【第十片】 主人公、辛い物嫌いだけど、空気よんでカレー食べている。

文字数 1,680文字

念願の食堂での食事。浩正の目の前には、大好物のカレーが置かれている。だが、一向に食べ進めることができなかった。何故なら、入学してから二日目だというのに、美人な女の先輩と一緒に昼食をとることになったからだ。

だから、その緊張感でスプーンを動かすこともできないのだ。こんな美人で優しい人を目の前で、マナーが悪い食べ方をしてしまったら、一生嫌われてしまう。そう思っていると、どうしても手が動かないのだ。

そんなことを関係なしに風馬はカレーを食べ進めているし、なおかつその美人の先輩は話しかけてくるのだが。

「二人とも新入生なんだよね。だったら、やっぱりあの券売機は難しいよね。私もあの一年生の時は本当に苦戦したもん」

「へへへ、そうなんですね。あの、け、券売機誰でも苦戦しますよね」

「あ、そうだ。敬語はやっぱりなしでいいよ。私、敬われるほど先輩らしくもないし」

「いや、そんなわけには…」

と、両手を振り、浩正は全力でそれを否定するが。

「ラジャー、大恩人先輩。これからは敬語無しで話すぜ」

風馬はその先輩の提案に即答で乗っかった。そんな彼を、浩正は全力で睨みつけた。

(うぉおおおおおい。こいつ何やってんだー!!せっかくこんな美人で優しい先輩と仲良くなれるチャンスだというのに、棒に振る気か!)

だが、浩正の心の中のツッコミに反して、その美人の先輩は両手で口元を隠しながら、ふふふふっと笑った。

「風馬くん。面白いね。って、そういえば二人の名前は聞いたけど、私の自己紹介がまだだったね。私は2年C組の稲原凛。よろしくね」

「よ、よろしくお願いします……」

「って、浩正くん。まだ敬語が抜けてないよ~」

「はは、すみません。どうしても先輩と話すとなると敬語が抜けなくて」

と、浩正は自分の後頭部を触りながら、目線も凛の方へとまともに向けられずにそう言った。だが、浩正の隣の風馬は、券売機に並ぶ前に自動販売機で買っておいたメロンソーダ缶のプルタブを開け、背もたれに上半身の重心全部預けながら。

「もっとリラックスしてこうぜ、浩正」

「あんたはリラックスしているというより、ただ無礼なだけだろ」

そんな風馬を見て、少し呆れ気味に浩正は言った。
だが、そんな他愛もない話をしている内に、何故か凛のカレーが入っていた皿にはいつの間にか空になっていた。そして、凜は手を合わせて、小さくご馳走様でした、と言うと、席から立ち上がった。

「ごめんね。昼食食べたら、職員室に来いって先生から呼び出されているんだ。だから、ちょっとお先に失礼するね。一緒にお話しできて楽しかったよ」

「いえいえ、こちらこそ券売機の使い方を教えてもらえて助かりました」

「うん、それは良かった!じゃあ、また何か学校生活で困ったことがあったら、私に頼っていいからね!じゃあ、またね」

「はい!ありがとうございました!!」

という浩正の言葉を最後まで聞き、空のカレーの皿が乗ったお盆を持って、浩正たちから離れて行った。
そして、もう浩正達の声が聞こえないくらいまで離れた所で、風馬が口を開いた。

「なぁ、浩正」

「何さ、せっかく助けてもらったのに、最後はお礼も言わない礼儀知らずが何を言いたいわけ?」

「いや、ちょっと落ち着いて聞いてくれ。俺らって、あの人と一緒にこの席に座って、ほぼ一緒に食べ始めたよな?」

「そうだけど?」

「それで少し談笑も楽しみながら、だったよな?」

「そうだよ。先輩は楽しんでくれていたか、わかんないけど」

「それでこの席に座ってからまだ二分しか経っていないんだが」

「え」

浩正は思わずそう言うと、時計をちらりと見た。確かに二分程度しか経っていない。そして、カレーの量は、一人前以上はあったはずだ。

「ええと、たぶんあれだよ。先輩も相当、お腹が減っていたんだよ。流石に、そう……なはず……」

そう信じながらも、浩正は数分前の記憶を遡った。その記憶の中に間違いなく、凜は話していないタイミングで、とてつもない速さで食べ進めていたのだ。ただ浩正が緊張して、記憶の中に留めていなかっただけなのだ。
そして、浩正は思ったことを口に出した。

「す、すごいな。あの先輩」
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