第17話 暗雲(後編)
文字数 1,232文字
ザザザッ、ザザザッ。
「いじめ?」
吐き気がするほど不快な単語に、右耳が反応していた。
「あの手嶋さんがか? 嘘だろ?」
とてもそんな風には見えなかったので、全然ピンとこなかった。だけど昔読んだ本にはこう書かれていた。標的になる人間にタイプなんて関係がないってことを。きっかけさえあれば誰だっていじめられる可能性がある。だからそのことで自分を責めたり卑下してはいけないのだと。
「それにあいつ、一週間前から学校に来てないんだ」
「一週間も休んでるのか?」
「やっぱり知らなかったんだな」
本当に何も知らなかった。一週間前といえば、安西さんと付き合い始めたことを彼女に伝えた日だ。たしかにあの日からずっと編集作業に明け暮れていたので、学校で手嶋さんと会った記憶がなかった。
「でもどうしていじめだってわかったんだ?」
「手嶋のクラスメートの様子が明らかにおかしかった。どうして手嶋が休んでいるのか聞いても誰も答えようとしねぇし」
「理由はそれだけ? 思い違いじゃないのか?」
できれば認めたくなかったので、僕は否定の立場のまま食い下がった。
「あの雰囲気は間違いない。わかんだよ、オレも中学ん時にいじめられていたからな」
「おまえが?」
「いいか、この黒歴史を他のヤツにバラしたらぶっ殺すからな」
「わ、わかったよ」
林原が自分みたいな中学時代を過ごしていたなんて意外だった。だからといって何の証明にもならないけど、彼が本気で手嶋さんを心配していることだけは理解できた。
「河野がオレを嫌いなのは知ってる。でも手嶋を助けたいんだ。電話もメールもスルーされててさ。だからあいつの家に行って話を聞いてみないか?」
もし手嶋さんがいじめられているのなら大問題だ。だけど林原の言葉だけでは確証がなかった。それに彼女が休んでいるのは、僕と安西さんとの関係が原因かもしれないのだ。
「メールも駄目なら、直接行っても結果は同じなんじゃないか」
「うざいオレだけで行けばそうだけど、おまえも一緒なら話は別だ」
「それって……どういう意味だよ?」
「とぼけんな。手嶋がおまえのこと好きだってことくらい、奈子だって知ってたぞ」
「でも手嶋さんは会ってくれないと思う」
「なんでだよ?」「僕は彼女の気持ちを裏切ったから……」
「手嶋を振ったってことか?」
そうだと言葉にしたくなくて無言で頷いた。
「ならいい、ひとりで行くわ」
僕の歯切れの悪さに苛立ったのか、林原が伝票を持って立ち上がった。
「ちょっと待て、行かないなんて言ってないだろ」
「だったら今すぐ、どっちにするのかはっきりしろ!」
林原が店中に響くほどの大きな声を出した。でも店内にはマスターしかいなかったので、他の客の迷惑にはならなかった。
「行くよ。きっと彼女が休んでいるのは僕のせいなんだ」
「ふん、モテ期だからって思いあがるなよ」
真実は本人に聞かないとわからない。ただどちらにせよ、手嶋さんが大きな問題を抱えているのなら、放っておくことなんてできるわけがなかった。