背もたれに反り返る。
「ハラーム(禁忌)なんて、悪趣味だね。もっと名前に気を遣ってはどうだい。私やキンシャサのように都市名にしなよ」
 よほど、ハラームという偽名が気に入らないのだろう、会合の度にヤウンデはハラームに改名を勧める。
 イルシャードは覚えている――「名前なんてどうでもいいよ」とテーブルに広げた地図を指さし真っ先に呼び名を決めたのはヤウンデだったことを。
 ハラームは困ったようにフードの端を引っ張る。
「この名前に慣れてしまいました。私の役割にふさわしい名だと思いませんか」
 ヤウンデは腕を組み、うーんと唸る。
「名前と性格が一致しないんだよなぁ」
 イルシャードはくすりと笑った。ハラームは極度の恥ずかしがり屋だ。初めてハラームが会合に参加した時、彼はフードの端をつかんで終始俯き、ぼそぼそと話していた。
 ヤウンデは至極真面目な顔で「彼で間違いないのかい」とイルシャードに耳打ちした。イルシャードははっきりと頷いた、――「間違いないよ」と。
 会合が進むにつれハラームの有能さが会話の端々に現れ、ヤウンデはもちろん、キンシャサや他の者もハラームが同志であることを認めた。
 ハラームはフードを目深に被り、話し始める。
「アメリカは小型核ミサイル(戦術核)を保有しています。通常の核兵器(戦略核)は威力があり過ぎて使えない、それなら小型化して使いやすくしよう、という考えでしょう。これからは威力が大きすぎて使えない戦略核より、使いやすい戦術核が重要視されます。この両者は射程距離が違うだけで、威力の制限はありません。戦略核並みの威力がある戦術核もありますし、攻撃目標次第では戦略核並みの効果を得られます。
 同等の兵器をアフリカ各地に配備すれば西欧、アメリカ、中東、中国への抑止力になります。中距離弾道ミサイル、潜水艦発射弾道ミサイル等に搭載すれば世界全域を射程距離におさめられます。他の兵器と組み合わせれば用途は無限に広がるかと」
 ヤウンデは驚きを隠さない。ほうっと感嘆のため息をつき興味深そうに聞く。
「どうやって手に入れるんだい」
 ハラームはフードから覗く口元をほころばせる。
「造ろうと思います。私の手の者を何名かスパイとして潜り込ませ、既に設計図、性能と使用方法、実験内容と結果報告等、さまざまな機密情報を入手しています。ロシアも戦術核を保有しています。情報をちらつかせ、共同開発を提案すれば乗ってくるかと」
 ヤウンデは感嘆の声を上げ、
「頼もしいなあ。同志であることを光栄に思うよ」
 と握手を求める。
「……まだ、準備段階です……」
 ハラームはおずおずと握手に応じ、フードの縁を引っ張る。照れている時の癖だ。
 イルシャードが話を進める。
「抑止力としては充分だ。最新兵器の製造はハラームに任せ、国内の鎮圧に使う兵器は私が軍需企業から買い付ける。彼らは利益になれば国際情勢に関係なく売ってくれる、大量破壊兵器でもね。将来的には国内で生産できるようにしたい。
 加えて、アフリカ諸国の政府軍が所有する戦闘機や戦車などの重火器を連合軍に移転させ、大量に出回っている小型武器は連合軍が回収し、管理する。アフリカは内戦続きで戦闘経験を積んだ戦闘員が大勢いる。政府軍、反政府軍、武装組織、自警団……、所属グループに関わらず、連合軍の兵士として再教育し軍隊を増強する。大アフリカ連合はアフリカ内外に侮られない強大な軍事力を持つ」
 ヤウンデはしきりに相槌を打つ。
 キンシャサが発言する。
「先進国の恩恵を受け栄えている国と勢力はごまんとある。武力で威嚇しても寝返る者は必ずいる。そうなれば内戦が始まり百年先まで禍根を残す。でき得る限り、問題解決は武力ではなく対話でなされるべきだ」
 ヤウンデは悪のりを指摘された生徒のように首をすくめる。
 イルシャードは力強く頷く。
「もちろんだ。アフリカ独自の法とルールでやっていくが、私も先進国との対立は望んでいない。先進国の技術力、知識はアフリカの発展に必要だからね。軍事力の増強はあくまで抑止と防衛のためだ。アフリカには外国人が数多く暮らしている。彼らは大事な出資者であり、協力者であり、人質となる。アフリカは欧米を含む先進国との共存を図っていく」
「共存」
 キンシャサは嘲りを含んだ驚きの声を上げる。
「対話はあくまで戦争回避の手段だ。私は金儲け主義の奴らと手を組むつもりはない」
