風雲 Ⅷ

文字数 1,390文字

 闇夜を切り裂いて疾駆する、ローエンドルフ軍騎馬隊の馬蹄が鳴り響く。闇から這い出て来た魔物ですら近づくのを恐れるほどの闘気を放ちながら、ほとんど昼夜兼行で進軍していた。
 ローエンドルフ家の所領となった領内は街道整備が進められ、見張り台だけでなく、街道脇に篝火が灯されている。そのために夜でも問題なく進むことができた。
「よし、少し休むぞ。月があの梢に到達するまでだ」
 アーサーの命令で全軍が停止した。歩兵もほぼ丸一日駆けている。力なく地面にへたり込む様から、相当な疲弊が伝わってくる。
 ガウェインも下馬して馬の様子を確認した。魔獣の血が入ったヴェンデンスティードとはいえ、駆け続ければ潰れてしまう。携帯している飼葉を与え、水を飲ませた。
 兵の間をすり抜けるようにして、アーサーのもとに千理の密偵が近づいてきた。突き出た岩に腰を下ろしたアーサーには、疲労の色は見えない。
「状況は?」
 千理の密偵が片膝をついて一礼する。知将アグロヴァルの鮮やかな手並みによって、情報が不足している。密偵である千理の働きが鍵を握るのだ。
「マルセル卿は居城カームに籠城しております。攻囲の指揮を執るのはアグロヴァルの子、クレイヴァル・ファーレンハイトです」
「俊英と噂される自慢の子か。戦績も華々しいものと聞いている。しかしまずいな。カームは守りに適した城ではない。アグロヴァルも控えているとなると、落城まで猶予がないと考えていいな」
 リーシャル・エディー・マルセルの本拠カーム。もともと交易のための城郭(まち)として栄えており、群内の市を結ぶための役割を果たす城であった。古来より係争の地となることがあまりなく、城壁も含めて守りが固いという訳ではなかった。
「バエスタ卿はなぜ敗れた。早すぎるとも思ったがな」
「はい。籠城で守りを固めておりましたが、雇っていた傭兵が解放されて、それを城内に収容しました。結果として兵糧が欠乏し、戦わずして敗れたようです。バエスタ卿との戦いを指揮していたのは、アグロヴァルの子クレイヴァルです」
「親子揃って知将ということか。ますますマルセル卿が心配だな。戦いを得手としている方ではない」
「それについてですが、コーラント軍師の命令で、ガルディアン城塞までの見張り台に輜重を配置したとのことです」
 アーサーの眼が生き生きと輝きだした。体に漲っていた気力が溢れ出さんばかりである。
「ということは、わざわざキャメロットに戻る必要がない、ということだな。これは助かった。おかげで予定よりも早くカーム救援に駆けつけることができる。しかしマーリンめ。まさかこの事態を予測していた訳ではないだろう」
「軍師様は独自の情報網をお持ちであられます。バエスタ卿が敗れた情報をいち早く掴み、その時にウィルフレド様に輜重を動かすように提言されたそうです」
 感服した、とでも言うようにアーサーが小さく笑った。信頼して側近に置いている軍師であるが、その信頼を上回る働きをする。それがマーリン・シーヴァー・コーラントという男であった。
 月が梢に掛かる。アーサーが号令をかけると、気合いを入れ直した兵たちがそれぞれ喊声をあげる。士気は落ちていない。連戦であるものの、ローエンドルフ軍の疲弊は少なかった。
「いきましょう、アーサー様」
 ガウェインも意気込んでいた。頼もしき将兵たちの姿を目の当たりにして、アーサーが強く頷いた。
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