【第五十六片】 寝癖を直すときは頭を何かで覆え

文字数 2,381文字

一年生オリエンテーション旅行二日目は眩しいほどの朝日から始まった。そして、209号室の部屋で気持ちよく眠りに付くことができた麻紀は布団から顔を出し、眠い目を擦った。

「三人部屋を一人で使えるなんて。やっぱり最高……」

と、麻紀はあくびをしながらそう呟いた。広い部屋に一つの敷布団というのは、殺風景なものではあるが、麻紀にとってはそれが心地よいのだ。その上、麻紀にとって関わりたくないのに同室になってしまった天王寺未春と周防セナは、未春が熱を出してしまったため、この部屋ではなく保健室として用意された203号室で療養しているのだ。

麻紀は着崩れた学校ジャージを整えることなく、そのまま部屋の洗面所へと向かい、自分の寝起き姿を見た。そこには三か所くらい寝癖がピンッと立っており、明後日の方向に向いてしまっていた。

「うぁあ。直すの大変だ」

麻紀はもう一度、あくびをしながらそう呟いた。
いつもよりぐっすり寝られた結果だろうと思った麻紀は、ピンッと立った金髪の寝癖を手櫛で直し始めた。

しかし、一向に寝癖は直らず、むしろ悪化しているようにも見られた。

「こん、の」

いつまでの直らずに悪化し続ける寝癖に少し苛立ち始めた麻紀は、手を少し濡らして再チャレンジをした。しかし、それでも寝癖は直らない。
そして、麻紀は金髪にするといった見た目に気を遣っているのだが、髪のケアなどは普段からまったく考えていないため、寝癖を直すようなものは持っていない。

そのため、このままでは恥ずかしい髪型のまま食堂に行く羽目になってしまう。麻紀はそれだけは避けたかった。

「なら、何かを頭に被ればいいんだ!!」

そう。頭に何かを被ることで寝癖を隠すことはでき、その上で寝癖を直すことも可能だ。
麻紀はそのままの勢いで、自分が持ってきたスーツケースの中を漁った。頭に被るものはないかと。

まず麻紀の目に引っかかったのはタオルだった。

「タオルは頭に巻き付ければなんとかなるけど……」

麻紀はそう呟いたが、その先に浮かんだのは嫌な光景であった。巻いていくこと自体はどうでもいいのだが、一緒に食べるかもしれない天王寺未春や周防セナに嘲笑されるのは目に見えている。
そんなことは麻紀のプライドが許さない。

そのため、手に持ったタオルを投げ捨てた。そして、次に麻紀の目に引っかかったのは自分のパンツだった。何故、麻紀の目にパンツが引っかかったのかというと、麻紀が以前、読んでいた漫画のシリアスシーンでパンツを被った主人公に爆笑したからだ。

だが、流石にそんな主人公みたく笑われたくはない。その上、自分のパンツで。
麻紀は自分のパンツも投げ捨てた。先ほど投げ捨てたタオルよりも遠くに。

「なんかないか。なんかないか……」

と、ここで麻紀は手を止めた。何かが麻紀の目に引っかかったからだ。
そして、その物をスーツケースの中から引っ張り出した。だが、それは麻紀のブラジャーだった。
これも以前、読んでいた漫画の主人公が盗人から命を狙われているシーンで、頭に被っていたシーンがあり、それを見て爆笑していたからだ。

しかし、もちろん麻紀は自分のブラジャーを被って、誰かに笑われるなんて嫌なため、パンツと同じくらいの距離までブラジャーも投げ捨てた。

「はぁあ。打つ手なしかー」

麻紀はその場に倒れ込み、ぼうっと天井を眺めた。
寝癖を見られるのは恥ずかしいが、それを無理に隠そうとするのも恥ずかしい。そんなことを麻紀は考えていた。しかし、麻紀は風馬たちにも笑われている姿を想像していたが、そこであることに気が付いた。

「そうだ、そういえばあいつ……」

***********

7時半ごろ。会科高校の一年生が泊まるビジネスホテルの食堂に次々と、寝間着を着た生徒が集まってきていた。そして、そのうちの一人である空野風馬も、ぼうっとしながら食堂に向かっていた。

「ふわぁあ」

食堂に集まる生徒たちがあくびをしていた所も見てしまった風馬は、それに釣られるようにあくびをしてしまった。空野風馬はなんだかんだ朝が弱い。昨日の早朝も実はとても眠いのを我慢していたのだ。

そして、今日もそれを我慢しようとしたが、昨日の影響で我慢できずに、なかなか起きない風馬を見かねて浩正と勝也は既に食堂へと向かってしまっていた。

「ねむッ」

と、風馬は呟きながら、三階から一階へと下るためにエレベーターのボタンを押した。
そんな時、彼の背後に金髪の少女が回り込んだ。そして、頭へと手を伸ばし、瞬く間に風馬の頭から黒のキャップを奪い取った。

「うお、何すんだ。…………って麻紀かよ」

「いただき」

金髪の少女こと、麻紀は風馬から奪った黒のキャップを被り、縁に手をかけながら、ニヤリとしながらそう言った。

「おーい。この三階は男子生徒用だけど、大丈夫か?」

「関係ないよ。それに今は食堂の方に先生たちはいるから見つかるわけない」

「まぁいいけどよ。とりあえず、黒の帽子返せ」

と風馬はそう言いながら、手を前に差し出した。だが、そんな彼の姿を見て、麻紀は昨日の昼食の時に風馬が「本当に言いたくないことなら別にいいが、俺には隠し事なしで来い」と言ったことを思い出していた。

そして、麻紀はその言葉を今、真に受け止めた。

「…………………寝癖が酷いから貸してほしい。少しの間だけでいいから。あとみんなには内緒にして」

と、麻紀は少しそっぽを向きながら、そう言った。だが、それは全く人に頼む態度ではないが、それを見た風馬ははぁ、とため息を吐いた。

「別にいいけどよ、本当に少しの間だけだからな。あと、内緒にもしといてやるよ」

風馬はそう言うと、差し出していた手を戻した。そして、ちょうどチンっという機械音が鳴り、開いたエレベーターに風馬はそれに乗り込んだ。

「早く乗れよ。朝食に遅れるぞ」

「う、うん」

と、麻紀は帽子を深く被りながらそのエレベーターに乗り込んだ。
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