 薄水色の目が拒絶にキラリと光る。キンシャサの先進国嫌いは筋金入りだ。
 イルシャードは穏やかに説明する。
「イギリスはEU離脱を表明した。残留しても以前のような存在感は示せない。EUを牽引するフランスとドイツ、その他オランダ、オーストリアなどでもEU懐疑派が勢力を伸ばしている。いずれEUは形骸化する。アメリカの新しい大統領は『アメリカ・ファースト』を掲げ当選した。『中国製品に報復関税をかける』、『不法移民対策にメキシコとの国境に壁を建設する』と公約してもいる。国際協調主義は去り、自国第一主義が台頭しているんだ。 
 西欧の連携が崩れ、アメリカと中国が潰し合えば世界の勢力図は変わり、アフリカの時代がやってくる。アフリカは国土面積、地下資源、人口はどこの国にもひけを取らない。一つにまとまれば先進国を従えさせることは充分に可能だ。そのために我々が集まったんだ。どちらをも排除できない、――二つの血を受け継ぐ者がね」
 室内に緊張が走る。
 ヤウンデは微笑し、キンシャサは硬い表情で押し黙り、ハラームはフードを目深に被り表情を見せない。他の三人は黙っている。
 イルシャードはうっすらと笑う。
「キンシャサには紛争当事者間の交渉と対話を働きかけてもらう。力による排除は私とハラームが行う。先ほども言った通り、対立ではなく共存を望んでいる。平和の構築は私とキンシャサとハラームが担い、国づくりはヤウンデを中心として四人で行ってほしい」
 ヤウンデは思案顔でぽつりと口にする。
「……裏の仕事は大変だ。……特に、キンシャサは大丈夫かい」
 キンシャサが視線を上げヤウンデを直視する。薄水色の目が氷に閉ざされた湖面のように冴える。
 当人は相手の真意を見極めているだけなのかもしれないが、薄氷のような目で無表情に見つめられるとイルシャードですら薄ら寒くなる。
 ヤウンデが慌てて付け加える。
「キンシャサの役割が一番危険だと思ってね。双方の敵と相対するわけだろう。肉体的にも精神的にも過酷な役目だ」
 キンシャサは薄水色の目をすっと伏せ、表情は変えずに言う。
「力不足と思っていないなら私に任せてほしい。私は任務を全うする。仕事を投げ出すようなことは決してしない」
「……う、うん。お願い、するよ」
 大きな体を縮めるヤウンデにイルシャードはくすりと笑う。
 ヤウンデはキンシャサが苦手なのだ。以前、「キンシャサの目って硝子みたいだな」と漏らしていた。「光って見える」そうだ。キンシャサが微動だにせず黙っていると空恐ろしくなるんだとか。「何か見えるのかな」と真顔で聞いてきたりする。
 キンシャサは繊細であるが故に混沌とした領域の深奥部を視る能力がある。なおかつ主観に囚われず最も合理的で有効な解決法を導き出す。あたかも砂漠に埋もれた一粒の金剛石(ダイヤモンド)を探し当てるように。
「とっつきにくいがすごい奴だ」とヤウンデが紹介したように、ヤウンデとイルシャードはもちろん、他の同志もキンシャサに一目置いている。
「心配いらない。キンシャサに危険が及びそうになれば私とハラームがいる。それに裏と表で仕事が分かれても繋がりまで切れるわけじゃない。なにかある時は連絡を取る」
「必ず、そうしてくれ」
 ヤウンデの強い口調に、他の三人もはっきりと頷く。
 イルシャードは続ける。
「紛争がなくなり政治が安定すれば国内外に避難していた者が戻り、企業も進出してくる。働き口が増え雇用が促進されれば失業者は減り、働いた分だけ稼ぎになり賃金が遅滞なく支払われる社会になれば略奪はなくなる。指導者が富を独占せず、インフラ整備、農業改革に力を入れれば飢餓もなくなる。不正、腐敗を許さない、豊かな世界を創るんだ」
「君が理想主義者だったとは知らなかったよ」
 キンシャサがうっすらと笑う。嘲るというよりは歓迎の意味が込められているようだ。
「一日十時間以上働いて食うのがやっとという状況は異常だと思わないかい。やってみる価値はある。誰もが貧困から脱却したいと望んでいる。先進国が行ってきた物と金の援助ではアフリカは自立できない子どものままだ。『方法』を教えるんだ。知恵と技術があれば、少ない資金で道路をつくることも、水を引くことも、灌漑設備をつくることも可能だ。努力が成果として実感できれば自発的に働くようになる。自分の力で金儲けができるという自信が国民に根づけばアフリカ再生への足がかりとなる」
 イルシャードはふと、言葉を切る。熱くなっている己に気づき、恥ずかしくなったのだ。
 ヤウンデが軽く手を挙げる。
「理想を達成するためには強大な権力と軍事力が必要だ。資金は膨大なものになる。密貿易とフェアトレードだけでは足りない。債務の過払い金を回収するには時間がかかる。紛争の原因となっている地下資源を没収するにしても限りがある。不足分はどうするつもりだい」
「タックスヘイブン(租税優遇措置国)に設立したペーパーカンパニー(登記された架空の会社)に巨額の資産を隠している企業、個人は数多いる。二〇一〇年の時点でタックスヘイブンに隠された総資産額は三五〇〇兆円、今なら四〇〇〇兆円は下らない。ここモーリシャスだけでも六九兆円になる。
 我々から奪った金だ。本人や企業に限らず、株主、配偶者、子ども、兄弟、親族、幹部、……と対象を広げ、脅迫、薬漬け、懐柔、詐取、ハッキング……と手段を選ばなければ、国家予算規模の資金は容易に集まる。ターゲットは『パナマ文書』や監視機関が公表しているリストを参考に選定中だ」
 ヤウンデがたまりかねたように笑う。
「あくどいなあ。涼しい顔でさらっと言ってのけるところが好きだよ」
 ヤウンデの陽気な笑い声が室内を満たし、場の雰囲気が和やかになる。
 イルシャードは表情を緩め姿勢を崩し、一息ついた。
 キンシャサが静かに口を開く。
「……そこまで考えているなら、イルシャードに任せよう。……一つ、確認しておきたい」
 ソファに身を沈め寛ぐイルシャードはキンシャサに目を向ける。
「君の友人、ジェイクだったか。『大統領を引きずり下ろし副大統領とともに民主的な政府をつくる』と意気込んでいたそうだから時間を与えた。今は政権を奪うどころか強盗団の首領に成り下がり村々を襲っているそうだな。強姦や虐殺を繰り返していると情報が入っている。……いつ、始末するつもりだ」
 同志の意識がこちらに流れてくる。ある者は視線も姿勢も変えず、ある者はわずかに目を伏せ、ある者は宙を眺める。ヤウンデは頬杖をつき、こちらをじっと見ていた。
 どうやらキンシャサだけでなく同志全員につまらぬ心配をかけていたようだ。取りまとめ役の自分が不安要素になっていたとは迂闊だった。
 イルシャードは腰の位置を変え、淡々と話す。
「政府側には情報を伝えてある。もうすぐ組織ごと壊滅される」
 キンシャサが厳しい表情で追及する。
「成り行きに任せず自分で手を下してはどうか。大きなプロジェクトを成し遂げようとする人間が成らず者に関わっていては汚点になる。……情が捨てきれないか」
 イルシャードは苦笑した。
 キンシャサは同志の曖昧な態度に苛立ちを感じているのだろう。あらゆる物事をあるべき状態にしておきたい質なのだ。
「……期待は、していたんだけれどね。見込み違いだった。未練はないよ。心配しなくても一か月以内に政府軍は掃討作戦を開始する。それで逃げるようなら直接私が手を下す」
 安心させようとキンシャサに微笑みかけ、その場にいる同志に笑いかける。
 イルシャードは立ち上がり、用意していた南アフリカ産のワインを七つのグラスに注いでいく。
 一人ずつに語りかけるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。
「行動を起こす際は確実に行いたい。そのためにも周到な準備を心がける。過去から現在までの失敗例、成功例をつぶさに分析し、最も有効な方法で基盤を固めていく。我々を起点に人種、国籍、性別、出自を問わず、アフリカのために尽力できる人材を一人でも多くかき集める。我々ならやり遂げられる。そのための七人だ。誰一人欠けてはならない」
 全員のグラスに注ぎ終わり、グラスを掲げる。
 ヤウンデ、キンシャサ、ハラーム、他の三人もグラスを掲げる。
「この南アフリカ産のワインは数百年に渡りアフリカの大地で流された同胞の血でつくられた。彼らの血を糧とし、我々はこの地を再生する。力を尽くそう、――偉大なるアフリカのために」
「偉大なるアフリカのために」
 全員が声を揃え、ワインを飲み干した。

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